なんなの棚倉。
鹿島神宮に行って来ました。
一の鳥居が倒壊したと聞き、
地震鎮めの神様が身を裂いて被害を抑えて下さったのではと
お礼参りと転居の報告を兼ねて。
僕はいつも正面側ではなく
御手洗池側から入っていくのですが、
鹿島駅から神宮に向かう道路が
境内へ入ろうとすると、
いつもと違う景色。
大鳥居がありません!
正面側の一の鳥居だけでなく、
こちら側の鳥居も倒壊していたとは…。
中へ進んでいくと、
参道の石畳は中央が隆起してアーチ状になっていたりしましたが、
その他拝殿等の建築物には破損は見られない様でした。
さすが地震鎮めの神様というべきなのかもしれませんが、
鹿島様の御神威で以てしてもこの程度にしか抑えられなかったのかという
やり切れなさはどうしても拭えず。
神社の入り口に鳥居が無いということが
こんなにも悲しいことであるとは。
おみくじを引いたら、
旅立ちは良いとのこと。
白鷹行きを後押しして下さっていると解釈して満足。
この日はお祭りの日で、
流鏑馬神事もあったのですが
あまりにも朝早くに行き過ぎて6時間以上待たなければならなかったので
諦めて帰りました。
鹿島様の前に大洗磯前神社にも寄ってきたのですが、
こちらも大鳥居が倒壊、灯籠等一部が損壊していました。
香取神宮は参道の多くの石灯籠が倒壊しており、
大鳥居は倒壊は免れたものの
基部にヒビが入り近づかないよう柵が設けられていました。
息栖神社は殆ど被害は見られないようでした。
いつもは海岸沿いの国道6号線を利用するのですが、
今回は原発事故で封鎖されているらしかったので
別のルートを探す必要に迫られました。
地図をあれこれ見ている際に
以前から気になっていた福島県の一宮の名前を見つけ、
いい機会なので帰りに寄ってみる事にしました。
高速道を利用し、
最寄りのインターで降りようと
「いわき勿来」インターを探していると
「棚倉 勿来」と出口表示にあったので
ここじゃないなーと通過したら
実はそこが「いわき勿来」インターだったらしく、
ひとつ先のインターまで無駄に走ってしまいました。
まぁそこからでも行けるからと、
地図を見ながら最短ルートを走っていったら
土砂崩れにより通行止め。
結局「いわき勿来」インターまでUターンさせられるハメに。
ようやく棚倉町に着きましたが、
神社の案内板が一向に現れません。
地図で確認すると既に行き過ぎていた事が分かりUターン。
地図を片手に慎重に走ってようやく発見。
(うちの車にはナビ付いてません。)
結局路上に案内板はなく、
神社の入り口に看板もなく、
境内に入ってようやく目的の神社である事が確認出来ました。
一宮なのにこんなもん…?
とても立派な社殿ではありますが、
一宮と言うにはやや寂しい感じもします。
一宮 都都古別神社は何故かもう一つあるので
そちらにも向かいます。
その途中に棚倉城址があるようなので寄ってみる事にしました。
これまた地図を片手にようやく辿り着きましたが、
城址公園の目の前になってようやく小さい案内板が出てるだけ。
中は、
建物は残っておらず堀や石垣に名残が見られる程度でしたが、
中央に何故かシルバー人材センターの事務所らしき建物が建っていて、
正直雰囲気ぶち壊し。
入り口には滑り台とかの遊具が設置された
子供用の町内の公園みたいな感じのものがあって、
公園は公園だけど城址公園ってもうちょっとこう…。
気を取り直して、もう一つの都都古別神社へ…。
……これがもう、本当に見つからない。
とにかく案内板は一切無く、
地図でそれらしいところを走っても全く見つけられない。
何度も迷って同じ所を走って、
ついに怪しげな鬱蒼とした森を見つけました。
しかし入り口らしい所もないし、車を止められそうな所もないし…。
よーーーーく見ると、道端に
石碑と言うのか何と言うのか分からないんですけど、
神社の名前を刻んだ石柱がありました。
獣道というか畦道というか、
細~い土の道が森の中を縫って続いています。
よく見ると「裏」参道と書いてあるのですが、
それに気づく程の冷静さは既に失われており
これが参道…!? と動揺を隠せないまま
羽虫が飛び交う森の中へ歩を進めて行きました。
池も美しいとは言い難く…
森を抜けると、いきなり拝殿に出てしまいました。
反対側に随神門と
