2016年9月18日(土)、『第4回八丈島芸能文化祭』が開催されました。
前回までは全国の伝統芸能アーティストを招き、島内団体とのコラボレーションが中心でしたが、今回は島の伝統芸能に絞られ濃い内容の舞台となりました。
その模様をプログラムの解説を交えてご覧ください。
会場となったのは多目的ホール「おじゃれ」。
入口につながる薄暗い通路にはそっと薄等が添えられ、観客を誘うかのようなイルミネーションが灯ります。この場所から既に演出が始まっていて、まるでホタルがいるかのような夜のホタル水路のイメージを作り出しているのです。
開演時刻になり、マリンバの調べが八丈島芸能文化祭のはじまりを告げます。
芸能文化祭テーマ曲「ふるさと〜祭りの記憶〜」
(作曲:鬼塚理那/マリンバ演奏:荻野有希)
ホタルの光を追い、伝統をうつしとり、この曲はうまれました。
これまでのものと、これからのものを、マリンバの響きで繋ぎます。
そこに登場するのが主人公、水の豊かなホタル水路で生まれた1匹のホタル。
ホタルは島の様々な伝統芸能に出会い、案内人として立ち振る舞います。
フラメンコ「タンギージョ」/フラメンコサークル
スペインアンダルシアの港町カディスで生まれ、古くから唄われてきました。明るくテンポの速い軽快なリズムが特徴です。
激しいステップや動作はアンダルシアの風土・文化を彷彿とさせ、スペインという国のイメージそのものです。
米つき唄/加茂川会
ものつき唄とも言われ臼に入れた米などの穀物を杵でついて皮をはがす動作とともに、米を積んだ船が流れ着き、その米俵を運び、役人から分けてもらったという喜びの様子も入っています。
石投げ踊り/よされ会と島の子ども達
八丈島は火山の島で、畑を作るのは今でも大変な事です。開墾しようとすると大小の火山弾とおぼしき石が沢山出てきますが、これを遠くに投げ飛ばす様子を踊りにしたものと言われています。
毎年大賀郷地区の盆踊り等で披露され、石を投げる動作がユニークですね。
皿踊り(おいとこ)/加茂川会
今からおよそ100年前、トビウオの大漁が続いたころに、応援にやってきた千葉県に漁師達によって伝えられたと言われています。一人一人動作の違った個性ある表現が楽しい踊りです。
皿の重ねて鳴らす仕草が面白いのか、ホタルも手でマネをしています。
ヤトトン/中之郷盆踊り実行委員会
坂上地区で明治期より盛んに踊られていました。現在も中之郷で唄い継がれており、踊り唄にふさわしい陽気な曲調は、盆踊りに欠かせないものです。
はやし言葉の「ヤトトントリコメ」からこの名があります。
ショメ節/樫立踊り保存会
八丈島を代表する民謡です。八丈節ともいわれ、「ショメ、ショメ」とはやし言葉が入ります。歌詞は七七七五調が基本で、酒席などでは即興的に唄われていました。節まわしや踊りには、島内五地域それぞれの特徴があります。
八丈太鼓回し打ち(八丈太鼓月曜会)
八丈太鼓は一台の太鼓を両面からふたり一組で打つのが特徴です。下拍子のリズムに合わせて、上拍子が即興で太鼓を叩きます。祭りや宴会のときには太鼓のまわりに大勢の人が集まり、先を争うように叩いて楽しんでいます。
笠踊り/よされ会と島の子ども達
北関東の郷土芸能である八木節が大正年代から昭和初期にかけて全国的に流行していました。その樽を打って調子をとる軽快なリズムがベースとなって、八丈島の笠踊りが生まれたと言われています。
芸州節(流れ)/樫立踊り保存会
広島港から出航し、江戸に向かう途中、熊野灘で舵を折られ、八丈島に流れ着いた船乗りたちを、流れ(流れ者)、流れ(流れ者)と唄い、踊ります。
終盤を迎え出演した団体が次々と登場。時代の流れで島の伝統芸能がいずれなくなってしまうのではないか、そんな不安が払拭されてホタルも嬉しくなりみんなと一緒になって踊りはじめます。
そしてフラが最後の演目となりました。
フラ「プア アロアロ」/コウ リマ ナニ エ
フラ界の偉大な指導者として尊敬を集めるヒューイット氏が八丈島で2007年に行われたフェスティバルに招かれた際に作りあげ、八丈島に贈った唄。
Pua aloalo とはハイビスカスのこと。alo には顔という意味もあり、八丈とハワイが頬を合わせて仲良くという意味の込められています。
最後は八丈島文化協会会長の内山江差夫さんの挨拶で閉幕を迎えました。
この日を楽しみにしていた大勢の来場者から出演者へ向けて、沢山の拍手がおくられました。島の伝統芸能の奥深さを知る、内容の濃い充実した舞台でした。
最後にプログラムの文を添えます。
〜音と踊り〜
この島には、たくさんの芸能、たくさんの踊りが受け継がれている。
その踊り音色は、共に後世に伝わり、
やがて、人々の暮らしに溶け込み根づいていった。
古い文化の継承、そして、新しい文化の受け入れ、
互いに混ざりあい新たな文化へと変わっていく。
現在、文化を受け入れる若者が少ない現状に、
伝承していくことが大きな課題となっている。
人から人へ渡り、時代から時代へ。
時の流れにより変化する文化を、これからも継承し続けること、
進化し続けることが、次なる一歩かも知れません。
黒潮は八丈島に、漂流・漂着の文化をもたらしました。
島には様々な文化や風習を受け入れてきた長い歴史があり、島の人が持つ懐の深さによって根付き、上手に取り入れられてきたのです。
八丈島に古くから伝えられている伝統芸能はきっとこれからも変化や進化をとげながら、島の人たちによって未来へと伝えられていくことでしょう。





















































