「政治は難しいのだ・・・」というキシリア様の声が頭の中でこだまする。子どもの時は対して意味を感じなかったアニメのセリフ、大人になって身に染みる時ってありますよね?
自治体システムの標準化移行さえしてしてしまえば、国の突然の政策決定でアワアワすることは無くなると思っていた時期が僕にもありました。けれども高市政権が打ち出した物価高子育て応援手当とかの動きを見るに、「こいつら全然標準化の文脈に乗せるつもりねぇ」と思い始めた訳だ。
介護保険の定期的な見直しとか、そういうものであれば標準化の目指す改修が行われるような気がしますが、結局はそれだけでは収まらないらしい。何故かというと政治っていうのは予定調和だとどうにも喜ばれないようで、そこには行政効率を至上命題とする事務方から見ると大変迷惑で理解しがたい話ではあるのですが、結局はサプライズ的な何かが求められるようだと、普遍的に。そうお前の嫁さんを喜ばせるために誕生日にサプライズプレゼントを贈る如くの配慮みたいな話だ。つまりは政治及び行政も、何らかのエンターテイメントを提供しなきゃ喜んでくれないのだ。
システム標準化というのはエンターテイメント要素をトコトン削ぎ落としたもので、求められるのは中長期的な「予定調和」だったりする。この辺、私らの所属する組織なんかからすると求めてやまない方針ではあるんだけど、まぁエンターテイメントという点ではつまらないよね。新型コロナの時のあのスッタモンダは、政治・行政に対する批判が相当あがったんだけど、一方であれは一つの政治的エンターテイメントでもあったらしい。皆さん楽しんでいただけましたでしょうか?
で、ここで我々として困るのは、開発ベンダの多くが「標準化やれというから、そのドクトリンに乗ったのであり、エンターテイメントにはお付き合いできません。そんな組織や体制も構築しておりません。では、さよなら。」とお別れを告げられちゃうかもしれないこと。うん、まぁそうだよね、自治体システム分野は縮退均衡を図れって話だもんね。で、そのような理屈と現実の隙間は、我々のような木っ端役人が埋め合わせて何とか収支を合わせなきゃ行けないってことなんでしょうか。まぁそうなんでしょうね。
もちろん、その埋め合わせの策はいくつか無くはないですよ?でも、どれも時間がかかんですよ。てな訳で自分の生きているうちにやり切れるのかという切実な気持ちになりつつあります。
翻って、そんなところにエンターテイメントを求めるなよ、と言いたいところだけど、政治というのが所謂人気商売であるからには、人々に楽しんでもらってなんぼというのもある程度趣向せざるを得ないのだろうと自分を納得させなければと考え、今日も仕事に精進する自分は、大人を通り越して老境に差し掛かるっているのだなと、切なさでいっぱいです。









