TEAM JACKPOT -41ページ目

今日も今日とて重ね着! キモ

キモです。こんちゃ!

タイトルの通り、多少節電しています。寒い夜に暖房ゼロにしてるかって言われたら、すいませんつけますと答えざるをえません。それでも外出時(かそれ以上)の重ね着して極力スイッチオフにする方向です。

まあできることにも限りがありますからね。節電、節買、くらいしか今の僕にはできません。


とはいえ、他のTJPメンバーが心を痛めているなか、僕はむしろ変に落ち着いてるくらいなのかもしれません。


僕は関西出身で、阪神大震災の経験者でございまして。震度6か7の縦揺れ地震経験があります。

当時はまだ6歳くらいでしたが、バケツに水を汲みに行くとか、救援物資取りに行くとか、できる範囲の肉体労働をしていた記憶があります。地震当日、朝日が昇る前、家から見える小さな山の向こう側が赤く、明るく燃えているのが見えた景色は忘れられませんね。


と、当時の状況思いだしたらですね。

東京にいる自分達にできることなんか今はまだほとんどないし、被災地の人達が何もできないことを恨みに思うこともあんまりないだろうな、と思います。

現地に必要なのは人手と物資のはず。その日その日を生きて、少しでも生活場所を復旧するので精一杯のはずです。

募金とかしても、それをフル活用出来るのは少し先の気がするのですよ。節電しても、自分が使わない電気が関東以北で有用に使われているかなんてわからないのですよ。


それでも僕は節電して募金のためにお金貯めるけどね!


災害期間というのは災害発生から1ヵ月とかの短い時間を言うのではなく、被災地からすれば1年2年、下手すりゃ5年以上にも続くもんです。

それぞれのフェーズで求められるものも変化します。今自分にできることがないのなら?じゃあ次の段階で必要と思われることを準備すりゃいいや。お金が必要な時に少しでもたくさん寄付しようと。

そして東京に住む僕は、災害発生からしばらく経って落ち着いてきたら、ニュースやなんやを見ても他人事として振る舞うようになるかもしれない。それを防ぐために何らかの被災地協力を自分なりに課してずっと意識持ってようと。

そんな気持で生活している私。


現地のみなさんには意地で生き抜いてほしい。生きてりゃ時間が経つにつれ助けは増えるはず。

現地に行けない人はできることがないなら無理して行かないで、いずれ訪れる奉仕、貢献の場を落ち着いて待ちましょう。



変な話だけど、世界も含めてみんなが地震を契機に一つの問題を見つめているのは良いところと思います。

助けたい、力になりたい。その思いがどれくらい続くか。それが自分との勝負だと思ったり思わなかったり。

すでに始まっているみたいですがいずれボランティアも行きたいな。有り余る体力を有効活用したい。




じゃあ今日の戯言はここまでで、次はまさきさん。最近、有り余っているわけでもない体力をオーバーヒートさせたのではないかと思いますが、明日の記事をお願いします(笑)

悲しい昨日が 涙の向こうで いつか微笑みに変わったら

どうも!まっつんです。

東日本大震災発生から11日目を迎えました。

地震や津波、原発と、かつて体験したことのない脅威に見舞われている日本。
死者・行方不明者の数は2万人を超え、戦後最大の災害となりました。

連日の報道により情報がどんどん更新されていますが、
被害の全貌はいまだに掴めていません。

それでも、少しずつ、少しずつ復興に向けて頑張っている人々。

本当に頭が下がります。

ある被災者の方が
『私達は他人の幸せや喜びをねたむほど落ちぶれてはいない。
 皆さんどうぞ我慢せず、楽しい時は笑い、嬉しい時は喜んでください。
 私達も一日も早く皆さんに追いつきます。』
とおっしゃっている記事を見ました。

地震発生後、節電や、微々たる募金しか出来ていないちっぽけな自分。

何だか、心が救われました。

この地震や津波で、一瞬にして命を落とされた方も大勢います。
未だに余震が続いていますし、地震大国と言われる日本。

いつ、自分自身が同じ様な災害に遭わないとも限りません。

だからこそ、毎日を大切に生きること。
いつも通りの毎日を頑張ることを忘れない様にしたいと思います。

元気な人が元気に!

そして、その元気を周囲に分ける!

”きもち”は伝染します。

元気な僕らが

やさしいきもち

強いきもち

思いやるきもち

信じるきもち

感謝するきもち

を持って、人に伝えていく。

AC式にいえば『こだま』ですね。

そうやって、繋がり合った人々は、絶対に強い!!

世界中の人々からの支援
「日本は多くの国を支援し助けた
 支援大国だから、今度は世界が日本を助ける番だ。」

日本はまだまだ強くなります。
強くなって必ずまた恩返しします。

その日が1日でも早くやって来るように、
いつもどおりを頑張りたいです。

じゃ、次はキモよろしく!

