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[ あなたの“芥川賞”は? ]

どうやら芥川賞は 純文学 で、新人さん で、短・中編 の作品の中から、詩的で芸術性の高いものが選ばれるらしいのですが…

そもそも純文学って何をもって『純』なのでしょうか。
芥川龍之介の作品は確かに『純』だと思うし、歴代の受賞者で知っている作家さんでいえば、なるほど小川洋子さんの作品も芥川龍之介のような雰囲気を感じる。
江國香織さんの作品も芸術性という意味では『純』ぽい。しかし江國さんは直木賞受賞者である。

純文学ってあまりにも曖昧で、だからこそ存在し続ける世界なんじゃないかと思います。
なんだかすごい世界ですよね。
僕のイメージとしては純文学は芥川龍之介や太宰治の作品で、つまり『あぁいった作品が純文学である』というイメージの中でも曖昧な煙に包まれた雰囲気だけで捉えています。
もしもはっきりと純文学とはこういったものののことです、という区切りが生まれたとき、なんとなく純文学というものの価値が下がるような気がしてなりません。


さて、僕が選ぶ芥川賞。

漫画であり、発表から数年がたっているけれど、芥川賞(純文学)っぽくて、ふと再び開いてしまう作品。


あらすじ

ツキが全く無かった男イアン。彼の『家族』に対するひたむきな思いはただ姉さんと過ごしたい、それだけだった。アル中の母親、家族を捨てた父親、母親の酒代稼ぎ、求刑中の姉-運命というものは残酷で、複雑で、彼の人生を防ぎ続けたが、行き場を失ったイアンの目の前に現れたひとりの女性が、彼の生きる活力となる。3年後、再び会おうと約束したその場所で彼を待ち受けていた運命は…
悲しく切ない物語を静かに綴る。

これは僕にとって初オノナツメ作品でした。
漫画といえば 愉快で 豪快なものと思っていた僕にとって衝撃的な作品でした。

どこを開いても切ない主人公。
どこを切り取っても悲しげな表情。
どこを読んでも重たい台詞。
しかし不思議と悲しすぎず、読後もゆっくりと静かに元の世界に戻れる感じ。

イアンが駆け落ちを企む女性と出会ったことにより死を迎えてしまったところから物語は始まり、その後は彼の数奇な運命をしっとりと綴るのですが、先述通りどこも辛い話が続きます。
けれど節目ごとに現れる幸福、イアンの笑顔がこの作品を深く落とし過ぎない部分かと思います。

どちらかといえば僕の苦手なタイプの物語なのですが、オノさんの線の少ない絵が優しくページを纏い、どこか美しさのようなものを残していきます。
ちょっと嫌な見方をすれば、この作品の作り方もよかったです。
時系列の移動、ジムが知っているイアンの過去を描いたこと、そしてタイトル。これらの作り方が綺麗だったのでいい作品だなぁと思えたのではないでしょうか。

たったひとつの希望を元に行き続ける健気なイアンの人生を知ってみてはいかがでしょうか。


ちょっとこのブログネタにこのタイトルの作品をあてると皮肉っぽくなってしまいましたが、作品の雰囲気や台詞、内容なんかは芥川賞っぽい気がしたので選出。


ふぅ…

ところで、僕は芥川賞や直木賞よりも、本屋大賞の方が気になります。
もともと偏った本読みですから、本屋大賞のノミネート作品でも興味が湧くものは大抵一作あるかないかなのですが、今回は興味深いタイトルが多いですね!

『天地明察』  『猫を抱いて象と泳ぐ』  『横道世之介』

これらは発売当初から読みたいなぁとは思っていましたが…
基本的には文庫読者ですから、いつか文庫化するまではぁぁぁぁぁ!!とまず気になるほかの文庫作品を手に取ってきたわけです。
しかし、おかげで昨年の本屋大賞にノミネートされた 『のぼうの城』も拝むことなく、一昨年の『有頂天家族』も触れられない状況。(まぁ森見作品においては単行本の状態でも見たいのですが、ここまで時がたってしまうとそろそろ文庫化するのではないかという気がしてしまって…)

いよいよ…いよいよ図書館へと向かう日が来たのか?

でもですね、僕の読書ペースは気まぐれで、一日で読み終えてしまうときもあれば、2週間たっても読み終えないときもある。
僕の勝手なイメージで、図書館の新刊を借りるような人は読書ペースが半端じゃなく早い!と思っているので、そこに僕が参戦しては申し訳ないのではと思ってしまい…
あれです、回転率重視の有名ラーメン屋でラーメンを食べている感じといいますか、とりあえず食べることが重要で、食後の一服を楽しむ前に後ろに続く行列の目線が気になるというか…

だからなかなか借りられない自分がいましたが、ここまで気になるタイトルが並ぶと、少し気になってしまいます。