おれは文盲だった。
これ書くの何時間かかってんねん。
駄文だがよかったら読んでくれ。
(加筆修正予定)
8/28(火)
仕事を終え、会社帰りの21時から準備をはじめる。
荷造りは存外早く終えることができた。
(写真掲載予定)
そして明日7時に成田空港に着くには何時に家を出ればいいか確認。
始発に乗れとのこと。
睡眠時間があまりないので早く寝ることに。
時計の針はすでに24時をまわっていた。
8/29(水)
起きたのは3時。
ほぼ用意を済ませておいた荷物を引いて歩き、4時台の始発で成田空港駅へと向かう。
っていうか、出発の2日前の月曜まで羽田から飛ぶと思ってたし。
会社の友人(コナン)に指摘されてはじめて気づいたでござる。
成田空港に着いて改札出たら即パスポートを見せろと言わんばかりの仁王立ちpeopleが。
なにこのシステム?
最近はこういうふうになってるのねと理解。
無事通過して荷物を預ける場所の近くで待っていると山下と彼女さん(ここでは一応名前は伏せとくか?)もほどなく到着。
簡単に朝ご飯を食べ、荷物を預ける。
手持ちの日本YENをチェコの現地通貨であるコルナへと少しばかり両替をする。
飛行機搭乗前の手荷物チェックにおいては、おれと山下の彼女さんはなんなくパス。
が、山下が歯磨き粉と洗顔ボッシュート。
なにをやってんねん。
どうやらペースト状のものでも100g超えてるとダメらしい。
山下を踏み台にひとつ勉強する。
目的地はプラハなのだが、今回は国際的ハブ空港でもある韓国の仁川空港を経由するフライト。
まず仁川行きが1時間以上遅れで出発。
なんか飛行機内でのおれの前の座席に座るはずのおっさんが遅れていて、どうやら別の搭乗ゲートに行っていたようだ。
なにはともあれ、仁川に向けて出発。
到着は13時ごろ。
しばらくしてチーム3人目の吉田とも合流をはたす。
いやぁ、遅れてすまんかった。
っていうか、当たり前だけど仁川空港ではドコモの電波入らなくて吉田と合流するのに手間取った。
データ回線のローミングをしないだけで、こうも人と連絡がとれなくなるものとは。
現代文明って素晴らしいが、それを失ったときは怖ろしい。
とりあえず2G、3Gの電話回線でやりとりのうえ合流。
山下、レンタルWiFiよくやった。
そして目的地であるプラハ行きはというと、仁川空港への到着遅れとTyphoonの影響で遅れに遅れ、16時過ぎに発とのこと。
空港で昼飯を食べることにする。
カルビクッパを食す。
それでも時間も持て余していたので広い空港の免税店やらを見てまわる。
そんなことをしていとようやく出発時間になり、一路プラハへ。
8時間~10時間ぐらいだったか?
まさに苦行。
事前に成田で席を確認したときに、幼児の隣です、って言われてたけど予想をはるかに上回る苦難。
本来は通路側だったはずなのだが、すでにおっさん(しかも子連れ)が座っているではないか。
日本人じゃないっぽいので英語で、そこおれの席ちゃいますのん?的な感じで訊く。
すると、どいた。
それでよし。
30分後、そのベトナム系?なおっさんがなにやら話しかけてきた。
わからん。
とりあえず日本人の思いやりと奥ゆかしさを見せねばならん。
おkおk、と答える。
おっさん立った。
ん、どうやらおれが邪魔らしい。
トイレ行くのか?
おれ立った。
おっさんおれの席に座った。
( ゚д゚) !?
