さてさて。裏方のお手伝いをすると、いったい報酬はいくらくらい出るのだろうか?
音楽会だと、打ち上げ参加無料+日当5,000円、といったところが相場のようで、それ以上もそれ以下もない。ちなみに、カメラマンをやったこともあるが、そのときは報酬10,000円というのが一般的だった。
リハーサル前の準備から後片付けまで通してなので、報酬だけだと時給1,000円を割る。もしこの金額で本業なら、とても生活ができない。
正直、値段だけでは割に合わないのだ。
では、なぜ裏方や仕切をするのか?それは、自分の感覚を研ぎ直す場だからである。
通常のプロジェクトだと長期だが、音楽会とかは本番とせいぜいリハーサルの、ほぼ一発勝負。そこに全身全霊を傾け、視覚、聴覚、嗅覚といった感覚を張り巡らせ、どんなことにも備え、対応する。アンテナをそこまで張ることは、日常生活ではそうそうない。
で、自分で何を気付くことができたか、漏れていたものは何か、という感覚を磨く。そうすると、どんな業種のお客様と話をしていても、客の望むところが結構見えるようになってくるのだ。これこそ、おそらくは私のコア・コンピタンスではないかと思う。
この感覚を鈍らせないため、ときどきはこのような裏方をやるのである。
音楽会で重要なのは進行である。リハーサルが押して、開場時間を遅らせる必要があると見たらホール入口に走り、ホールの職員に「開場はおそらく○分遅れるので、連絡があるまで開けないで」と独断で指示し、舞台に飛んで帰り、その日の舞台責任者に「開場△分前です。開場遅らせますが、○分でいいですか?」と了承を取る。リハーサルを真剣に聞いているので、その時間をまず読み違えたことはない。
また、開場(客入り)時には、出演者のみならず、音響、照明といった舞台関係者にも気持ちを切り替えを促すべく、ホールに響く声で「本番X分前、準備よろしいでしょうか。客入れしまーす」と宣言する。こんなの、ただのお手伝いの範疇を超えている。
そのせいだろうか、ゲストも含めた複数の出演者に「本業の舞台監督」であると勘違いさせてしまっている。自画自賛になるかもしれないが、裏方の腕もそんじょそこらのプロには負けない旨の評価は頂いている。これで生活ができるなら、それも天職かも知れない。
音楽会だと、打ち上げ参加無料+日当5,000円、といったところが相場のようで、それ以上もそれ以下もない。ちなみに、カメラマンをやったこともあるが、そのときは報酬10,000円というのが一般的だった。
リハーサル前の準備から後片付けまで通してなので、報酬だけだと時給1,000円を割る。もしこの金額で本業なら、とても生活ができない。
正直、値段だけでは割に合わないのだ。
では、なぜ裏方や仕切をするのか?それは、自分の感覚を研ぎ直す場だからである。
通常のプロジェクトだと長期だが、音楽会とかは本番とせいぜいリハーサルの、ほぼ一発勝負。そこに全身全霊を傾け、視覚、聴覚、嗅覚といった感覚を張り巡らせ、どんなことにも備え、対応する。アンテナをそこまで張ることは、日常生活ではそうそうない。
で、自分で何を気付くことができたか、漏れていたものは何か、という感覚を磨く。そうすると、どんな業種のお客様と話をしていても、客の望むところが結構見えるようになってくるのだ。これこそ、おそらくは私のコア・コンピタンスではないかと思う。
この感覚を鈍らせないため、ときどきはこのような裏方をやるのである。
音楽会で重要なのは進行である。リハーサルが押して、開場時間を遅らせる必要があると見たらホール入口に走り、ホールの職員に「開場はおそらく○分遅れるので、連絡があるまで開けないで」と独断で指示し、舞台に飛んで帰り、その日の舞台責任者に「開場△分前です。開場遅らせますが、○分でいいですか?」と了承を取る。リハーサルを真剣に聞いているので、その時間をまず読み違えたことはない。
また、開場(客入り)時には、出演者のみならず、音響、照明といった舞台関係者にも気持ちを切り替えを促すべく、ホールに響く声で「本番X分前、準備よろしいでしょうか。客入れしまーす」と宣言する。こんなの、ただのお手伝いの範疇を超えている。
そのせいだろうか、ゲストも含めた複数の出演者に「本業の舞台監督」であると勘違いさせてしまっている。自画自賛になるかもしれないが、裏方の腕もそんじょそこらのプロには負けない旨の評価は頂いている。これで生活ができるなら、それも天職かも知れない。