貿易戦争で世界経済成長0.5%下振れ、米は0.8%押し下げも

中国の鉄鋼製品にとどまらず、ドイツの自動車に至るまであらゆる輸入品への追加関税を発動する動きを見せるトランプ米政権の通商政策について、グローバルな生産の著しい減少を招きかねない企業信頼感へのショックを引き起こす恐れがあると国際通貨基金(IMF)が分析した。

 

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2018-07-18/PC30O56S972801

 

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2016チャイナ・ショックを超える?

IMFの分析は次回のG20向けのものであり、結果ありきで作っている部分はありそうですが、実際のところ貿易戦争になれば世界の総GDPは下がらざるを得ません。

http://ecodb.net/country/US/imf_growth.html

 

リーマンショックからの怒涛の景気回復でも、アメリカの成長率は3%に到達したことはありません。

潜在成長率はいいところ2%前半。これが0.8ポイント下押しするということは、チャイナ・ショックの2016年を下回る可能性があります。

 

保護主義は世界の非効率化

なぜ貿易戦争で世界のGDPが下がるかというと、世界全体の効率が下がるからです。

日本は自動車を作るのが得意ですが、日本の自動車に関税をかけて価格競争力を削ぎ、アメリカの自動車のシェアを回復させるということは、自動車を作るのが得意な日本人に任せず、不得意なアメリカ人に仕事を任せるということになります。

イチロー選手が将棋をやり、羽生善治棋士がバットを握るようではお互いに好記録は残せず、世界の効率は下がります。

 

人はみな、労働により何らかの付加価値を創造し、それをお互いに交換して暮らしています。

自分の身の回りのものはすべて、他人が作ったものです。

自分で作ったものなど一つもないはずです。

 

トランプ大統領のやろうとしていることは、野菜を買うのが嫌だからと家庭菜園に切り替えるようなものです。

趣味の範囲ならいいのですが、アメリカは今、完全雇用です。

アメリカ家では、働ける人はもう全員働いています。

家庭菜園を本格化するなら、家の中の誰かが仕事を休んでやる必要があります。

それは結局、アメリカ家の生活水準を下げることになるでしょう。

 

以前、「マイナス金利の先にあるもの」で書きましたが、日本人は150時間の労働で50インチのテレビを手に入れますが、アメリカ人は33時間の労働でテレビを手に入れることができます。

https://ameblo.jp/technote2012/entry-12125837277.html

 

アメリカは軍事・航空・宇宙・ITなどの付加価値の高い、時間効率の良い産業で世界をリードしていますが、それは生活の全てではありません。ご飯も食べるし服も着る。そういう生活の殆どは、とりわけ付加価値の低い部分については、海外からの輸入に頼っています。

海外の人の労働によって、アメリカ人の生活の豊かさは支えられています。

 

アメリカは中国製のテレビに関税をかけましたが、アメリカのテレビメーカーはすべてファブレスメーカーであり、アメリカではテレビを作っていません。

アメリカは昔日本勢に追いやられ、テレビを作るDNAを失いました。

今更テレビを作ることはできないのです。

テレビに関税をかければ、アメリカ国内のテレビが値上がりするだけであり、何の意味もありません。

 

トランプ大統領は日本の自動車産業を羨んでいますが、テレビも自動車も、それほど付加価値の高い仕事ではありません。

アメリカは更に付加価値の高い仕事に特化しているから、付加価値の低いテレビや自動車を他国に任せ、高い生活レベルを維持できています。

付加価値の低いものまで自分で生産するなら、その国と同じ生活水準に落ちるだけです。

 

仮にアメリカが航空機を作る国、日本が自動車を作る国、南アフリカがグレープフルーツを作る国だと簡略化して考えると、

アメリカ人が自動車をすべて自分たちで作るなら、日本人と同等の賃金・生活レベルに落ちることになり、日本人がグレープフルーツをすべて自分たちで作るなら、南アフリカの人と同じ生活水準に落ちます。

簡単に言えばそういうことです。

 

貿易赤字の正体は、生活水準の差

しかし航空機は生活の全てではありません。

自動車もグレープフルーツも必要です。

アメリカは付加価値の高い部分が得意分野ですが、生活に必要なものの大部分は、付加価値の低いものなのです。

 

アメリカの最低賃金は1700円、日本の最低賃金は1000円程度、南アフリカの最低賃金は170円程度。

皆それぞれの国で、それなりの生活をしています。

そして生活水準の低い国は、低い賃金に甘んじながら、生活水準のより高い国に物を売り、黒字を稼ぎ、だんだんと生活水準が追いついていきます。

 

