またリブログ。
夫に当てはまりすぎて、ぐうの音も出ない。
小さい頃よりもっと甘えの願望が強くなっているくせに、そのようなものはないという「ふり」もしなければなら ない。
自分にはまだ小さい頃の甘えの願望があるのだが、「ある」ということが神経症的自尊心を傷つける。
甘えの願望が異常に強いのに、それが「ある」ということを認められない。
認めないでそれを満たそうとする。これほど始末の悪いことはない。 不満を解消する方法がなくなっている。
畏敬されないと不満である。しかし、馴れ馴れしくされると不満である。
親しくされないと不満である。親しくされないと欲求が満たされない。 しかし、親しくされると神経症的自尊心が傷つく。 どうやっても不満なのである。 励まされても不満だし、励まされなければつらくなる。
指図されれば不愉快なのに、指図されなければどうしていいか分からない。
かまわれると煩いと感じるのに、かまわれないと寂しくて仕方ない。
声をかけられても、かけられなくてもどちらにしても幸せになれない。
一緒にいなければ寂しくてつらいが、一緒にいると不快だし、わずらわしい。 まさに八方塞がりの状態に追い込まれる。
うつ病者の際限のない受け入れ願望というのが、この抑圧の結果であろう。
ひねくれてしまって手に負えない人が時々いる。おそらく小さい頃、心理的にハシカを経験しなかったのであろう。 最後に自己喪失という罰を受けることになる。
夫の自己喪失はもう始まっているかもしれない。