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今わたしが住んでいる場所は、街なかじゃなくて、いなか。
だからなのか、昔の人(たとえば縄文人)の住んでいた形跡がどんなふうに出てきた、とか、
塚の話とか、有史前の道が、どこだったとか、けっこうわかる。
村の境をどんな風に決めていたとか、親方に与えられていた特権とか、
結婚を許されないまま死んだ若い男女の化身として死した場所は大きな松と杉が絡まってる「お杉とお松(?)」
小高い山の上に神社があって、ご神体がある箱の中は絶対に見ちゃいけないって言われてるのに
ある時見た人がいて、言い伝え通りのものが入ってなかった、とか。
後日ご神体となるものを入れたんだけど、盗まれちゃった、とか、お賽銭も盗まれた、とか。
(これは最近の出来事。お賽銭盗まれて町内の収益に影響した)
あと、昨日はじめて教えてもらったことがあって、
羽黒系だった僧が即身仏になった場所が、小学校のすぐそばにあるんだってさ。
大人たちはどうも、子供にはあまり聞かせたくないみたいね。怖いものね。
で、今日見てきた。
。。時代がすすんだある時、本当にそこに即身仏がいるのかどうか気になった住民が掘り返したけど、
もう何もなかったって。
即身仏は、鈴を鳴らして、鈴が鳴りやんだ時、永遠の高僧になるはず。
だから、骨や肉は土に還っても、その鈴が出土してくるんじゃないかと私は思ったんだけど、
実際にその場所を見てみると、難しいと思った。
今では人通りは全くない裏山の荒れた道沿いで、きっと目印だった苔の生した大きな岩は倒れて
そこにただ1つの白い柱で○○の○○(名前すら忘れてしまった)と書かれているだけだし、
雑木林の根っこがきっとものすごい。
即身仏は、普通のお坊さんは慣れないはず。位の高いお坊さんが即身仏になっていったんだよね。
そんなお坊さんの意志?遺志?が、何百年か後(即身仏は明治まであったんだっけか)の
現在では、誰の人眼にもつかない、あんな山の裏で、
歴史ってやっぱり、そんなものなのかと思った。
でも、こんな秋田の田園の隅っこで、時代は分からないけど即身仏になった僧がいるっていう
事実におどろき。
正直怖かった!!
今日はお盆。お墓参りの日ですね。
お盆を過ぎると海にはクラゲが出るから、もう海にはいけないよ。
と小さい頃に教えられてて、海開きからお盆までは毎週のように海水浴や素潜りに行ったものでしたが、
大人になってからは、1年に一度、海に行ければ良い方です。
あんなに海で泳ぐのが好きだったのにー。
でも、今日、お墓参りが終わったら行こうと思ってます。
泳ぎはしないけど、海で静かに肉や魚を焼く行事。そうですバーベキュー。
静かに肉を焼きたい。
たまには静かな肉焼きも、いいじゃないですか、ね。
お盆なんだし…
私は、以前、秋田県産品を日本各地に売りに行っていました。
秋田県物産展などで県産品を売っていると、
「秋田から来たの?私も秋田なのよ~」と、
全く知らないおじさまおばさまが、まるで親戚のように話しかけてくれます。
「秋田のどこ?」
「あ、市内です」
「あら、そう。私は男鹿なのよ」
「あ、父は男鹿の出身ですよ」
「あら!お父さんいくつ?」
と、日本のどこにいっても、秋田県出身者の人が、秋田を懐かしみ、あえて秋田県の物産を求めに、
故郷を求めに秋田県の物産展に来ていました。
故郷を懐かしむ人の顔はとても優しくて親しげに見えます。
私を透かして故郷を見ているんでしょう。
そういう人たちと話してて感じたけど、
離れた場所から故郷をおもう時の気持ちというのは
実際に暮らしている私たちよりも強いものなんじゃないかな。
千昌夫の「北国の春」という歌や、唱歌「ふるさと」はまさにそういう歌で、
私は集団就職世代でもないしウサギも追ってないし小鮒も釣ったことないけど
ああいう歌を聴くとジーンとするのは私にもそれなりにそういう気持ちがあるってこと
なのかなと思うのであります。