鳥居がありました。
鳥居の外はちゃんと車で来られる道路になっていましたが、
案内板は一切無し。
どうやってここまで辿り着けと言うのか。
陸奥一宮 馬場都都古和氣神社。
何故こんな近い所に二つの一宮が存在するのかは
よく分かっていないようです。
こちらの馬場様は八槻様より一層寂しいように感じられました。
もちろん両社とも、
社務所があってきちんと管理されてる様でしたので
放っておかれて荒れ放題、という状態では決してありませんが、
一宮以外にも大きくて参拝者で賑わっている神社が多数ある
宮城県の人間からすると、
辿り着く事すら難しい一宮というのは結構ショッキングでした。
まぁ、神社なんてあくまで地元の人のためのものであって
観光地化する必要は全く無いとは思いますけど、
町内全域全く案内する気が無いというのもねぇ…。
なんかしゅんとして
すっかり疲れ果てて帰宅しました。
お祭りの日には地元の人で賑わうんでしょうか。
また行ってみたい様な、
二度と近づきたくない様な、
やっぱり神域とは余所者が興味本位で近づいては行けない所なのかと
ちょっと怖じ気づいた今回の参詣行でした。
美姫に押されて鹿島立ち。
うーむ。
何故だか分からないけど
急にキムヨナが好きになってきたぞ…。
ミキティが見事に震災下の日本に
熱いエールを届けてくれました。
ヨナが精彩を欠いたおかげ、という感じもして
あまりスッキリとした勝利ではないという印象も無いでは無いですが、
ミキティも思いが強すぎたのかな。
その思いは、
いつもは素っ気ないインタビューに
今回は両日ともとても真摯に、丁寧に答えていた事からも伺えて、
たぶんミキティ最大級の被災者へ向けたサービスだったんじゃないでしょうか。
本当はいつも真摯に答えているんですけどね。
受け手が能力不足なだけで。
では、
ミキティのエールを受けていざ鹿島様へお礼参りに行って来ます。
白鷹への転居に際し、鹿島立ちのお導きを乞うてきます。
てんばちが降らないといいな。
絶対的エール。
遠出する直前に懸賞がよく当たるという不思議なジンクスがあります。
未曾有の震災から救って頂いたお礼参りを翌日に控えた今日、
学研様から封筒が届きました。
封筒を見ただけでBOMBの色紙が当たった!と分かってしまう自分が怖い。
3月号の梨央ちゃん…じゃなくて市道さんのイラスト色紙でした!!
いやーすごい。
それだけでは誰の何の色紙なのか全く分からないところがすごい。
以前ゆりっぺのappeal+ing色紙が当たった嬉しさで買った色紙バインダー、
その後活躍の機会に恵まれずにいたものがようやく面目躍如。
ゆりかとルカが一緒に並んだよ。
バカの一つ覚えですが、
またミキティの演技を見て泣いてしまいました。
始まる前は意識が遠のきそうなほどに心臓バクバクでしたが、
いざ演技が始まると
あまりの美しさ、神々しさに
みるみる緊張がほどけていき、
なにか自分が浄化されていくような気がして、
演技が終わった瞬間に つーっと涙がこぼれてきました。
もはや競技ではないですね。
以前は小憎たらしかったヨナも、
今回は復帰にワクワクしちゃってました。
練習風景だけでも凄さがびしびし伝わってきましたからねー。
そして実際、すごかったですねー。
失敗してなかったらどんだけの点数になったんだろう。
やっぱりバケモノだ。
明日もすごいことになりそうですね。
一日遅かった。
めざどを見ていると、いつまでも震災情報窓枠が入らない。
また入れ忘れてるよ…と思ったら、
最後まで入らない。
その後の番組にも入らない。
やっと、
やっと、
枠が外れたーーー!!!
他局を見てみると、相変わらず窓枠放送。
前回唯一枠を外したTBCも今回は執拗に枠を継続。
OXだけが先んじて外したみたい。
いやー、よくやった。
と言いたいところだけど、
一日遅かったなー。
昨夜のアイドリング!!!はガッチリ窓枠をハメられてて残念。
しかも、
キー局で「からの~」を放送した翌日の放送なので
その最新版#20を放送するんだろうと期待していたら
二つ前の#18から放送という中途半端な遅延放送。
やっぱり地方では数週遅らせないと流せないのかな。
CSで見たからいいや。
と、バーっと早送りしていると、
見た事のない場面が。
なんと、地上波とCSでは放送内容違うんですか!?