どうやら乳飲み子連れてるから席替われということだったらしい。
おれは真ん中のシートに追いやられる。
ハハ・・・ワロタ・・・ワロタ・・・ワロエナイ
牛乳はこぼす。
シリアルは吐く。
泣き喚く。
子をあやすおっさんはおれに肘鉄いれてくる。
反対側のねーちゃんはというと入れ墨はいった恋人らしきあんちゃんと喋りっぱなし。
っていうか、あんちゃん、離陸のときもずっとiPadでバイクゲームやってるし。
電源切るべき。
CAに諭されても、いなくなった瞬間起ち上げてまたやってるし。
(;´Д`) ・・・
プラハに着いたころには大会に出場してもいないのに満身創痍である。
とりあえず初の海外の地を踏みしめる・・・も、現地は夜だったからイマイチ景色がわからんかった。
イメージで言うとなんばのOCAT的なリュズィエ空港でしたとさ。
空港そばの、というか中にあるレンタカーショップにて、吉田が事前に手配しておいたレンタカーを借りる。
赤色のハッチバック、ステーションワゴンタイプ。
(写真掲載予定)
おれら野郎の3人ともが国外運転免許証を所持していたが、ここは少しでも海外での運転経験のある吉田にまかせることに。
左ハンドルの右側通行だったが、吉田がスタイリッシュ運転。
英語ナビのおかげで地味に迷いながらもホテルに到着。
ジュリーズインプラハっていう名前。
チェコのホテルはほぼすべてが星の数でランク付けされている。
今回は4つ星。
吉田とおれ、山下とその彼女さん、のツインを二部屋っていう手配。
部屋も綺麗だったしいいところだった。
1階にはBarがあり、4人でいい感じのお酒を嗜む。
明日は大会当日ではないものの、大会会場でエントリーはするのだ。
高まる気持ちを抑え、時計の針が12を回るころには床についた。
8/30(木)
開催地はカルロヴィヴァリっていうところからほどなくしていけるところ。
カルロヴィヴァリには昼過ぎから向かうこととして、午前中はプラハの観光地巡りをすることに。
プラハの観光地でもある市街地はそれほど広くなく、半日であらかた見てまわってしまった。
正午を過ぎたので、いよいよカルロヴィヴァリへ向かう。
所要時間は2~3時間だったか、そこまで迷うこともなかった。
この日の宿はホテルボストン。
3つ星、のわりには綺麗だった。
立地場所が端っこではあったが、部屋はトリプル。
というかトリプルがあるホテルがここぐらいしかないみたい。
まぁそうだろう、トリプルなんてそうそうねー。
山下の彼女さんはというと、隣国のドイツで働いている女友達と会うとのことで、カルロヴィヴァリへと出発するときにいったん別れて行動を別にしている。
さて、まだ15時過ぎだったので、余裕をもって前日エントリーするべく、大会会場へと再び車を走らせる。
道中は左右を見渡す限り畑だった。
丘on畑。
まさにおれのイメージしたとおり!
アルプスとかマッターホルンの麓みたいな!
ハイジに出てくるあの景色!
う~ん、こういうところを走るんだなと、ワクワクがとまらない。
会場にはすぐ着いた。
デカイ受付テントの周りにやたらと小さいテントが見える。
どうやら現地泊する人のテントらしい。
20~30個はあったんじゃなかろうか。
参加チーム各国の旗もつるされている。
29カ国か30カ国あったはず。
勝利を誓い、JAPANをバックにパチリ。
エントリーは超シンプルだった。
受付テーブルにエントリーリストが置いてあって、その横にサインする。
たったそれだけ。
パスポート見るとか、本人確認せーへんのかぃ!
少々拍子抜けだがそれでいいのなら別におれらだってかまわないが。
大会Tシャツを記念に買って、その日はホテルボストンに戻る。
晩ご飯は居酒屋風なところ。
ソーセージ!ハム!パン!肉!ポテト!
昼ご飯もそうだったが、どうもチェコの食習慣はドイツ似のたんぱく質&炭水化物&ビールらしい。
いや旨くはあるのだが。
明日に備え、夜更かしはせずに寝る。
8/31(金)
決戦当日、準備万端で会場へと向かうも、道中で山下の装備が薄いことが発覚!
カルロヴィヴァリの平均降水確率は50%で明け方の気温は2度とか。
なのに雨対策なし!保温対策なし!
かっこよすぎるやろ、お前。
いやゴアテックスは雨対策にもなるし寒さ対策にもなるねんで?
