10日の日曜日、熊本は阿蘇の二重峠(ふたえとうげ)に現存する豊後街道の石畳を歩きました。
私は旧街道が好きでして、特にこの二重峠は大のお気に入りです。
年に一度は必ず歩いています。
実は雪が積もっていた今年1月にも、こっそり訪れていたのは内緒ですが(笑)。
私は旧街道が好きでして、特にこの二重峠は大のお気に入りです。
年に一度は必ず歩いています。
実は雪が積もっていた今年1月にも、こっそり訪れていたのは内緒ですが(笑)。
豊後街道はご存知、肥後藩主・加藤清正が開いた熊本城から豊後(大分)の鶴崎への参勤交代路です。
肥後藩の参勤行列は600~2700人の規模であったそうです。
鶴崎から大阪までは大船団を率いて瀬戸内海を渡りました。
また、全てこのルートではなく豊前街道を歩いて上り、陸路で熊本~大阪~江戸へ向かう場合も有りました。
また、全てこのルートではなく豊前街道を歩いて上り、陸路で熊本~大阪~江戸へ向かう場合も有りました。
近頃では勝海舟、坂本龍馬も駆け抜けた維新の道としても注目されています。
私はここに豊後街道のクライマックスと云うべき魅力を感じるのです。
私はここに豊後街道のクライマックスと云うべき魅力を感じるのです。
峠の頂上から下りながら紹介しましょう。

ミルクロード沿い二重峠頂上側に無料駐車場が有りますので、ここを利用可能です。

水とカメラとアメなどをリュックにつめて、さぁ出発。
靴は普通の運動靴で大丈夫です。

駐車場からすぐにこの雄大な阿蘇の景色が広がります。
こんなヘボ画像よりも実際に行かれた方が何倍も良いですよ。(苦笑)
こんなヘボ画像よりも実際に行かれた方が何倍も良いですよ。(苦笑)
清正公も、細川の殿様も、勝海舟、坂本龍馬もこの景色を眺め、しばし見惚れた事でしょう。

荷車がひっくり返る程で「車帰り(車返り)の坂」と呼ばれる鋭角の急坂もそのまま。

案内板手前の白く着色されている石には、「石坂村つくり」と刻まれています。

画像をレタッチしてますが、分かりますかね?
道普請に駆り出された農民が夫役の合間に自分たちの村名を刻んだのだろうと案内板に書いてあります。
道普請に駆り出された農民が夫役の合間に自分たちの村名を刻んだのだろうと案内板に書いてあります。

お地蔵さんが見えてきました。
乙護法(おとごほう)様と呼ばれる地蔵尊、そしてその近くに湧き出る清水、牛王水(ごおうすい)。
この日は水量が少なかったです。
そしてその下方には雨水や溢れた牛王水を排水する為、石の配列を斜めに変える工夫がなされています。
そしてその下方には雨水や溢れた牛王水を排水する為、石の配列を斜めに変える工夫がなされています。
(撮影は下方側から)

勾配が緩く歩きやすい一部区間は石畳ではありません。
そこに桜が見事に咲き誇っていました。春ですねぇ。^^
そこに桜が見事に咲き誇っていました。春ですねぇ。^^

ここを歩いていると、さながら江戸の旅人になった気分になってきます。
本当に見事な状態で残されているものです。

この側溝など素晴らしいではありませんか。
当時の土木技術を垣間見る事が出来ます。

二重峠をかなり下りてきました。
ここは坂下駕籠据場と呼ばれ、殿様を運ぶ駕籠担ぎの人夫が交代した場所を復元したものです。
ここは坂下駕籠据場と呼ばれ、殿様を運ぶ駕籠担ぎの人夫が交代した場所を復元したものです。
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そして阿蘇町天然記念物「参勤交代の桧」を眺め、二重峠石畳の道が終わります。
頂上側の駐車場から麓側のトイレまでゆっくり歩いて片道40分前後、標高差は200m程。
雰囲気も良く、運動靴を履いていればハイキング感覚で楽しく歩くことが出来ますよ。
ただし、石畳の道は濡れていると大変滑りやすいので、雨天時や早朝は控えた方が良いでしょう。

私はこのまま街道を歩き、的石御茶屋跡まで行きました。
こちらは殿様が昼食をとられていたお屋敷です。
屋根は葺き替えられていますが、建物は当時そのままとの事。
庭園や流れる湧き水もとっても美しい。
こちらは直接車で行く事も可能です。駐車場も有ります。
旧街道歩き良いですよ。皆さんもいかがでしょうか?