最近…といっても春頃、訂正されたエピソードがあるのだが…。

高橋幸宏、坂本龍一等がtwitterで
【忘れないうちに集団記憶とするため】

と色々ありその中で「ライディーン」の誕生はユキヒロの鼻歌を教授が紙ナプキンに書き留めた…という定説が覆された。
鼻歌は実は「中国女」であった。

みたい。

…だって僕は全文確認できてない。
まぁいいか!

そもそも教授が鼻歌を語り出したらしいのだが当の幸宏が「教授がいつもそういってるんだけど…あれは確か…」という事であっさり教授の記憶違い。

で「ライディーン」の誕生なんだけどユキヒロが家でキーボードで作ってスタジオに持ってきて教授がアレンジしたらしい。
でアレンジしたあと「こんな普通の曲を僕が手を入れるとこんなふうになる」と少し自慢していたという事。

しかし教授は「ライディーン」を普通の曲と言ってしまった若き日の自分の神経を疑っておりました。

まぁ何にしてもフィニッシュは教授な訳で…。


それにしても、ユキヒロから溢れ出てきたんだねぇ。

捻り出した悲壮感は無いよね。

神様が降りて来ている時はこんな感じだ!


やはりアーティストの代表曲って溢れ出てきた曲なんだと思う。
六月六日は(1952年)
高橋幸宏
の誕生日!

僕がYMOを好きになったのはグリーク・シアターの「ライディーン」の映像を見たからである。
これは当時の少年にはショックだった。

当時、テレビやラジオ等で馴染んでいた日本の音楽とは別次元。

赤い制服。ヘッドホン。キーボード群。更にはコードがいっぱいの大きな機械。

今ならいちいち説明できるが、当時は全然わからない。しかし普通でない事は理解できた。

最初の印象。
とにかく凄かった。

でそんな中目立った動きをする男が約一名。

ステージの真ん中でピョンピョンといった感じでドラムを叩く男!

男の名は

高橋ユキヒロ(当時)

という。

初めて覚えたメンバーの名前である。


普通ドラマーといえば汗臭いイメージであり、もっとドカドカしている。

それをユキヒロったら本当に軽やかだった。

それに…YMOの初期のヴィジュアルを象徴していたのは間違いなくユキヒロだった。

6月といえば…。



紫陽花

そして、高橋幸宏の誕生日!

だねぇ…。