来る7月16日、天満橋 "Raw Tracks" にてライブイベントやります。

うちのレッスン生であり、個人的にも活動しているシンガー5名、わたくし ”Tee-O” のライブ、そしてゲストには友人でもあり、全国で活躍中のバンド ”PACHANGA” (パチャンガ) を迎え盛大にやっちゃいます。

お時間のある方は是非、無い方はお時間を作って(笑)お越し下さいませ。お待ちしておりま~す! (^-^)/

Tee-O Vocal School Presents
【Vocal Joint Vol.1】

7月16日(月・祝)
18:00 (17:30 Open/18:00 Start)

天満橋 "RAW TRACKS"
大阪市北区天満1-6-8 六甲天満ビルB1
06-6358-0005

チケット2000円(前売り・当日共)
ワンドリンク別途500円

【Singer】
坂本 麗来
片岡 友佳
内田 義政
小林 有子
久保 沙祐里

【Live】
Tee-O

【Band】
サカゴシ ユミコ(Key)
西井 昌明(G)
有福 珍(B)
平岡 孝賀(Dr)

【Special Guest Live】
Pachanga(パチャンガ)

Wikipedia / http://ja.wikipedia.org/wiki/PACHANGA
Youtube ”ギフト” / http://www.youtube.com/watch?v=NE4u3GhXTQE
俺がスピリチュアル・ボイセスにいた頃の話。

中野サンプラザで行われたゴスペルイベントにゲスト出演した際、
楽屋があまりにも乾燥していた為「加湿しよう!」という話になった。

シャワールームのドアを開け、シャワーを出しっぱなしにしたところ、
見事に楽屋は蒸気でいっぱいに。

「こりゃええわ」とメンバーが存分に喉を潤わせていると、
突然「ジリリリ~ン!」と廊下の非常ベルが鳴り響いた。

「ん!火事か?」と思っていると、ダッダッダッと数人の足音が楽屋に近づいてきて
「大丈夫ですか!!」と警備員さんが飛び込んできた。

どうやらウチの楽屋が原因だったらしい‥。

危うく出演者全員が避難、イベントが遅れるという事態になるところでした。^^;

皆様、過度の加湿にはお気を付けあそばせ。
20年ほど前、オーストラリアに住んでいた時に仲が良かった中国系インドネシア人の友達とFacebookで再会した。

俺はキングス・クロス(最も治安の悪い地区)に住んでいて、彼はノースシドニー(高級住宅街)に住んでいた。

当時はお互いの部屋を行き来したり、一緒にシドニーの街をブラブラしてしょっちゅう遊んでたなぁ。

彼は日本が好きで日本語が少し話せる上に、英語、中国語、インドネシア語もペラペラだったので、俺が日本語を教え、彼からは英語を教えてもらったりしてた。

凄くイイやつで、俺につらい事があったらずっと話を聞いてくれたり、「カレー作ったから食べにおいでよ!」ってゴハンをご馳走してくれたり。

最後は先に彼がオーストラリアを離れたんだけど、空港で見送った時も泣くのを堪えるのに必死だった。涙の別れは嫌いなんで。^^;

俺が日本に帰っても手紙をくれたり、電話してきてくれたり交流は続いたんだけど、ウチの実家が引っ越したり、俺も色んなところを転々としてたので結局は音信普通になってしまった。

