一年間

毎年早く感じます

誰に訊いても、早いですね~っと答えてくださいます

2015年も終わろうとしています・・・





今から5年前、2010年の夏のある日の昼のことです

ある男と知り合いました

その男は友人のショットバーのマスターにバーの常連さんで、洋服に興味があると言って連れられて現れました

パッと見は強面(コワモテ)でお仕事は建設業

そしてその日は一点物の靴を買ってくださいました


数日後、今度は一人で来店しました

「お休みですか?」 っと、たずねると人なつっこい笑顔ではいと答えてくれました

九州の福岡県の出身で池袋にオフィスを置く建築業を営む会社の社長さん

年齢は当時で 31歳

数年前に離婚して中学生の娘さんが九州にいるとの話をしてくれました

宮大工からのたたき上げで独立するために川崎市に移り住んだとのお話

20分くらいタバコを吸いながら話しましたでしょうか

数秒会話が途切れた瞬間 ふっと表情が固くなり告白を始めました


「スガオさん、オレさ末期癌でもうすぐ死ぬんだよ」


動揺しました・・・

なんと言っていいのかわからなかった・・

今、目の前にいるこんなに元気に見える人の体の中が癌細胞に蝕まれている

半年後に死んでしまう

初めての経験でした

バーのマスターも知ってるのかとたずねると

うん、っと答えました

保険には入っているのか、とか病院はどこに通っているのかとか、当たり障りのないような内容を手探りで

聞いて良いのか、訊ねることで傷つけてしまうのではないか でも今後のためには知っておいた方がいいのか いろいろ考えました

その日は1時間くらい話して帰っていきました

気分転換になるならいつでもここに寄ってくださいと見送りました


その夜マスターのバー、店に行きました

店のドアを開けるとその村橋(仮名)という男がすでにお店のカウンターの奥に一人座っていました

席につきマスターに


「さっき、村橋さんの病気のことききましたよ・・・

マスター、一人でこの人の病気のこと隠して抱えていたんですか・・?」


っとたずねると、マスターはそのまま泣き崩れ


「・・・・なんで、村橋さんが

・・・・こんな良いやつが・・・

・・今日まで誰にも言えなかった・・」


村橋さんはカウンターの奥で困った顔を無理に笑わせるような表情でマスターを見ていました


それ以来、多い時は週に2・3回うちの店にも訪れるようになりました

来ると2・3時間、長い時は5時間くらいもいた日もありました

当店の常連さんとも頻繁に顔を合わせるようになりその方々と話すようにもなり

それからマスターの周りの人たちも、当店の常連さんもその男と顔見知りになっていきました

みんな良い人ばかりで彼の現状を知ったうえで優しく気遣いながら接していました

そのようなお付き合いの中で村橋さんと しばしば数日間連絡が途絶えることがありました


あとで聞くと 「救急車で運ばれて I C U(集中治療室)で治療を受けていた」


っと話していました


年末にはマスターの主催で 村橋さんを励ます ことを目的にバーを貸し切りにして鍋パーティーが開かれました

12・3人の人たちが彼を囲んで楽しい時を過ごしていました

当の本人も心の底から笑っているように見えていました

作り笑いには見えない本物の笑顔を作って楽しんでいるように見えました

でも心の底には深く暗い闇があるのだろうと思い誰もが見守っていました

その中にはマスターの幼馴染の親友のマーちゃんという、やはり末期癌の父親を持つ男が一緒に笑って参加していました・・・



