ただ、残念なことに医師の診察は、なんの進展もなく経過しました。

 

カウンセリングもそれ以外に進展はありませんでした。

娘は父への不満を、色々と医師やカウンセラーに話していたようでもありました。

 

一つだけ、母親としての私の育て方・接し方を非難されなかったのは救いでした。

 

自分では、心の奥で「私は悪くない」という思いと、「私の育て方・接し方が悪かったのかもしれない」その二つが、常に交錯しながら自問自答を繰り返し葛藤していました。

 

そして密かに、夫の時々でてしまう理不尽な態度が、悪影響を及ぼしていると思っていました。

 

医師も、「ご主人が‥少し」とアダルトチルドレンの資料を渡されたことがありました。

そのことは、家族全員が気づいていましたが、いつの間にか言ってはいけない、家族の外に出してはいけない秘密のようになっていました。

 

夫は一緒に受診するのを拒んでいると私は感じていました。

きっと責められたくないんだろと察していました。

 

医師もカウンセラーも解決策を教えてくれません。

 

どうしてそんなに意地悪なのと、思ってしまうほどでしたが、ある時、私は気づきました。

「この人たちは答えを知らないんだ。」「娘の気持ちもわからないんだ。」と私にはわかり始めてきました。

 

 

※ここで分かったこと

医療従事者は、辛い体験をしていないので、私たちの気持ちがわかるはずがないというあたりまえの事でした。

わかってもらえると思うことが、そもそも大きな勘違いでした。

 

時間にも制限があり、できる事はほとんどなく、表面的に業務的に話を聞いくのは、逆に迷惑行為にすらなる。

以前、問題に焦点をあてようとする医療には大きな課題があり、解決策もないのになんとかできそうな顔をするのは、欺瞞であり傲慢な態度だと感じました。

 

わからない事できない事を、ハッキリと言える医療者であって欲しいと願いながら、自分もそうありたいと考え始めました。