7月25日の世界水泳・上海大会。
北島は、神経をとがらせているようにも見えた。バスタオルで飛び込み台をふく仕種は、いつもより入念過ぎるほどだった。さらにふき終わったタオルを飛び込み台の横に敷き、その上に立ってスタートのコールを待っていた。
■北京五輪以来の3レース目
「スタートでのミスは許されない」という気持ちが強かったのだ。
彼がそこに神経をとがらす理由は複数あった。そのひとつは予選、準決勝、決勝と3本のレースをするのが、08年北京五輪以来だったということ。10年のパンパシフィック選手権では、予選で同年世界ランキング1位の59秒04を出しながらも、2レース目の決勝では0秒31もタイムを落としている。久しぶりの3レース目で、自分がどれだけの力を出し切れるかという不安があった。
さらに、前日は予選と準決勝を59秒96、59秒77というまずまずのタイムで泳いでいたが、2レースともその上には警戒するダーレオーエンがいた。特に準決勝は北島より0秒40も速い59秒37をたたき出していた。泳いだ組こそ違ったが、前半の50メートルと後半の50メートルのラップタイムはともに北島を上回るタイムを出していたのだ。
準決勝のあと、北島はこう話していた。
「アレキサンダーはリラックスした。いいレースをしてたよね。彼は力も持っているし、平泳ぎの選手の中では強敵ですね。メンタルも座っているし、比較するのもなんだけど、アテネ五輪で争ったブレンダン・ハンセン(米国)と違って迷いがないタイプで、心にもスキがない。59秒前半なら何とかなると思うけど、58秒台の勝負になったら適わないと思いますね」
レース直前になっても落ち着いていて自分の感情を表に出して来ないダーレオーエンに、北島は怖さを感じるほどだった。
決勝のレースの主導権は、始まった途端に北島の手から離れていた。彼が得意にする、飛び込んでから浮き上がるまでの技術。本来ならそこで頭ひとつ抜け出せるはずが、ダーレオーエンにしっかり並ばれてしまったのだ。
日本チームの平井伯昌ヘッドコーチはこう言う。
「ダーレオーエンは元々スタートがうまくなくて、あそこは康介が0秒3くらい勝っていたんです。それが前半の強いキャメロン・バンデルバーグ(南アフリカ)にも、あまり離されていなかったんで、それを見た瞬間に『これはダメだ』と思いましたね。(ダーレオーエンは)自分の弱点を克服してきてるなと思いました」
25メートルまでは何とかついて行った北島だが、そこからは一気に離された。
ダーレオーエンの50メートル折り返しは27秒20という驚異的なタイム。
それに対し、5番手で折り返した北島は28秒14だった。
「いくらなんでもアレは離され過ぎでしょう。27秒2なんて無理無理。おれは入れないもの。まだ泳ぎのことを振り返る余裕はないけど、焦ったといえば焦ったのかもしれない。後半はやっぱり、泳ぎが小さくなっていたと思うし。泳ぎ自体も準決勝から修正しようと思っていたけど、心の部分でちょっと余裕がなかったですね。
ああやって先にバーンといかれると、自分の思い描いていたストーリーとまったく違っちゃったから。力を出せなかったのには何か原因があるのだろうけど、自分が本来持っているはずの力すら出させてくれなかったんだから、それは悔しいですよね」
こう言う北島は後半の50メートルを、予選の20や準決勝の21よりも多い、22ストロークで泳いだ。だが先行した4人のうち、捕らえられたのは0秒24差で折り返していたジエドリウス・ティテニス(ラトビア)のみ。27秒52で折り返したバンデルバーグや、27秒82のファビオ・スコッツォーリ(イタリア)さえ逃がしてしまい、4位に終わった。
■「技術の問題よりトレーニングの問題」と平井コーチ
優勝したダーレオーエンが58秒71だったのに対して北島は1分00秒03。27秒台で前半を入り、後半の50メートルのラップタイムも準決勝の31秒50よりあげて59秒3~4でゴールするという目論見も、ダーレオーエンの驚異的な泳ぎですっかり崩されてしまったのだ。
その遠因は、4月の代表選考会200メートル決勝スタート直後に発生した、左脚内転筋の肉離れもあった。5月上旬に米国へ戻る予定を変更して日本で治療。5月下旬のジャパンオープンに出場して6月に米国へ戻ることになった。さらにその後も慢性的になっていた肩やひざの痛みがでて、本当に追い込めたのは大会前の3週間と時間が少なかった。
「けがをしなかったら世界水泳へ向けてのスタートもスムーズにいって気持ちも乗っていけたかなと思うけど、それを言い訳にはしたくないので。準備期間が短かったとはいえ、つくり上げられなかった自分に責任があることだから」と北島は言う。平井コーチもこの結果を、「技術の問題より、それ以前のトレーニングの問題の方が大きいだろう」と分析する。
復帰後初の国際レースだったパンパシでは、59秒04と見事なタイムを出して復活を強烈にアピールした。そして今年4月の国際大会代表選考会では59秒44とまずまずのタイムは出していたが、そのほかのレースでは結果を残せていなかった。その点ではまだ、かつてのように、強固なまでの土台が築き上げられていないということなのだろう。
だがこの惨敗は北島にとって、これまでボンヤリとしか見えていなかった目標や課題が、ハッキリと見えるようになるキッカケになったはずだ。
「今は出せる自信はないけど僕もいつかは58秒台で泳ぎたいし……。ああやってアレキサンダーの完璧な泳ぎを目の当たりにすると、その思いは強くなりましたよね。短水路のレースでぶっちぎられているのとは訳がちがいますから。まあ、頑張りますよ」
久しぶりに味わった惨敗と言う悔しさ。今の北島にとって、これ以上の良薬はないだろう。
by スポーツナビ
どーしても載せたかった記事ww

笑
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