俺もずっと「元気かなぁ?また会いたいなぁ‥」って思ってて、Facebookを始めた時もすぐに彼を探したが見つからず。

しかし今日(というか正確には1ヶ月ぐらい前だったけど削除したはずのアカウントに来ていたので気付かなかった)、突然彼からメッセージが届いた。

英語で「もしかして、オーストラリアで一緒だったT.O.?(その時は別のあだ名)」

「Yes I am!」と速攻で返したら、一瞬で返信が来てそこには電話番号が。

「090-****-****」

「ん? 090? 何で?」と思ったが、掛けてみると間違いなく彼の声。

「おお~!久しぶり~!!」っと約20年ぶりの再会。でも驚くほど日本語が上手くなってる。

「今、何してるの?」と訊くと、「13年前から日本に住んでる。結婚して奥さんも日本人。あ、大阪の人だよ!」との事。子供もいて中学生だそう。

そら日本語も上手くなるわ。w 090のナゾもそこで解けたし。w

俺の仕事の話をしたり、子供もいる事など、色々話してたら「何歳?」って訊かれたので、何故か「もうすぐ40だよ」って素で返してしまった。

「知ってるよ。w(ちなみに彼とは同じ歳)子供の年齢だよ」と返され、「あ、ああ、もうすぐ3歳」と苦笑い。吉本的なボケを本気でカマしたのは人生初かも。ww

彼は東京に住んでて船会社で勤務してるそう。そら4ヶ国語話せて、彼のような人柄ならどこの国でも会社でも働けるよね。

でも日本に住んでいて、日本で再会出来たのは最高に嬉しかった。

神戸に仕事でちょくちょく来るそうなので、その時にでも会えれば嬉しいな。俺が東京まで行ってもいいし。

今日は本当に嬉しい一日でした。(^-^)b


あ、そうそう。

現在、彼は世田谷区に住んでるらしい。

ちなみに俺は大阪市でもなかなかガラの悪い地域。

そこは20年前と一緒でした。 チャンチャン♪ ww
1995年1月17日。なぜか揺れが来る数分前に目が覚めた。ベッドの上でボーっとしていると、いきなり突き上げるような強烈な揺れがやってきた。

座る事も立ち上がる事も出来ないほどの激しい揺れに襲われ、ベッドにしがみついたまま食器が割れる音と凄まじい地鳴りの中、揺れがおさまるまでの数分間、必死で耐えていたのをおぼえている。

地盤の弱い川沿いのマンションだったせいか、洋服だんすも食器棚も全部倒れ、キャスター付きのPCデスクは部屋の端から端まで移動していた。閉まっていたはずの窓も何故か全開になっていた。

揺れがおさまった後、食器の破片や倒れた棚の間を抜け外へ飛び出すと、隣の家の10メーターほどあるブロック塀が倒れていて、近くのコンビニでは陳列棚から落ちた商品が床に散乱していた。住んでいたマンションの外壁タイルも剥がれ落ち、クラックもたくさん入っていた。

「これはヤバイ‥」と急いで戻りテレビを付けると、そこには爆撃でも受けたかのような神戸の街が映っていた。その映像に唖然とし、慌てて神戸の友人に連絡しても電話が繋がらない。何度も何度も掛け続け、数時間後にやっと連絡がついた。

友人達は幸い無事だったが、その家族や友人には亡くなった人も、家が全壊した人も何人かいた。

初めて地震というものの本当の恐ろしさ、強大なパワーを体感したあの1月17日を僕は永遠に忘れないし、忘れられないだろう。

亡くなった方々へのご冥福を心からお祈りします。
志村けんは、かなりのソウルミュージックマニアで、音源の所有数もハンパではない。

ヒゲダンス(1980年)は Teddy Pendergrass / Do Me(1979年) をサンプリングした曲だし、

ドリフの早口言葉(1981年)では Sugarhill Gang / Rapper's Delight(1979年) のラップをイメージし、

Wilson Pickett / Don't Knock My Love(1971年) のバックトラックを使うという、

ラップの元祖と言われる Sugarhill Gang が Rapper's Delight のバックトラックに

Chic の Good Times(1979年) を使ったのと同じ手法を取っている。

これは今も多くのラッパーが使う主流のスタイル。

ある意味、ドリフが日本語ラップの元祖なのかもしれない。

早口言葉ではあるが、言葉をリズムに乗せるというのは当時斬新だったし、面白かった。

多くの日本の子供達を、実はイカしたソウルミュージックに触れさせていたドリフ、志村けん。

素敵です‥音譜

Teddy Pendergrass / Do Me


「ヒゲ」のテーマ/たかしまあきひことエレクトリック シェーバーズ


Wilson Pickett / Don't Knock My Love


ザ・ドリフターズ / ドリフの早口ことば


Chic / Good Times


The Sugarhill Gang / Rapper's Delight