自分の行動や考えを強制された時に、苛立ちが起こる。

それは、当然かもしれない。

 

相手が、私を強制してくる苛立ち。

「本当にそう?」

最近は、こう問いかける。

 

 

するとこんな答えがでてくる。

 

相手の強制に、屈してしまいそうな自分への苛立ち。

相手の強制に、正論を言えない自分への苛立ち。

相手の強制に、正対できない自分への苛立ち。

 

結局は、自分への苛立ち。

抑制すると決めて、強制を強いているのは、私自身。

 

つまり、苛立っている相手は、私自身。

 

苛立ちをなくすのは簡単。

自分への強制を解除する。

 

屈するも良し戦うも良し。

正論を言うのも良し、言い分を飲み込むのも良し。

正対するのも良し、逃げるのも良し。

 

そして、強制を解除する。

解除するのは私の自由。

 

でも、意外に難しい。

 

そこは、鍛錬のみで上達する。

鍛錬とは、金属を打ちきたえるように、修養・訓練を積んで心身・技能をりっぱにすること。

 

続ければ必ず上達する。

 

死ぬ時まで、時間はあるのだから

誰にでもできること。