なんで持ってきてないねん、っていうか持ってないねん。
いつもの青いシャカシャカはあるっていうけど・・・しかも手袋もないし。
まったくその無謀っぷりには毎度毎度頭が下がりますわ。
いったいいつになったら学習すんねん。
さんざん吉田とおれに不安を掻き立てられたのか、道中のガソリンスタンドでフリースのようでもニットのようなでもあるものを買う山下。
そもそもどうしてガソリンスタンドで冬服売ってるし。
そのあいだに出発するおれらに撒かれそうになり・・・なんて寸劇をしつつも会場着。
車はアメリカチームの横に停めたんだが、背中のUSAのロゴの威圧感はハンパなかった。
けっこう多いね、人。
300人以上いればそりゃ多いか。
今回の競技エリアのマップをもらい、日本代表ユニフォームをまとった吉田は浮かれて他国チームの選手と写真を撮っている。
間違えて他国チームに去り際におれらのマップごと持っていかれるハプニングに遭うもほどなく解決。
相手チームも逆に焦っておれらを探していたみたい。
そんな茶番をやっているうち、ふと横を見ると他国チームは針をマイルストーン代わりにマップ上に落として糸で結んでおり、早速ルーティングを練っているではないか。
おれらもバカやってる場合じゃないと、コース取りを考える。
難しい。
クソ難しい。
今まで出場した国内のどのロゲよりもどう周ればいいか決めきれない。
その要因はなによりもチェックポイントの位置だったと思う。
チェックポイントの数は70個弱。
最低31点~最高99点だったか。
縮尺は4万分の1。
サイズは横50cm、縦80cmぐらいか。
衝撃的だったのが、基本的に道路や小径沿いにチェックポイントはない。
そんなぬるくはない。
途中で道がなくなった山の頂上にあったり、超ほっそい小川と小川の合流地点にあったり、もちろんその小川は山の腹を流れていて道なんぞ近くになかったり・・・。
さらにはマップが広すぎるくせに上下左右にまんべんなくチェックポイントが散りばめられている。
普通ある程度のまとまりもたせるやろ、jk。
よってほとんどテキトーに決めた。
マップの中心のスタート&ゴール地点を中心にして”8”の字を描く。
といっても日が明るく体力のあるうちは起伏の激しいところを攻め、夜とか深夜は国道、あるいは、せめてできるだけ大きな山道をいきながらポイントを取れるルート取りにしよう、ぐらいには考えた。
マップを見せられないのが残念。
持ってるけど、Webにうpしていいかわからん。
著作権か肖像権か実用新案権か知らんけど、ネットにあげてだいじょうぶかわからない。
よってうpしない。
コース取りもそこそこに12:00の号砲は鳴る!
(動画掲載予定)
歓声と掛声と咆哮の中、勢いのいいチームはダッシュをするところもあれば、体力温存のため歩くチームもけっこう多い模様。
おれらはというと、走ったのははじめだけであることは言うまでもない。
しかもいきなりはじめのチェックポイント取れねーし。
なんか丘の中腹に木々があって、そこにあるようなのだがまったく見つからん。
他のチームも見つけられずウロウロしてるみたいだった。
早速世界の洗礼を受けることに。
出鼻は挫かれるもしかしその後は大きなロストをすることもなくけっこうコンスタントにチェックポイントを取ってまわる。
今大会中、小さなロストすらほとんどなかったのではなかろうか。
その立役者は吉田だった。
素直に感動したといっても過言ではないのが、最高得点である99点をゲットする過程。
小川の合流地点にそのポイントはあるという。
しかし地図上ではそのポイントまであと1cmを残して道はなくなっている。
真北や真東といった、そんな簡単なものではない。
北北東何度とか、そんなもん。
それを起伏のある林の中、100m近く行けなければならない。
のにもかかわらず、だ。
一発で見つけた。
吉田「もうそろそろこの辺にあるはz・・・あった。」
(゚д゚)!
