この団地に越してきたのは2年前くらい。
その前はアパート暮らしだったのだが、オーナーが変わり、建て直しをするだのしないだのハッキリせず
仲介の不動産屋もフォローもなくて、今後も住みたかったら家賃上げるだの、決まってもない建て直しがあるから早く出てくれだの退去を迫られたり、普通はそちらの都合だから引っ越し先の提案とかするはずなのになし
しかも、急に言ってくるし話も二転三転するから馬鹿らしくなって、旦那の薩摩ちゃんと引っ越しすることに決めたのだ。
そこで、家賃払う金額
と中古物件のローン返済が同額くらいなのよ。
じゃあ、最後に自分の財産になる方を選ぶの当然だと意見が一致したのでした🏠
昔ながらの昭和が残った、お祭りあったり自治会がしっかりした、だけど高齢化が進んで商店街にシャッターが下りてしまっている、この団地を薩摩ちゃんが大変気に入り、今の家を即決で購入となったのでした。
まぁ、私は本当は『月桃の故郷に移住しようか』というのが理想ではありましたが、そのようなことは全く話にもあがりません。
最初はマイホームに浮かれてましたが、ゴミ捨て場の掃除当番とか、不規則勤務の私には苦痛でしたね(^▽^;)
同じく不規則勤務の薩摩ちゃんは回覧板も回さないし、当番もやらんし、全部が自分に回ってくるので面倒で仕方なかったです。
でも、花ちゃんが生まれてから助けてくれたのは団地の公会堂の方々でした。
ある手続きをする為、花ちゃんを抱いて公会堂へ行った時に『何カ月❓ 今はたくさん泣いて、お母さんは眠れないし、おっぱいあげないといけないから大変だよね。だから、お母さんも息抜きしに此処に来たらいいよ。みんな年寄りばっかだからさ、赤ちゃんなんて来たら喜ぶよ。』
『お母さんの息抜きにもなるから。誰かと話したり、わかんないことあったら、私達のみんな子育て終わってるからアドバイス出来るよ。』
『お母さんがまいってたら駄目だよ。全部、赤ちゃんには本能的な物で伝わってしまうのよ。だから、ある程度は気楽にさ、ふらっと来てみなよ。』
と数人の奥様方が声を掛けてくれたんです。
私は挨拶くらいしかしてなかったんですが、余程ヤバい顔をしていたのでしょうね。
そりゃ、2カ月の赤ちゃんを抱いてきたらね。
首の座らない花ちゃんに新生児用のクッションが入っているとはいえ、抱っこ紐使う勇気もなくて、ベビーカー出す気力も尽きてるような人だもん。
何かしらの負のオーラがあったのでしょう。
その流れがあってから、ふれあいサロンやカラオケクラブなどにお邪魔させていただいたり。
花ちゃんもたくさんのおじいちゃんゃおばあちゃんに抱っこしてもらい、日に日に笑顔も見せるようになり。
私も花ちゃん同様に何気なく気遣いの声やアドバイスもらったりして、本当に救われました。
まぁ、現在進行形で精神的な支えになっています。
あの時、声を掛けてもらえなかったらどうなっていたかわかりません💦
そして後々に声を掛けて下さった奥様方は団地の運営に携わっているんだと知ってから、人との繋がりを大事にしてくれる、この高齢化が進む団地が好きになりました。
会報も読むし、ボトルキャップ運動もやり、掃除当番も苦ではなくなりました(*^▽^*)
シャッター商店街は寂しいですが、最近は団地で育った子達が飲食店を開いたり、活気を取り戻そうと頑張っています。
土曜の朝市を団地内の有志の方々が開いてくれてます。
自宅で頑張る八百屋さんもいます。
この団地で育って、暮らして、この団地を愛してるんだなってひしひしと伝わってきます。
散歩で挨拶をすれば返ってくる。
花ちゃんにも優しくしてくれる。
こんな田舎の団地で育つ花ちゃんが羨ましいくらいです。
きっと優しくなる気がして、そんな少し前向きにさせてくれる素敵な場所に住めて良かったのかもしれない。
今日の散歩の風景。