ある日マスターがバーの開店時間の前にやってきて


「今日は二日酔いで開業ですよ

昨日は村橋さんと二人でキャバクラ行って4万円も使ってきましたよ~」


っと、笑いながら言っていたことがありました


「本人は出すって言うんだけどオレが誘ったから全部出してやりました」


って、満面の笑顔で言っていました

すごいな、っと思いましたがそんなマスターの笑顔になんか悲しい気持ちも覚えました・・

バーの閉店後にちょくちょく二人で飲み歩いているという話も他から耳にしたりして

他のお客さんや友人と数人で近所の そば源 というお蕎麦屋さんでよく飲んでいるなんという話も聞きました

二人は仲がいいだなぁと、マスターすごい良い人なんだと誰もが見守っていたんです



ここにくると私にも、こんな風にオレは生きてきたっていろいろな話をしてくれました

琉球空手の黒帯を持ってる

10代のころは九州連合という暴走族の頭を張ってた

少年院に入れられたことがあった

悔しくて頑張って、今は年収3000万円でアメックスのカードの色は黒いんだよ

奈良の法隆寺の改修工事を師匠の大工の手伝いでやったことがある

娘が結婚したいと羽田まで来てるからこれから会いに行くんだ、相手はユニクロの社員だって(怒)

今自分が付き合ってる彼女はプロを目指してダンスをしているんだ

DJにはまった時期があって、日本一になったことがある・・・



ほかにもいろいろな話を聞きました・・

強くアウトローで、根っからの不良
年下だけど男から見てすごくかっこいい人なんだ

でももうすぐこの人はこの世からいなくなってしまうんだ・・・

それなのにそれを受け入れてし気丈に振舞える、こんな男がいたこと一生忘れない・・・

そう思って接していました



月末の、とある日


「スガオさん、たいへん申し訳ない

恥を忍んで、病院まで行く電車賃を貸してもらえないかな・・・

いつもカードに頼って、現金を最小限しか持たないから・・

月末は、口座が凍結して現金が動かせなくなっちゃって、ふと財布みたら電車賃が足りなくて・・」


治療費もあるでしょ?一万円渡すから、来月末まででいいから必ず返してくださいね~

っと、受診料もあるだろと私も慌てて一枚の紙幣を渡しました

顔が、青白くて、今にも倒れそうでした・・・

すぐ返すからと言ってフラフラと去っていきました



私と二人で渋谷のライブハウスにダンスをやっているという彼女のイベントに行ったこともありました

その彼女が躍る曲のアレンジを自分がやったんだと誇らしげに自慢していました


今はすっかり廃れてしまいましたが、当時は元祖SNSの MIXI(ミクシィ) が流行っていた時期でした

その村橋という男もアカウントを持っておりある日


『見舞いに来ると、決まって泣きながら謝るお母さんに

お母さんは泣くから嫌いだ、お見舞い来なくていいよ

っと、いつも言う(病室が)同室の小学生の男の子が、昨日息を引き取りました

すごくいい子だった

今、死ぬのがすごく恐いです』


数日見かけないと思っていると、文章はかなり端折っていますがこのような内容の書き込みを読みました

入退院を繰り返す日々だったのです



そして年が明けて3月に東北で震災がありました

関東からもボランティアに行く人がいるという情報がニュースで話題になりました

そんな時節、村橋さんが来店し


「オレも宮城県に行くことに決めたんだ

スガオさんも支援物資を出せるようならオレ持っていくから電話してくれる?