野球で言うと超がつく会心のクリーンヒットを打った感じだったので今でも鮮明に憶えている。
はじめは偶然だろうと思った。
たまたまに違いない、今回だけだろうと。
しかしそうではなかった。
その後もほとんど的確に、矢継ぎ早にチェックポイントのある場所へ行き着くのである。
コイツのルーティングマジパネェ・・・
ムカつくがそこは認めざるを得なかった。
そうこうしているうち、チェコからドイツへと歩いて国境を跨いだりもした。
なお、驚くべきというか、やはりというべきか、国境には警備兵なんぞいなかった。
パスポート持って臨めって書いてたから、ひょっとすると・・・って思ったんだ・・・。
まぁ長い長い砂利道が国境やったもん、そうだよね。
道中は他国チームとすれ違うこともたびたびあった。
(゚д゚)!
そこで気づいたことがある。
ちょっとこれを見てくれ、こいつをどうおm・・・じゃなかった、この写真を見てくれ。
明らかにおかしい点が2つある。
解答はこの場では必要ないだろう。
なぜなら一般ロゲイナーならとすぐわかるからだ。
逆に気付かなければ、アナタは立派なロゲイニング強者かもしれない。
(写真掲載予定)
(゚д゚)!
他にも気付いたことはある。
山下はマップを蛇腹に持っている。
いや、もはや蛇腹ではない、グシャグシャにして持っている。
いやいや、持っているとすら呼べない、握りつぶしている。
もうね、アボガド、バナナかと、マップ見てるんかと、小一時間ほd(ry
ロストはしないものの時間は予想以上になくなっていった。
"8"の字を描くと言ったが、マップの右上はあらかたポイントゲットしたものの、左上はほぼ手付かずのままマップ中心地であるスタート&ゴールに戻らざるを得なかった。
やはり所要時間の見極めが甘すぎたのと、道ではない所にあるポイントを見つけ出す、という作業に意外と時間をとられていたのだと思う。
マップの右上を取り終えるころには夕方になり、帳も下り始めていた。
日の入りは19時過ぎだったが、そういうことだ。
外国での山の中の夜明かしは猛烈な不安を感じさせる。
睡魔も襲う。
基本的に夜中じゅう歩いたのだが(20分ほど走ることは何回かあった)、やはりおれらもヒトの子か、睡魔という生理現象に常に襲われていた。
吉田なんかは歩きながら寝ており、幾度となくふらついておれに体当たりしてきた。
10分と15分、それから20分強の仮眠をとるものの、皆を襲う睡魔は波状攻撃でやってくる。
そのたびに唯一吉田だけが持ってきていたエマージェンシーシート(遭難時とかに使用するアルミホイル的なもの)で3人寄り添って体育座りで寝た。
異様な光景だったと思う。
もし誰かが傍らを通り過ぎれば、きっと警察を呼ばれたに違いない。
(なお、エマージェンシーシートの重要性を目の当たりにしたおれは大会終了翌日に光速でAmazonでポチったことは言うまでもない)
吉田のエマージェンシーシートの持参は、ピンポイントルーティングと同じぐらい、チームにとって大きな助け舟となった。
が、襲い来る不安は他にもあった。
常に靴の中がビチャビチャだったから、富嶽周回で3人ともが経験した、足の裏の皮がめくれるという惨劇が脳裏をよぎるのだ。
そんな状況であったから、いったんスタート&ゴール地点に戻ろうとするのはごく自然なことだった。
9/1(土)
スタート&ゴール地点に着いたのは5時過ぎで、睡眠をとるというのにはあまりにも遅い時間だった。
もはや日は昇り始めていたからだ。
それでも小休止をいれようと、おれらはエイドも兼ねているこの地点でグラシュやパスタ的なものでほとんど何も入れていなかったお腹をいくばくか満たし、車中で1時間少々休息をいれる。
他国チームも車中で休息をいれているところはそこそこあった。
日本代表で出場している3チームのうち、もう1チームも車中で休憩をいれたとのことだった。
