デスモイド腫瘍

私がこの言葉に出会ったのは18歳の時でした。

それから20年。

 

好き嫌い関係なく、この言葉は私の一部でした。

デスモイドのおかげでできるようになったこと、出会えたこと。

デスモイドのせいでできなくなったこと、失ったこと。

 

この20年、前者に向き合おうとしていたものの後者の存在を無視することが

できず、うまく自分の経験を語ることができませんでした。

語ることを求められたときも、語った夜は自宅で泣いていました。

 

でも徐々に考え方は変わりました。

デスモイドとの付き合い方、向き合い方を変えたいと思いました。

なんとかなるものなのです。

 

好き嫌い関係なく、この腫瘍は私の一部です。

寄り添って生きていきたいと思いました。

だから私の仲間として迎え入れたいと そう思うようになりました。

 

デスモイド腫瘍は頻度の少ない腫瘍です。

しかし、今後も確実にデスモイド腫瘍と出会う人は存在します。

私が語る必要はないのかもしれません。

でも18歳の私がほしかった情報、「デスモイドでもなんとかなる」という情報を

発信することが、デスモイド腫瘍に出会った人やその家族の一助になったらと

そう願っています。