それでは、ばいちゃ。

松岡 真史

とりもどしたいこと

小学生の頃の私の夢は、アメリカで暮らすことでした。
『ホームアローン』『バックトゥザフューチャー』『スタンドバイミー』
ハリウッド映画に夢中だった私にとっては、世界=アメリカで、アメリカで暮らして、世界を見たいと思っていました。

高校生の頃の私の夢は、東京で、役者になることでした。日本の中心に行かなくちゃいけないと思いました。

東京の文学部の大学生になった私が考えることは、私はなんで生きているのか、私が生きる意味って何なのか、私は、私は、私は。
どんどん陰鬱になっていく私を、唯一支えてくれたのは、演劇でした。
演劇をしている時間だけは生きる意味を考えなくても生きられました。

3月11日、震災が起こった日に、オバマ大統領は「両国の友情と同盟関係は揺るぎなく、日本の国民がこの悲劇を乗り越える上で、立場をともにする決意は強まるのみだ」と声明を発表しました。

政権交代が求められ、緊張が高まるクロアチアで、反政府デモ中に日本大使館の前にさしかかったデモ隊は、歩みを止め、キャンドルをともして黙祷を捧げました。

内乱が続くアフガニスタンから、約400万円の義援金が送られました。

気がつくと、私は50cmくらいの短い私定規できっちり私の周りに直径1mくらいの円を描き、その範囲のなかで必死に生活したように思います。
私の演技の評価は。どれくらいのお客様が私を観てくれるか。演劇のことさえ、その範囲のなかでしか考えなくなっていたように思います。

自分を考える。これは、自分以外の世界との関係がないとできないことでした。
何も知ろうとせずに、自分以外の人のことを考えずに、自分が存在できるはずありませんでした。生きる意味なんて自分以外の者に対してしか見つけられませんでした。
もちろん私は世界に対して私は何の影響力も持たず、意見すら持てないようになっていました。演劇に対しても。

もう、こんな無力な自分は嫌です。他人のことを真摯に考えられない自分は大嫌いです。
一人でも多くの人を笑わせたいです。一人でも多くの命を救いたいです。私の仕事を、私のためじゃなく、他の誰かのためにしたいです。

今回の地震に対する世界中の国の世界中の人々からの支援は、涙が出るほど嬉しくて、心強かった。
私は絶対忘れません。



次は、まっつん、よろしくお願いします。

ちゃ


この度

この度の東北地方太平洋沖地震により被害を受けられた皆様に心よりお見舞い申し上げます。
一日も早い復旧とみなさまのご無事をお祈り申し上げます。



こんばんは。

酒井勝博です。





今日で東日本大震災からちょうど1週間たちました。

正直、地震があったときかなり揺れをかんじたものの、こんなに大災害になるなんて思ってもいませんでした。





1週間前、あの日は仕事が早く終わりトイレに行ってから帰ろうと思い仕事現場のトイレにいました。



その時、揺れが!



すぐおさまると思ってあまり気にしなかったのですが、おさまらず。


隣のおじさんの『地震だ!』の声に

『そうですね、けっこうデカイですね』と答えトイレをでたわけですが、


揺れは、どんどん強くなっていき周りの人たちが小走りに建物から逃げたりしている人がいました。

その時点では、まだ大丈夫だろうと思っていた自分。

でも、心配だったのが家です。

今住んでいるマンションは、建物が薄くてちょっと強い風が吹くと揺れます。

そんな生活を2年もしているので、地震があっても揺れをあまり気にしないようになってしまったのです。

家を気にしつつその日は朝から何も食べていなかったから帰りにお弁当を買いにコンビニへ。

お弁当を持ち、小走りで家へ。

と、道からマンション確認!無事でした。

部屋の中はぐちゃぐちゃでしたけど。


それからテレビを付け、ようやく大変なことになっていることに気づきました。







被災地ではだまだ状況は、厳しいけど



1人1人の

小さな節電、節水が

大きな節電、節水へと

繋がります



些細なことしか出来ませんが、

これくらいしか出来なくて悔しいけど

今自分が出来ることをやっていきたい。






次は、ちゃあさんお願いします。



酒井勝博でした。




無力な僕=なにもしない僕

このたびの、東日本大震災におきまして、被害に遭われた皆様に心よりお見舞い申し上げると共に、犠牲になられた方々、そしてそのご遺族の皆様に深くお悔やみ申し上げます。


地震当日、夜勤の仕事だった僕は発生の少し前、目が覚めました。

ほどなくして東京でも震度5強の地震。

部屋の中の棚にあった本や物が落ち、積んである雑誌は崩れ落ちました。

その後、地震当日も仕事だった僕は、駅まで行ってみれど、当然電車は走っておらず、一時間半かけ新宿まで自転車で走りました。



その日からテレビで見る光景は想像以上の被害。

今もなお、被災地での救助活動は続き、水、食料、毛布、医療品、ガソリン、灯油、あらゆる物が足りないと報道されています。



でも僕の生活は、いつもよりちょっとだけ不便になっただけで、あまり変わる事がありません。

新宿では、地震のあった次の日に、募金を呼び掛ける大学生くらいの集団がありました。でも、翌日からは全くいなくなり、駅近くのパチンコ屋は普通に営業し、英会話教室のチラシを普通に配っているバイトの子を見かける。

【被災地】じゃないなら当然なのかな。



テレビでは、原発の状況を細かに説明してるし、買いだめの為に物が買えなくなった人のインタビューが流れたり。



知りたいのはそんな事じゃないんだけどな。



今の僕に出来るのは、

節電

募金

本気で何かやりたいなら、車に入るだけの水や食料や医療品を積んで、迷惑な行為と言われても被災地まで行けばいいし、生活が出来るギリギリだけ残して募金すればいいし。

でもそんな根性もない僕です。



でも、何かはしたいわけで。



原発の状況は知りたいし必要だけど、メルトダウンはこうなったらメルトダウンって事や、物が買えなくなった人の不満の声が聞きたい訳じゃなく。



節電すればどのくらい役に立つのか、一円だって無駄にする事なく被災地の方々の生活に役に立つ募金の方法が知りたい。





失敗は、失敗した本人にしか糧にできないように。

所詮、【被災地】でない生活を満喫してる僕の戯言です。


偽善でもなんでも、なんかはやらせて下さい。




次は酒井くん、よろしくです。


本村 聡