生活水準の最も高いアメリカは、賃金の高さから付加価値の低い殆どの分野で負け、身の回りは外国製品であふれ、輸入が多くなり、貿易赤字に転落します。

アメリカの貿易赤字は構造上のものであり、生活水準差がある以上、いくら関税を引き上げてもおそらく貿易赤字のまま均衡します。

 

全ては市場原理。

アメリカは、貿易赤字が嫌であれば、生活水準を下げ、低賃金に甘んじ、低付加価値のものまで何でも自分で作るようにならなくてはいけません。

トランプ大統領はそちらの道を歩み始めたように見えます。

 

トランプ大統領の思い込み

価値の交換。

それは経済生活の最も基本的な部分ですが、しかしトランプ大統領はそれを勘違いしているようです。

トランプ氏は不動産で財を成しましたが、取引相手や従業員とウインウインの関係になろうとはせず、相手を潰すことで自分の利益を大きくするという方法で成り上がってきました。

それも一つの方法なのですが、いくら潰しても取引相手が無限に湧いてくる場合に可能な戦略であり、世界相手だとそうは行きません。

 

貿易戦争で相手国を潰せば、相手国の経済力が弱まり、アメリカのものも買ってもらえなくなるという負のスパイラルに陥ります。

中国だけが標的で他の国と仲良くするならともかく、世界最大の経済力で世界中に喧嘩を売れば、世界の総GDPは下がらざるを得ません。

トランプさんの考え方は狩猟民族的ですが、狩るスピードが生産速度より速ければ、資源は枯渇します。

律速段階は狩るスピードではなく、相手を活かし生産させる速度であることに、トランプさんは気づいていないんだと思います。

 

トランプさんはトランプタワーを見て、自分が建てたと誇らしく思っているのでしょう。

しかし実際は、鉄骨を作ったりその元である鉄を製錬したり、重機を使ってビルを建てたり、ビルを設計したり、様々な人が自分の得意な仕事をして、付加価値を生産しています。

不動産を取り扱うのが上手なトランプさんは、そこで得た利益をそれらの人々が生み出した付加価値と交換しているだけなのですが、理解はしていないと思います。

 

アメリカ・ファーストでトランプ大統領が作ろうとしている世界は、得意な人が生産したものを買わず、不得意な人に生産させる世界です。

そんなことをしても効率は下がり、アメリカ自身が貧しくなるだけです。

 

おそらくそんなことは、側近からも、G7首脳からもさんざん説明されていると思いますが、トランプ大統領は耳を貸そうともしません。

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/06/g7-7.php

 

おそらくトランプ大統領の脳裏には、幸せだった子供の頃の風景が思い浮かんでいるのでしょう。

戦勝景気に湧き、躍動感に満ち、輝いていた50年代のアメリカ。

GEのテレビや冷蔵庫に囲まれた食卓。庭にはGMのピカピカのアメ車が鎮座していました。

今やスマホは中国勢が台頭し、テレビは韓国・台湾製、車は日本勢が席巻し、かつて輝いていた街はラストベルトになってしまった。

 

どうしてこうなってしまったのか?

白人は世界一優秀で、だからこそ白人の国はすべて先進国で、アメリカは戦争にも勝った。

その世界一優秀なアメリカが衰退したのは、他の国がずるいことをしているせいだ!

トランプ大統領は、そんな妄想に駆り立てられているんだと思います。

実際には市場原理により、世界をリードするアメリカに、他国が追いついてきただけなのですが。

 

トランプ大統領は賢い人だから、貿易戦争も取引であり、そのうちやめるだろうと言う人もいますが、これまでの彼の言動からはそうは思えません。

「貿易赤字の縮小」そのものが公約であり目的であって、材料ではないのです。

彼が優秀なウォートン校の学生だったのは昔の話。

トランプ大統領は今年72歳。日米の寿命差を考えると日本人では78歳くらいにあたり、数年でアメリカ人の平均寿命に達します。

もうそろそろ新しいことを覚えるのは難しく、いくら説明されても「他の国がずるいことをしている!」という妄想が浮かんできて、元に戻ってしまうのでしょう。

タガが外れた行動も、高齢者特有のものです。

現在のアメリカが付加価値の高い産業に特化して、しかも完全雇用で全員が働いており、アメリカ経済はフルスロットルの状態。

これ以上はないことを、トランプ大統領は理解していません。

 

彼の古い価値観では、アメリカの繁栄は自動車とともにあります。

自動車がすでに付加価値の小さな産業であることに気づかず、「自動車が復活すればアメリカは復活する!」

そう思い込み、現在のアメリカを支えている付加価値の大きいIT産業を毛嫌いしています。

世界を誤解したまま、立ち飲み屋でクダを巻く酔っぱらいと同じ勢いで、トランプ大統領は世界を相手に貿易戦争に突入するような気がします。

 

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