『宗教』を売り言葉にした者による洗脳や金銭授受は後を絶たない。
わたしは尋ねた。
「なぜ、後を絶たないのでしょうか?」
帰ってきたお宮様は言った。
「まず、宗教への認識が間違っているからです。わたしが考える宗教とは、何度も申し上げておりますように『自分の特性を生かして、他人の役に立つこと』です。他者の役に立つことによって、自分も向上して参ります。誰一人傷つきません。一銭たりともお金は必要ありません。助かるためにお金が必要なことなど無いのです。お金を必要とするなら、それは宗教ではありません。営利企業です。お客さんより自分の会社を大事にする、はなはだよろしくない企業です」
「神の声が聞こえるという人がおりますが、あれはどういう人なのですか?」
「もし、本当に神の声が聞こえるのであれば、地上に降りては参りません。いえ、正確に申し上げれば、地上には降りて来れません。もはや、地上に近付くことも出来ないほど、果てしない彼方にいるはずです。その一点だけ指摘すれば、お分かりいただけると思います」
「別の話題に移ります。非常に霊能力の高い人も中にはいます。ですが、人間的に問題のある人も見受けられますが……」
「他の一般的な力と同様、地上においては人格と才能は別物です。どちらかが優れているからといって、もう一方も優れているとは限りません。悪人が成功し、善人が泣かされるというようなことも、地上ではよくありますが、それもその類に入ります。しかし、人格と才能を両方手に入れることは、人生の目標の一つです。そうなるように努力されることです」
「先ほどの話題にも関わりますが、霊能者や占い師、拝み屋、教団などと称して、信者から多額の金銭を受け取っている人々には、それなりの能力を持っている者がいますが、それはなぜですか?」
「大きく分けて3通りの可能性があります。まず、単なる詐欺。詐欺の手口に長けた人物が行っている、そう信じさせている場合です。次に精神疾患。精神的な病気により、本人がそう信じ込んでいる場合です。3つ目には、悪霊による操作です。邪な目的のために開発されることもあるのです。
いずれも、周囲の人々が大いに傷つきます。また、本人もそんなことをすればするほど、自分の価値を損なっていきます。表面的には、誰かが大もうけをしているように思えますが、結局のところは、誰の得にもならないのです」
「では、どうすれば良いのでしょうか?」
「波長の高い人々、芸術、行動を身近なものにすることです。逆に、お金を要求されたり、世間から離されたり、日常生活より祈祷や修行とやらを優先させられたりしたら、危険信号です。すぐに離れることです。付き合っていても良い事はありません。自分や他人を犠牲にして災難から逃れようとしても逃れられません。お金は、人並みの生活に必要な分だけ、そして、生活に彩りを添えるいくらかの余裕さえあればよいのです。お金を積んで、誰かに拝んでもらえば、成功するというものではないのです」