私はずっと

ちゃらんぽらんだった。



嫌な事はすぐに投げ出す。

好きな事しかしない。

やりたくない事は絶対やらない。

言いたい事は言う。

我慢しない。

自分の気持ちを優先する。


こういう事は、

自分軸から離れてしまった人からすると、


スピリチュアルな世界では

自分を大切にしましょう!


という事になるのかもしれないけど...


私の場合は


自分を優先させる事は当たり前の事で...


誰かのために自己犠牲をして生きることなど意味不明と思うほどでした。


だから、


仕事辞めれないとか、

離婚できないとか、

言いたい事言えないとか、


自分を押し殺す事が拷問のように思っていたし、

自分を押し出して進んだ方がマシだと思ってた。



でも、

いくら自分を優先する生き方ができても

幸せにはなれないと悟ったの不安



みんなそれぞれが

この世に生まれた目的や目標があって、


それは人生の後半戦に課題として

問題や生きにくさとして現れてくる場合が多い。




ずっと自分を犠牲に生きてきた人は自分を解放する事が人生の目的だったり、


子育てや母親としてずっと生きてきた人は女としての自分を生きる事が本当はやりたい事だったり、


前半戦とは真逆な生き方が、

実は自分が一番望んでる事だった。


という事は少なくないと思うんです。



そのシフトがね

キッツイもんだから...驚き魂が抜ける


諦めたり拗ねたり葛藤したり。

ズレて生きてる代償が....


苦しみの元になってしまうんだよね驚き



私の苦しみの元は、

本当の望みは、


安心感が欲しい。

地に足をつけたい。


ちゃらんぽらんな自分は認める事が出来た。


でも...

そのままでいいって私はずっと思っていなくて...


ちゃらんぽらんのままでも地に足をつけてみたい。


そう言う風に

実はずっと思っていたのです。


普通に働いて

普通に生きる事。


それがめちゃくちゃ私には難しくて...

でもそれを望んでる自分もいて...


分離しまくりでした。




誰かに養ってもらうとか、

結婚制度や労働制度の中で安定したいとか、


もうそう言うんじゃなくて...


自分の力で


地に足をつけて

心から安心して生きてみたいのです。


それが私の人生後半の望み凝視



ここにくるまでに、

パートナーシップ、離婚、子供、親、不倫、お金、仕事。


様々な問題を網羅してきたのだけどw


私が手放してきた事がこの望みに向かっている結果だと言う事に最近は凄く納得してる自分がいます。



自分軸で生きる事は簡単。



でもそれだけでは幸せになれない。

天と地が繋がってないから。


いわゆる、

グラウンディングが出来てない状態ではいくら自由に生きてても安心感を感じられないのだ。


アンバランスだからね驚き




自分らしく生きて、

地に足をつける事。


この二つのバランスを取る事。




地に足をつける事は

私が最も苦手とする事。


人の為にやる事も苦手。



自由にやり過ぎて、

地に足がつかない私。



次からは、


人の為に生きる。

地に足をつける。


こういう真逆な事がしてみたいのです昇天



まずは真っ当に、

普通に生きてみようかなキョロキョロ


近頃はそんな風に思う。