気が付いたら、
今日は、犬の日でしたね。

私も、
沢山の飼い主さんが、
自分の愛犬に対して抱いている
『無償の愛』

同じでした。

目が見えなくなってもいい。

耳が聞こえなくなってもいい。

歩けなくなってもいい。

生きてさえいてくれたら。

そう、思っていた一人です。

うーちゃんが、
どんなにヨボヨボになっても、
たとえ、私のことがわからなくなっても、
ずっと、眠ってばかりの
夢の世界にいても、

うーちゃんの介護は、

まだまだ
これからもずっと続くと、
本当は、
思っていました。

まだまだこれからだと。

そして、

私は、

うーちゃんが、
どんな姿になっても、
生きていて欲しい❗️
と、
そう心から願っていたのです。

実は、
わたしね、
寝たきりになった
うーちゃんのお世話を、
内心、
とってもワクワクして
心待ちにしていたんです。

24時間介護をしていたと言っても
その日々は、
あまりにも短く、
うーちゃんがいなくなった今、
私を、
落胆🙍‍♀️⤵️させました。

うーちゃんは、
寝たきりにはなりませんでした。

後ろ足の膝や股関節を、
最後は
脱臼しようとも、
うーちゃんは、
決して、
寝たきりにはなりませんでした。

そんな彼女を、
今は、誇らしく思います。

でも、
親だからね、
やっぱり私には、
うーちゃんは娘だったので、
どんな状態になろうとも、
生きていて欲しかったよ。

もっと、
色んなお世話をしたかった。

呆気なくうーちゃんが
いなくなってから
残ったものは、

これから必要になるだろう
沢山のオムツに、シーツ、

これから活躍するだろうと
買ったフェラーリ(車椅子)

投薬する毎日のお薬や目薬、
サプリにごはん。

おやつにちゅーる。

着ることのなかった
新調したロンパースたち。

小さいアンヨが
冷たくならないようにと、
買って用意していた
小さな靴下たち。

お散歩の時に、
寒くならないように
用意した初めての湯たんぽ。



うーちゃんは、
もう、
そのどれも必要としていない
世界にいるの。

あれだけ食べる事に、
貪欲だったうーちゃんが、

突然、
何も食べなくなって、
覚悟した前日の夜。

『食べなくなったら、どんくらいや?』
と、パパに聞かれた問いに、
私は、
『そうね、1週間もたないかな。』
と、
そう答えた。

私は、
強制給餌はしない派。
点滴も、
うーちゃんには必要なかったので、
一度も通いませんでした。

シリンジで、水だけを与えて、
彼女の近いだろう
最後の時間を見守りました。

でも、
私たちの予想を見事に裏切り、
食べなくなった
翌日の夜に、

アッと言う間に、
本当に呆気なく、
アッサリと、
うーちゃんは死んでしまいました。

本当に死んでしまったのか?
と、
私とパパと、
交互に確認し合ったくらいの
そのくらい静かな最期でした。


おかあちゃん❗️

『ちんときは、ちんとってば❗️❗️』

うーちゃんたちはね、
えいえんにはいきられんと。

この世には、
寿命っちゅーもんが
あるっちゃけんね。


おかあちゃん、
うーちゃんがくるちまんようにって
いってちゃーーー
ポックリいきまちゅようにって、
まいにち、
まいにち、
うるちゃいくらいに、
おねがいちよったじゃなかね。

(そっ、そうやったね(;´д`))
でもさーーー
『でも、も、くちょもないと❗️』
(はいっ。(-_-;))



どんな姿になっても、
生きていて欲しい
という私の願いを、
彼女は許さなかったのです。

これも、
彼女からの無償の愛だったんだと、

今なら、
わかります。


おかあちゃん、
もう、
うーちゃん、ちんだよ。

ちんだからね、
あきらめてね。

おちょなえ、よろちくね。❤️


でもねぇ。
もう少しねぇ。
生きとってくれてもねぇ。
良かったとにねぇ。

諦めが悪い、
脱け殻の土佐犬ママです。

そして、

何気に、リブログした
先生とメイソンが、
同じように微妙に太っている事に
思わず、
クスッと笑ってしまった
土佐犬ママでした。
いや、笑えんやろうて。



笑いすぎ。























でもねぇ、
もう少しくらいねぇ。