CSで生クリエイトや月刊の告知をしていた部分が、
地上波では福岡イベント関連になってる。
知らなかった…。
今更地上波流しても…とか思ってたけど、
いや、仙台放送あっぱれ。
来週以降、是非窓枠無しの放送を続けて下さい。
スタジオパークを放送しなかったり
DEEP Aをいきなり延長して録画に失敗させる
どこぞの公営放送とは大違いだ。
さて、今現在被災地の放送がどうなっているのか。
一番残念なケースはこんな感じ。
16:9の画面で4:3の放送を見るので
左右に黒い帯が入ります。
↓
そこに窓枠が組まれ
↓
レターボックスの帯が上下に入ります。
かくして、放送画面の縮小率は約60%。
画面右上に表示された
「関東地区で3/7に放送された云々」の文字は
テレビに顔を近づけないと読めません。
本震直後は更にキー局の窓枠も組まれてましたからね。
(イメージ)
こんな放送がもう1ヵ月半近く。
普通の人は気にならないのかなぁ?
僕はもうノイローゼです。
二度と窓枠が組まれない事を切に祈るばかり。
既に一生分味わったから、地震はもういいよー!!!
尾島記念日に衝撃走る。
今日のめざまし占い、
「自分の将来を考える良い機会」
う~ん、意味深。
というのも、
待たされに待たされた
勤務先の今後について本社の意向がようやくに固まり
全従業員を集めて発表される日が
いよいよ今日だったからなのです。
本震後今日まで1ヵ月強、
毎日復旧作業に従事してきましたが
それは会社の方針が決まらない状態での
見切り発車的な取り敢えずの作業だったのです。
きちんと給料が支払われるのかすら不透明な宙ぶらりんな状態で
連日慣れない肉体労働に駆り出されるのは結構なしんどさでしたから、
結果がどうあれともかくもケジメが付けられるという事自体に喜びがありました。
とはいえ、
自宅待機を命じられるのか、
解雇を言い渡されるのか、
復旧へ向けて明るい計画案が示される事を期待しつつも
やはり
めちゃくちゃおっかねぇー訳です。
いざとなったらみんなで取り囲んでフルボッコにしてやる!!
と半ば喧嘩腰で会場へ乗り込んだのでした…。
会場に入ると資料を渡されました。
曰く、
地震後3ヶ月間の6月まで、平均給与全額支給。
おお~、以外にちゃんとした会社だった。
続いて、
生産拠点を山形県白鷹町へ移動、
移動可能な方は白鷹へ転勤を願う。
……… ヤ マ ガ タ ……?
えぇ!? 俺達山形に行かせられるの!?!?
ざわざわざわ… カイジみたいになる会場。
本震後は復旧を目指していたものの、
7日の余震で壊滅的な被害を受け、復旧不能に陥ったそうで
都合良く山形白鷹に閉鎖になったグループ工場があるので
そちらに現有設備を全て移設し早期生産再開を目指すということでした。
最初は面食らいましたが、
よくよく聞いてみるとかなりの好条件のようで、
他の課や石巻の工場の人達は
新潟や北海道、広島や熊本への転勤を迫られたそうで、
隣県の、車で3時間弱で行けちゃう場所をあてがって貰えたのは幸運も幸運。
住居も家賃含め会社で殆ど負担してくれるということで、
仕事の日は白鷹に住んで、
休みの日は仙台に気軽に帰ってこられる夢の二重生活、
丁度また一人暮らしに戻りたかったところなので
まさに渡りに船。
はじめこそ、うわー大変な事になったなーと狼狽していましたが、
段々うきうき楽しくなってきました。
さて、
住環境が変わるとなると
一番気になる
テレビ環境。
折角仙台で奇跡のアイドリング!!!放送開始、だったのに
僕自身が仙台に居なくなっちゃうなんて…。
ということで、
ネットでざっくり山形のテレビ番組事情を調べてみました。
天使の美容室はやってないみたい。
ということはパン枠の放送も無さそうね…。
でも、代わりに!
音楽番付と、
アナバンがやってる!!!
すげーすげー!!!
アイドリング!!!は、
確か放送あるはずだけど、
ここ最近は放送してないみたいです。
終了のアナウンスは無かったようですけど…?
ま、CSで見るからいいですけどね。
当然、「からの~」はやらないみたいですね。
ということで、
仙台と山形の両方にレコーダーを置いとけば
視聴環境大幅パワーアップ!!! ですよ。
うーん、ワクワクしてきたぞ。
奇しくも、
今年は住環境を整える年、
と島田さんに言われていたのでした。
すげー。
今年の俺はやってやるぜ。
ただ、
残念ながら水槽は持っていけないので、
普段の給餌等の世話を母に託し、
週1回帰仙してメンテナンスをする。
という生活になっちゃうのだけががっかり。
ま、具体的な事は今後の個人面談等で明らかになっていくので、
このぬか喜びが今後どう失望に変わっていくのか
乞うご期待。
いやいや、期待なんかしちゃダメ。
そうそう、
転勤先はフラワー長井線沿線みたい。
スウィングガーーーーーーーーーーーーーーールズ!!!























