
20世紀も終わりの頃。しばらくアメリカ-メキシコを放浪していたことがある。当初予定では陸路で北米-中米-南米へ向かう予定であったが、メキシコ以南へ行こうとしても洪水で国境が封鎖されていたりと、道を阻まれたのでメキシコ周遊を楽しんだ。
メキシコを旅するにあたって一番障害だったのが言葉だ。メキシコへ入国した時点ではスペイン語の知識は全くと言っていいほどなかったのだから。数字すらまともに聞き取れない。しかし、慣れればなんとかなってくるもので、弱い英語と身振り手振り、筆談(ほとんど絵だが)で済ませることができた。
メキシコシティより1,000km強東へ行くと、カリブ海に面した地域である。中でもカンクンは日本の新婚旅行先としては有名な部類だろう。カンクンでは海辺には行かなかったが、カンクンより南の海はとてつもなく美しかった。そのカリブ海沿岸の中に、トゥルムという、海辺に遺跡が遺されているところがある。よくガイドブックの表紙になるくらいに海と遺跡の美しさのバランスの取れた観光地である。
このトゥルムの遺跡にほど近い宿屋が2件あり、そのうち浜にあるバンガロー(いや、いちおう鍵は掛かるが、ほったて小屋だろう)に泊まる宿を選んだ。ここには食堂もなにもないので、隣の宿まで歩いて夕食を食べに行った。
その宿の食堂が、注文した料理ができたら名前で呼んでくれるのだが、白人の中で東洋人は一人。名前を伝えるのも一苦労。なぜか「ガブリエル」とかいう名前で合意した。料理ができて(といっても、何だか分からないから値段で適当にチョイスしたもの)呼ばれたとき、周りの白人は「あいつはガブリエルっていうんだ」と一斉にひそひそ話を始めたのは笑えた。
そこの帰り道。たかだか100mほど。すっかり日も落ち周囲は暗い。わずかに足下に明かりがあり、それを頼りに歩いていると、ごく小さな空を舞う明かりがあった。目の錯覚かと思っていたら、そういうのがいくつか現れた。そう、ホタルだったのだ。
日本では見たことがなかったが、こんな日本風情なものを中米の海辺の町で見るとは思いもよらなかった。言葉もろくに通じず、それなりにストレスを感じていたのだろうか。それまではせかせかと移動していたが、このときばかりはその情景にしばらく座り込んでホタルを見ていた。
日本ではまだ見たことがないので、是非今夏は見たいなと思う。