前回お話しした西成ですが、私はこの町で生まれ育ちました。

小さい頃はもちろんこの町しか知らないのでそれが普通ですが、

大きくなってくると結構色々な場面で”西成”を感じます。

一番わかりやすいのが合コンでの自己紹介。

”家は西成です”

という一言で相手の反応が一瞬止まります。

気にしすぎかもしれないけど、、、。


この町は、今は福祉の町になってしまったといいましたが

実はそれ以外の人も住んでいます。

多いのはお水系。

地下鉄でキタ、ミナミに行きやすく、市内なのに家賃が安い。

地方出身者や外国人のきれいなお姉さんは最近(といっても

10年ぐらい前ですが)できた大きなマンションに住んでいます。


そんな人たちには風呂なしアパートとは縁がありません。


そのアパートは南海電車と地下鉄から歩いて3分であり、JRも歩いて10分程度の好立地です。

銭湯や郵便局まで50mでりそな銀行も3分でいけます。

スーパーも徒歩3分の所と5分の所とあります。


そう、ムチャクチャ好立地なのです。


人が入居しないはずがない!


しかし、私のアパートの周辺には築40~50年のアパートが空室をいっぱい抱えてゴロゴロしています。


何故か?


環境が悪いのです。


住所を言うと、大阪市西成区なのです。


これは、逃亡犯が雲隠れしたり、夜逃げした人たちが路上で生活したりできうるところなのです。

昔ながらの日雇い労働者が宵越しの金を持たずに生活できる町なのです。

かまがさき(東京で言うとさんやにあたる)という日雇い労働者の町なのです。

私のアパートはその中心地から徒歩で15分ほど離れています。

道路から奥まっていて、閑静でとても過ごしやすいところなのです。

しかし、世間はそうは見ません。

西成は西成としてひとくくりで見られます。

だから、普通のサラリーマンはこの町に住みません。

ここに住むと自分もひとくくりで見られるからです。


それでも昔は労働者の人たちが大勢いてにぎやかでした。

しかし今は労働者の人たちが高齢化しています。

更に言うと福祉(具体的には生活保護)を受けて生活しています。

昨今問題になっている、路上生活者に生活保護を受けさせピンはねをする

ビジネスもこの町が舞台です。

今は労働者の町ではなく、福祉の町になっているのです。


生活保護の受給は以前はハードルが高かったのですが、サブプライムショックで

景気が悪くなってから生活保護の認定があまくなり、

”そんな人に生活保護いらないだろう”

と言うような人まで生活保護が受けれるようになったのです。


生活保護の人の住居費は金額の上限が決まっているので、

皆、上限額いっぱいの家賃の部屋に住みたがるのです。

すると、昔ながらの風呂なしアパートには人は住まなくなりました。


こうして空き部屋ができていったのです。


社会構造的な問題を抱えて、私の満室大作戦は始まります。




アパートの1Fに管理人室がありました。

そこで私たち家族は住んで生活していました。

今から約30年前に母がその管理人室を改造して食堂を

OPENさせたのです。

当時は景気も良かったし町に人もいっぱいいたので

薄利多売で儲けました。

田舎から出てきて一人暮らししている労働者の人たちには

母のお袋料理、家庭の味が良かったのか結構繁盛しました。

父と別れるときにできた1000万円近い借金もそれで返したそうです。


ただ、店を作るときに邪魔だった柱を一本抜いたのですがこれが

家全体を支える大黒柱のうちの一本だったので、真上の2Fの部屋では

床が少しずつ沈み始めました。


だからこの管理人室(食堂)とその上の2階の部屋は、大修繕をしないと

人に貸せません。


また、消防法の変更に伴い木造3階建ての3階部分(3部屋あります)は

人に貸してはだめと消防署から言われているのです。


これで、19-(2+3)=14部屋が稼動させられる部屋となります。


今3部屋埋まっています。


先は長い、、、。


でもまず、一部屋でも埋めることからはじめます。