「はぁ……何でこんなことに……」
「ふふっ、いいじゃないですかにいさん。妹たちに慕われて。姉の私が言うのもなんだけど、いい子たちだと思いますよ」
 
キッチンから、包丁の小刻みなリズムに混じって黒乃の声が聞こえてくる。
クジの結果、一番手は長女の黒乃(くろの)となった。
最初は「家庭編」とのことで、5人がそれぞれ家の中で俺にアプローチをしてくるらしい。
 
「そうは言ってもなぁ……。何でいきなりこんなことになったんだ?」
「みんなそれだけにいさんのことが好きだったってだけのことですよ。……うん、味もばっちり。おまたせにいさん」
黒乃が盆に載せた食事を運んできて、俺の前に並べる。
白ご飯に味噌汁、ぶりの照り焼きにホウレンソウのおひたし、付け合わせのたくあんと、これぞ日本の食卓と言わんばかりの和風なメニューである。
 
普段は兄妹全員で食べることにしているのだが、今日は例の「争奪戦争」の一環とのことで、俺と黒乃の二人だけの食事になる。
他の妹たちは、外食をしに出かけている。
普段はほとんど外食をしないこともあり、皆、店を決める段階から楽しそうにしていた。
桃代なんかは「みんなが料理でアプローチしてくれたら、毎日外でご飯が食べられるようになるねっ!でも、やっぱり黒乃ちゃんの料理がいちばんだけどねっ!」と言っていた。
 
両親が海外に行って以降、家事は俺と黒乃と真白で行うようになった。とはいっても、それ以前からそれぞれ家事は行っていたため、基本的には各々が得意なことを分担して行うことになった。料理は黒乃が担当している。
「いつものことだけれど、黒乃は美味しいな」
「むー」
あれ……褒めたつもりなのに、ちょっと怒ってる?
「ど、どうかしたか?黒乃」
「いえ、にいさん、いつもと同じですか?」
「ん?いつもと何か違うのか?」
「むーーー!!」
あ、やっぱり怒ってる。
「ヒントその1。いつもとは調味料が違います」
「うーん。調味料が使われていると言えば味噌汁かぶりの照り焼きか」
ためしに味噌汁とぶりの照り焼きを順に口に運んでみる。
「ヒントその2です。全てのメニューにその調味料は使われてます」
うん?ご飯やおひたしに調味料?
「まさか……」
「そう!今日の料理には愛じょ――」
「水をかえたんだな!そこまでこだわってくれるだなんて、お兄ちゃんうれしいぞ!でも、水って調味料って言うのか?」
あ、あれ?なんだか黒乃の表情が怒りを通り越して呆れに変わってきているような……。
「はぁ。もういいです。にいさんに期待した私が間違いでした……」
むぅ……何を期待しているのかわからん……。
 
「まあ、でも、昔とくらべて料理の腕があがったのも事実だろ?レパートリーも日に日に増えてるし」
「そうですね。同じメニューが重ならないようにしようと思うと、いろいろと覚えなきゃいけないですし……。それに、皆が喜んでくれるのもうれしいですから」
そう言って黒乃はうれしそうに微笑む。
「だからこそ、今日の調味料、にいさんに気づいて欲しかったんですけどね」
「もったいぶらずに教えてくれてもいいじゃないか……」
「教えては意味がないです。にいさんが自分で気づいてください。あと、その調味料を使うのは今日だけですからね」
 
むぅ……理不尽である……。