7月にブログを開設し、思うに任せて初稿を書いてみた。
その後・・・
今日までなんだか更新する気になれなかった。
なぜか?
考えてみたら3つにまとまった。
今日はここから書きだしてみる。
1.自意識過剰
自分の書いた記事がどう思われるだろう、とか、読むに値しない内容だとか
思われるのが怖かったようだ。
(自分に向かって)バーカ!そもそもお前のブログなんて誰も見てねーよ。
順位見てみろ~!笑
2.目的意識過剰
誰かの役にたつこと書かないと・・・
こういう肩肘はった思いで足踏みしていて、なんか人の役にたつのか?
まあ、ネット上に害悪をまきちらすような投稿(人の気持ちを不快にする
ような投稿)をしない限り、なんでもいいんじゃないか?
思ったことを書くだけのブログなんてゴマンとあるし・・・
3.損失意識の欠如
初稿で、ブログを書いてみたい動機について、こんな風に書いていた。
『 ・ネット上に「自分の分身」をおく。
・ネット上で「誰かにとって有益な情報」を手渡す。
・ネット上の「情報資産」を育てていく。
バーチャルな情報空間に置かれた自分の分身が、どのように立ち現われ、
育ち、人とかかわりを持ち、お互いに影響を与え合えるか。
FacebookなどのSNS、バーチャルな場での人とのコミュニケーションは
何年かやっているが、ブログではまだ何か別の形態でできることがあるかも
しれない。
それを見てみたい。』
こんな風に書いていたのに忘れていた。
忘れている間の約2か月、時間はどんどん過ぎていく。
ネットに置く自分からの一次情報というのは、積み上げればそれはなんらかの
情報資産となっていく。
ということは、ブログを書かないということは、
ネット空間に存在しない、しようとしないことと同義で、存在しないものに
価値はない。
この2か月、自分はなんという機会損失してたのだろう。。。。
ということで、ブログをほったらかしにしていた結果、分かったこともあり、ほったらかしにも何らかの効用が見いだせた。
ブログを書く、となると構える人もいるのだろうな、と思うので、そのことに対て、
「こう思う」ということを書いて今日はおしまい。
ブログを初めてみたものの、思うように継続できないときの心得
・ブログを書く目的は決めておくに越したことはないけど、それに縛られすぎると
手が止まる。
・自意識過剰になって、書く内容をどう思われるか心配するのは意味がない。
・ブログはまず、自分のために書いてみる、からスタートして、誰かがそれに共感
してくれるなり、興味をもってくれるなり、それは結果オーライ。
・誰かにシェアしたい経験や、そのことに対する自分の考えを書いてみればよい。
・どんな内容でも、書かないよりマシ、と決めて継続していくときっといいことが
ある。
明日はどんな経験をして、どんなことを考えるだろうか?
そんな風に考えると、この瞬間以後が楽しみで、何か書いていきたい、と
思えてきた。
おしまい。