僕は人の得手不得手に関しての話題になると、『ニンゲンステータス説』をいつも話している。分かりやすく言うと、魔法キャラと火力キャラで差が出るように、人間にもそんなステータスの振り分けがされているんじゃないかという話だ。
人として人生を歩むにおいてどこかで確実にレベルアップはしていくもので、その環境の中で上がっていくステータスが違うから、人の性格やら得手不得手やらが変わっていくのではないかなと。ポケモン風にいうと努力値ですね。パッチール倒せば特攻が上がるしズバット倒せば素早さが上がる。
関わる人間と生きていく環境の違いで、得られる経験値も幾分違うと思う。厳しい生活環境ならきっとすぐデキる人間になっていくということです。城下不死街でも黒騎士から得られるソウルが大きいように。
こうして人生を『ステ振り』として考えていくと、総じて高い人というのはいない。たとえばイケメンで頭もいいやつは大抵性格悪いし、ユーモアあってやさしいやつは大体頭が悪い。イケメンで頭よくて性格良いやつがいたとしても、そういうやつに限って虚弱体質とか、やたらスネ毛が濃いとか、どこか惜しい。勉強できるのに要領悪くて仕事できない奴やつもいる。
逆に、総じてステータスが低いダクソでいうと『もたざるもの』みたいなやつはたまにいる。勉強も出来ねえ、モテねえ、頭も悪い、病弱だし仕事は遅い。加えて性格悪い。もうここまで言うとブラボの『生まれてくるべきではなかった』タイプ。
で、思った。それ、俺だ
いま上に書いたやつほぼ当てはまってる。なかなかきついものがある。そこで思ったわけです。せめてしぶとく生きようと。誰に何と言われようと、いくら踏まれようと、せめてマシに思われるように生き続ける。雑草みたいに生きようと思ったわけです。どこでもいつでも生えている雑草みたいに。
きっと俺みたいに生きづらい人いるかもしれない。特にオタク。きっと踏まれまくってるな。強く生きなくてもいい。踏まれても抜かれても刈られてもしぶとく生きながらえよう。雑草みたいに。雑草だって花は咲く。