しかし時間というものは残酷である。
大事に過ごしたいと思う時間ほど、その終わりの刻は早くやってくるように感じるものである。
仕方ないのでおれは起きて地図とにらめっこをし、吉田は寝(?)、山下は苦痛に顔をゆがめ、再び動き出す準備をする。
3人ともが期待していたことだろう。
もうええやん、もうゴールしよう、って言い出す奴が現れることを。
残念ながら、いや幸いにもおれら3人の中にはそんな軟弱な精神の持ち主はいなかった。
特に今大会で山下が弱音を吐くことがたったの1度もなかったのは逆に脅威すら感じた。
あれだけ辛そうにしていても、絶対に着いて来る。
極限状況に追い込まれると、他人が弱気発言をするのについ期待してしまうものである。
諦めない、いいチームだったとおれは思う。
さて、時はすでに6時をまわっている。
競技終了まであと6時間もない。
どう周るか考えあぐねていると、なんとか起きた吉田は言った。
「ここ取って、ここも取って、最後これを取って帰ってきたらええやん!」
正直思った。
それちょっとキツくね?と。
しかしここ一番で多少無茶な強気発言する奴はチームに最低1人は必要だ。
1時間の睡眠が3人の体にとってよほど大きなものものだったのだろう、マップでいう左下と右下には小さな円しか描けなかったものの、軽快になった足取りで予定より1つ多くチェックポイントを周り、無事24時間を乗り切り、ゴールを迎えることができた。
(写真掲載予定)
結果
23時間26分40秒、1020ポイント、総合333位中305位、男子一般164位中153位
http://www.rogaining.cz/wrc2012/files/r_results_wrc.pdf
ゴールしてすぐに山下の彼女さんとその友達、それからその2人をここまで車で送ってくれたドイツで日本法人を構えるとある会社に勤める人が祝福に出迎えてくれた。
ありがたいし嬉しいよね、お疲れさまって言われるのって。
写真なんかも撮ったりして、さらには別の2組の日本代表チームと挨拶を交わし、撤収の準備をする。
あとは一刻も早くお風呂に入って眠りたかった。
・・・はずであるが、ホテルボストンに戻ってきた一行は、シャワーを浴びて深い眠りにつく吉田を除き、おれと山下はヨーロッパ指折りの保養地であるカルロヴィヴァリの温泉を飲まずにはいられまいと、ホテルを飛び出した。
疲れた身体を温泉で癒すのは至極当然のこと。
この地での温泉は浸かるものではなく、飲むものだそうだ。
はてさて、その味たるや如何ほど・・・
:(;゙゚’ω゚’):ゲロマズ
おれは一口でアウトだった。
塩味でほんの少し酸っぱい白湯をのんでいるかのような、ヒトの体に入れるものとは到底思えない代物。
だがヨーロピアンは違った。
きゃつらは温泉用マグカップになみなみと注ぎ、一気に飲み干している。
しかもあろうことか”おかわり”をしているではないか。
味覚障害に違いない。
晩ご飯の頃にはさすがに吉田も起き上がったので地元の人間が通うメシ屋にて久方ぶりのまともな食事をする。
その夜、ご飯を食べ終えたおれらはようやくまともな睡眠にありつけた。
暖かいベッドに寝れることに涙すら出てくる。
9/2(日)
カルロヴィヴァリからプラハへ戻ってきたおれらは、再度山下の彼女さんとその友達と合流、5人で昼ご飯を食べたり、チェコの町並みを観光したりして楽しんだ。
吉田の山下いじりはハンパじゃぁない。
いともたやすくおこなわれるえげつない行為
(動画掲載予定)
また、ちょっと驚くべきハプニングにも遭遇。
おれは観光時はタスキがけポーチを背中にまわしていたのだが、財布をぬきとられそうになったのである。
妙にポーチが引っ張られる感覚がしたので、ポーチのチャックでも閉めてくれている人がいるのかなと確かめると、むしろおれのポーチのチャックを10cmほど開けているではないか(;´Д`)