ハイエース(自動車)店の前に着けるから積んでいくよ」


大工さんなので、残された命を人のためにという思いが伝わってきました

それから数日後また来て

それはそれは凄惨な情景だったことをこと細かに話してくれました

そこで出会ったお婆さんが泣きながら


「この地震の被災者は私たちでよかったんだよ・・・

東京に起こったら日本はたいへんなことになっていたんだよ」


っと、聞かされてオレも泣いてしまったよ・・・

っと、話してくれました


そして彼は私の知る限り2回東北の復興支援に行ったことを知らされました・・

そして3回目の時も私の前に現れて今晩からまた行くから物資があったら声かけてと言いに来ました

その翌日、バーのマスターがフラっと現れました


タバコを吸いながら話していて

ス:「村橋さん、昨日からまた東北に行ってるみたいですね」

マ:「えっ!?・・・昨日の夜??」

ス:「はい、またボランティアで行くって言ってましたよ。聞いてないですか?」

マ:「昨日の夜からさっきまで川崎でオレと飲み歩いててさっき村橋さん気持ち悪いって、青白い顔してフラフラと帰っていったとこですよ・・・」

ス:「えっ~!!? どういうことですか!!?」

マ:「どうもこうも、かなり酔っぱらって帰っていきましたけどね・・・」

マ:「スガオさん、マーちゃん知ってますよねオレの幼馴染の」

ス:「お父さんが病気の・・」

マ:「今、オレ、マーちゃんと喧嘩してんですよ。あいつ先月お父さん亡くして、いまだにあんなに元気な村橋さんの病気は嘘だと言い出しやがって。」

ス:「・・・・」

マ:「そうですか・・・ 東北行くって言ってましたか・・・」



夏に出会って、4月までで半年以上が経過した日の出来事でした・・

それから数日後、バーとうちのお店共通の常連さんの 秀俊さん が怒った顔して現れました


「スガオさん、村橋さんの MIXI 読みましたか!!!!」


読んでないと答えると


「読んでください、村橋さん消えましたよ!!」


内容は

『みんながオレを疑っているみたいです

嫌われているみたいです

オレは一人で死ぬことにします

さようなら     』


このような内容がそれまでの丁寧な文章とは異なり、走り書きのように書かれていました

2日後に、MIXI のアカウントが無くなっていました・・・


そこから周囲にいた人たちの情報交換が加速しました

飲みに行くと財布を忘れたとかお金がないと言って、だれかが立て替えたり

スナックで飲んだ代金をつけにしたまま払っていなかったり

現金を貸したままだったり (私は2回貸してどちらも時間がかかりましたが返してもらいました)

女性と昼食を食べてやはり立て替えさせたなんて話も出てきました

彼女と言っていた人は関ちゃんの後輩で付き合っているわけがない


そして、病気でもうすぐ死ぬと言う人のことを周囲の人間は悪く言えないし、気を使って言いにくかったのです

それを誰かが口火を切ると一斉に情報がなだれ込んできました

そして


「あいつ(村橋さん)の住んでるところって誰か知ってる?」


っという声があがると、誰も知らないししまいには


「あいつの村橋イサム(仮名)、っていう名前、ホントの名前なの?だれか名刺とか免許証とかクレジットカードの控えとか見た人いないの?」


っという話にもなりましたが誰も本名なのか偽名なのか判別できないという顛末でした

ここには書ききれない様々な話が錯綜しました

村橋という男が現れて、姿を消すまでの半年間全員が騙され続けていたのでした・・

行動のつじつまを合わせると東北にも行っていないことも知りました・・・


こんなお話を今さらここでする理由・・

ひとつは弱者を演じ、注目されることに喜びを得る人がいる
そして演じることで色眼鏡で見られても他人は自分に優しくしてくれる

構えていないところに全力投球で嘘で固めて飛び込んでこられると裏切られることを防ぎようのないということを知りました


もうひとつは本気の人の思いやりを踏みにじり利用する人がいる

甘いと言われてしまえばそれまでですが、私には受け入れることのできない出来事でした

その二つを身をもって体験して以来、今年出会った人の中で最初の会話で自分の弱い部分を最初に打ち明けてお付き合いが始まった人が2人いました

村橋という人を知ってから最初に弱さを訴える人に対して、その二つの出会いに対して私は警戒して疑問をもってお付き合いしていることに気づきました



その後

2年ほど前に店の近所の飲み屋さんの改装工事があり、その作業現場の中の数人の職人さんの中に村橋さんが元気に作業しているのを見かけました

目が合いましたがすぐに逸らせて作業をしていました

彼はまだ元気に働いていることでしょう



以前こんな男がおりました・・・



今年2015年もいろいろな出会いがありました。

それ以前から公私ともお店と私と仲良くしていただいた方にお礼を申し上げます。

一年間ありがとうございました。

来年もくれぐれもよろしくお願い申し上げます。

年始の営業時間の予定です


12月31日 11時~21時

 1月 1日 13時~18時

 1月 2日 12時~19時

 1月 3日 12時~19時

 1月 4日 11時~19時 

 1月 5日 通常営業


良いお年をお迎えください!


(画像は有泉氏の今年完成した自転車です)