「どうせ」という副詞に関して、前回とは別の国語辞典を見てみましょう。

どうせ((副))
〔「どうせよ」の圧縮表現〕
(一) どんなに手段を尽くしたにしても結果は決まっているのだから、今さらあせって対策を講じる（あわてる）ことはないと判断する様子。
「人間はだれでもいつかはどうせ死ぬのだ」
「どうせ間に合わないのだからゆっくり行こう」
「どうせわれわれが勝つに決まっている」

[運用]
(一)で、「どうせ…だよ（ですよ）」などの形で、能力や水準の低さ、立場の弱さなどを、

(1)当人側について言うときには、多く、あきらめや投げやりな気持を伴う。例、「どうせ私はばかですよ」

(2)話し手以外の人について言うときには、その人を軽蔑(ケイベツ)して見放す気持を伴う。例、「どうせあいつは当てにならないよ」
（『新明解国語辞典』（第七版））

この辞書の[運用]には、

(1)「当人側（つまり話し手自身のこと）について言う場合、あきらめや投げやりな気持を伴う」ということがまず書かれています。

これは結局、話し手の否定的意見（非難）に相当しますので、

B 聞き手（他者）の肯定的意見（賞賛）・話し手（自己）の否定的意見（非難）

になるということです。

「解答編：評価とその伝達によって生じる感じよさ・感じ悪さ」という記事でも書いたように、

Bの場合、聞き手にとっては、自分の評価が上がったり、相手（話し手）の評価が下がったりします。

自分の評価が上がることはまさに褒められることであり、相手の評価が下がることは相手の方が自分より下だと示唆していることになり、間接的に自分の評価が上がった気になります。

そのため、自分がよい評価をされたと感じ、好意的な反応を示します。

次の塔子という女性が、「私」にパソコンを使えば新聞記事の全文が検索できることを教えている場面をもう一度見てみましょう。

キイを操作する彼女の手元を眺めていると、ディスプレイに私にはわけのわからない表示があらわれた。
「最初に八桁のパスワードをいれるの。私のパスワードは、5963TOKO。ごくろうさん、塔子。わかった？　キーワードは『爆破』『新宿』このふたつくらいでいいでしょう。この言葉が入った記事は、これで全部でてくるのよ」
眺めていると、やがて画面に新聞記事が出現した。その記事は私も読んだことがある。
感心していった。
「ふうん。こういう時代になっているんだな」
「そう。こういう時代になっているのよ」
「どうせ、私は旧世代だよ。ところで、警察は君をつけなかったか」
（藤原伊織『テロリストのパラソル』角川文庫，2007年，p. 255）

ここでは、そのような自分には到底できない検索の仕方を見せつけられた話し手である「私」が結局、自分のことを謙遜することによって、間接的に聞き手である塔子の能力を高く評価し、つまりは塔子を褒めているのです。

次の例も同じでした。

島津が選んだ店はチェーンの居酒屋だった。メニューを眺めながら、由希が口を尖らせる。
「相変わらずセンスないなぁ、島津ぅ。この間みたいなクラス会ならともかく、この四人だったらそれなりのいい店にしてもいいんじゃない？」
「いやいや。お前らはいいかもしれないけどさ。俺は由希と違って貧乏デザイナーだから、これぐらいで丁度いいって」
真崎が笑いながら首を振ると、「嘘だ！　稼いでるくせに」と由希が間髪入れずに指摘する。
「随分景気いいじゃん。あの車かっこいいし、家だってめちゃめちゃ広いって噂だけど。いいなぁ、その年で一戸建て」
「所詮田舎の家だって。何なら、お前も実家帰ったら？それも嫌なんだろ？　田舎とか結婚とか冗談じゃないんだろ？　嫌だね、現役退く気がない人は」
（辻村深月『太陽の坐る場所』文春文庫，2011年，pp. 143-144）

