SE・プログラマーとしての見解ではもう限界
タグのきもち
ソーシャルもののサービスを利用すると必ずといっていいほど用意されているタグという代物がありますが、昔はとてもタギングするのがめんどくさくて、厄介でしたね~。
近頃はだいぶ慣れてきて、あまり思考しなくてもよさげなタグ名が浮かぶようになったけど、おすすめタグ名が表示されるようになったからだと思ってます。が、実際、自分と他人のタグを共有していて思うのですが、タギングをするtagest(造語)は二極化すると最近気づきました。一つのものに新たなタグ名をタギングする人とそれを利用してタギングする人。もともと、forksonomyという考えかたの下人々がカテゴライズしていくものだと思っていましたが、よくよく考えてみると、ソーシャルサービスが本格的に普及した頃には古株のユーザーによってつけられたタグをただ利用するという、思考不要系が現れるのは目にみえています。万人によって創造されるタグの世界を思い描いていたのに、実際は、普及前に利用している物好きによってしかタグ世界の創造がされないとしたら、とても偏ったものになりそうですね。タグのきもちになってみても、新鮮味もなく味気ないと思いますが。。。(俺だけ?)
「古い水夫は正しい航路を見つける 新しい水夫は新しい 航路を見つける」といった既成概念が、「古いtagestは正しいタグを見つける 新しいtagestは新しい タグを見つける」という形で適合して、今後の繁栄に繋がるように、サービス側の機能・仕様改善が求められてくるのかもしれませんね。
