乳がんがわかった時、いちばん救いだったのは、
母がそれを知らずにいてくれたことだった。

母は今、介護施設で暮らしている。
網膜色素変性症で視力を失い、持病のリウマチ、認知症もあって
私や弟、息子のことも思い出せなくなっている。
でも、入居者の方やスタッフと明るく過ごしていて、それが本当にありがたい。

母は昔、とても心配性だった。
自分のことは後回しで、家族のことでいつも胸がいっぱいの人だった。
もし、私の癌のことを知っていたら――
きっと、仏壇の前から離れず泣き続けていたと思う。
「父ちゃん…あの子たちを、なんで守ってくれないの…」って。

だから、私は思う。
“母が忘れてくれたこと”は、私にとっての、神様がくれた時間だった。
これがあったからこそ、私は今、治療に向き合えたんだと。