由希の発言に対して、話し手の真崎は、「所詮（俺の家は）田舎の家だって」と真崎自身（の持ち物である家）に関して低い評価を述べることによって、間接的に、自分もそんなに由希と変わらない、由希もそんなに評価が低くないと言っていることになります。

以上のように、話し手が自分のことに関して「どうせ」「所詮」という言い方を使って低い自己評価を述べた場合、聞き手は話し手に間接的に自分の評価を上げてもらったように感じ、気分がよくなります。

これがいわゆる謙遜によって、感じのよい発話が生じる仕組みです。

ところが、このような謙遜は、行き過ぎると自己卑下と呼ばれる、聞き手にとって面倒くさい状況になります。

例えば、次の小説では、このような自己卑下を言っている女性に対して、別の人が「だから、そんなことないって」と言って慰めています。

「わたしだって、ほんとはわかってるんです。早希さんや凛子さんみたいにスタイル良くないし、あの人たちばっかり男の人にちやほやされて……気がつくといつの間にかわたしだけがあぶれちゃってる……どうせわたしなんて、引き立て役なんです……」
「だから、そんなことないって」
（新藤朝陽『夢色キッチン』）

みなさんも、こういう人が周りにいたら、同じように慰めるのではありませんか。

結局、このように低い自己評価を過度に述べるということは、本音では自分がそこまで低評価の人間ではないと思っていて、低評価ではないとに他人に言ってほしいと暗に示唆しているように聞こえます。

このような場面に遭遇した聞き手は、わざわざ話し手を傷つけないように、話し手が自身について述べた低評価をうまく否定するという、面倒くさい負担を無理やり背負わされるわけです。

そのため、このような発言をする人は、面倒くさい人ということになるわけです。

『エロマンガ先生』からの例も、このようなニュアンスを含んでいます。

「ふんっ、うわきものの兄さんなんて、しらないもん」
「ええっ……？」
な、なんのことだよ。どうして紗霧は、いきなり機嫌悪くなってんだ？
今日、家を出てから、一言も喋っていないのに。
「デートは楽しかった？」
「は？」
「………………デートは楽しかった？って聞いたの」

「なにそれ？」
「……ど、どうせ……外に出られない女の子なんかより、一緒に外で楽しく遊んだり、一緒にケーキ食べたりしてくれる娘の方が、好きなんでしょ……」
「えっと…………もしかして、エルフがツイッターに書いたあれのことを言ってんのか？」
―和泉マサムネ先生とデートしてるなう♡

（伏見つかさ『エロマンガ先生2―妹と世界で一番面白い小説―』電撃文庫，2014年，pp. 247-248）
［アニメ版だと第７話　妹と世界で一番面白い小説のAパートだが、当該の台詞はなし］

ここの「……ど、どうせ……（私のような）外に出られない女の子なんかより、一緒に外で楽しく遊んだり、一緒にケーキ食べたりしてくれる娘の方が、好きなんでしょ……」という和泉紗霧ちゃん（エロマンガ先生）の台詞は、話し手である自分自身に関する低い評価を述べています。

和泉マサムネ（およびラノベ版の読者）は、紗霧ちゃん（エロマンガ先生）に関して面倒くさいことを言っているなあという印象を抱くかもしれません。

ただ、ここでは紗霧ちゃん（エロマンガ先生）が山田エルフに嫉妬して、拗ねている（つまり自分の気持を分かってもらおうと、わざと低い自己評価を述べている）のだと考えられます。これは自己卑下の一種ですが、無意識に本人の資質としてやっている場合とは異なり、意図性を含んでいて、聞き手の気を引いてもっとかまってもらおうとするときに人はこのようにします（やや精神的に幼い印象を与えるとは思いますが）。

これは実は、自分自身の本当の気持ちを述べていないので、以前やった「グライスの協調の原理」のうち、「偽と信じていることを言わないこと」という「質の公理」にわざと違反しています。