しかも地元の20代後半ぐらい?の女性二人組み。
綺麗だったので許す。
というか、まさか初の海外旅行で、しかも自分がやられるなんて想像だにしていなかったため、驚きのあまり声をあげることもなく、怒ることも、追いかけることすらもできなかった。
海外コエー。
山下の彼女さんの友達は仕事を控えているらしく、夕方には別れ、また4人で晩ご飯を食べに出かけた。
夜、そのお店ではベヘロフスキーというチェコではいろんな意味でド定番のキツ~イ食前酒を呑んだうえで次々と強いお酒を呑んだりもした。
またお店の店員さんは男性であるはずなのだが、妙に吉田を見る時間が長い。
凝視してるといってもいいレベル。
声のトーンも高い。
おネェ系だ。
誰もが把握した。
帰り道その店員さんに掘られることに怯えながらもいい感じに酔った一行は5つ星でもあるホテルタリアで最後のチェコの夜を過ごす。
ちなみにホテルの照明で左手の指3本ヤケドしたし。
ジンジンしてくそ痛かった。
次の日には痛みは治まったから良かったが。
二度とホテルのベッドそばの照明には触らん。
9/3(月)
チェコで過ごす最後の日は15時半まで各人自由行動と相成った。
おれはおみやげを買うために旧市街や三度プラハ城周辺を散策したのだがマジコミュ障ぶり全開。
チェコ語はおろか英語すらロクにわからん\(^o^)/
おれ 「( `・ω・´) ドブリーデン(こんにちは)」
店員 「( ゚∀゚)ノ ドブリーデン・・・」
店員 「ヽ(゚∀゚)ノ ペラペ~ラ(チェコ語)」
おれ 「(´・ω・`) ・・・」
店員 「ヽ(゚∀゚)ノ ペラペ~ラペラペ~ラ(英語)」
おれ 「(´;ω;`) ・・・」
店員 「m9(^Д^) プギャー」
両替も思ったよりお金少なかったし、物買ってもお釣り少ないような気はするし。
でも言い出せない。
ま、日本円にして数万円程度だし、どうでもよかったが。
なお、チェコで買うおみやげといえばやっぱコレ。
ボヘミアングラスと木製の工芸品であったり人形だったり。
あとチェコでは日本で言うドラえもん並みに有名なクルテク。
写真撮り忘れた。
無事お土産を買いあさったおれらは指定時間に合流し、空港へとレンタカーを走らせた。
レンタカー返却の際、テールランプに傷があるだの言われたが、まぁ細かいことはどうでもいい。
岐路へとつくと仁川空港まであっという間だった。
吉田は現在大阪に住んでいるので、関空に向かう彼とはここでお別れ、おつかれ。
そうこうしてるうちに今旅行中一番の衝撃がおれを襲う。
長いトランジット、ニュースでも見ようかとスマホのローミングをONにした瞬間のことだった。
メールが10通近く一斉に受信。
確認しようとするとちょうど電話もはいってくる。
会社の知り合いからだ。
なんで電話かけてくんねん、業務中のはずじゃないのか?
ワラ 「おまえ生きてたんか。今日の朝から出社予定やったんちゃうん?えらい騒ぎになってんで。」
Σ('∀`;)
往路の仁川空港で上司に1日出社が遅れるってメールしたのだが、どうやら上司はその携帯はほぼ見ないらしい。
まぁ会社の人は優しいから怒る人はいなかったが。
山下とその彼女さんとも成田空港で別れ、寮住まいのおれは寮に戻ってシャワーだけ浴びてすぐ出社。
報告してたよりも会社出勤1日遅れた/(^o^)\ナンテコッタイ
9/4(火)朝から出社するって言ってたのに実際に出社したのは26時半。
そしてその日は明け方前からぶっつづけで深夜24時まで仕事をし、明くる翌日も24時まで仕事をするハメに・・・。
それが時差ボケに拍車をかけてしまったのか、本稿執筆時点の1週間たった今現在でさえ、時計が12時をまわっても眠れず、明け方ごろになってようやく眠くなるという時差ボケに苛まされている。
筆者/TKYM