拗ねるという言語による行為は意図的な自己卑下によって聞き手の気を引くことなのです。それを、このように評価の伝え方と質の公理によって、きちんと説明できるということを、私は面白いと思うのですが、皆さんはどうでしょうか。

次に、話し手が自分以外（聞き手や他人）以外のことに関して「どうせ」という言葉を使えば、どういう意味になるのか見ていきます。

これは、

(2)話し手以外の人について言うときには、その人を軽蔑(ケイベツ)して見放す気持を伴う
と『新明解国語辞典』で書かれている方に相当します。

以下の台詞の「どうせ売れないし発注しないよっていう書店員さんの判断」は、実際には書店員さんの判断に当たる部分を『』でくくると、「『どうせ売れないし発注しないよ』っていう書店員さんの判断」なのでした。

「来る途中に寄った駅ナカの本屋には、俺の新刊売ってなかったしさ……」
「ああいうところの本屋さんには、売れ筋の本しか入荷しないのっ。出版社の折込チラシで大きく取り上げられるような看板作品しか店頭になかったでしょ？　入荷してないのは私たちの本だけじゃないから、いちいち落ち込まなくても大丈夫だからっ」
「そうかなあ……和泉マサムネの新刊なんか、どうせ売れないし発注しないよっていう書店員さんの判断じゃないのかなあ……」

「もぉ……和泉先生は、ねがてぃぶすぎっ。新刊発売日になるといつもこうなの？」
（伏見つかさ『エロマンガ先生3―妹と妖精の島―』電撃文庫，2014年，p. 291）
［アニメ版だと第11話　二人の出会いと未来の兄妹のエンディングだが、当該の台詞はなし］

つまり、「どうせ売れないし発注しないよ」という部分は、話し手である書店員さんが、話し手以外の人である和泉マサムネの書いた小説に対しての低い評価を述べていることになります。

この場合、

A 聞き手（他者）の否定的意見（非難）・話し手（自己）の肯定的意見（賞賛）

に相当します。

もし書店員がこのように言うのを、和泉マサムネが聞いた場合、まさにディスられて自分の評価が下がることになるので、書店員に対してイラッとしてしまい、ふつう否定的な反応をしてしまうでしょう。

つまり、他者の評価について述べる場合に「どうせ」「所詮」という言葉を付けることは、その人のことを軽蔑し低く評価していることを示唆するので、避けるべきだと分かります。

長々と具体例を考察しましたが、以上をまとめると、「どうせ」という言葉は使い方に注意が必要だと言うことです。

(i) 「どうせ私なんてそんなに大したことないですよ」のような言い方は、

B 聞き手（他者）の肯定的意見（賞賛）・話し手（自己）の否定的意見（非難）

の適度な度合いだと考えられるので、謙遜として機能します。これは聞き手にとって感じのよい発話となります。

(ii) 「どうせ私なんて無能だし、要領も悪いし、人間的魅力もないし、まともに仕事のできないダメ人間なんです」などと言われた場合、

B 聞き手（他者）の肯定的意見（賞賛）・話し手（自己）の否定的意見（非難）

の過度な度合いだと考えられるので、自己卑下となってしまいます。これは聞き手に対して、面倒くさくて扱いにくい人だというマイナスの印象を与えることになるので、避けた方がよいです。

最後に、

(iii) 「どうせあいつなんて大したことないですよ」のような言い方は、

A 聞き手（他者）の否定的意見（非難）・話し手（自己）の肯定的意見（賞賛）

に相当するので、他人の非難となってしまい、聞き手に対して人の悪口を言うろくでもない人だという印象を与えてしまうので、これも避けた方がよいです。

結局、「どうせ」を使ってもいいのは、(i)の場合だけということになるのです。

「どうせ」という副詞は、なかなか使い方の難しい言葉だと言うことが分かります。

解答編：「どうせ」を用いて伝える評価と感じよさ・感じ悪さ