MineoTCMの、たばこはこころの日曜日。 -6ページ目

それはつまり、『道標』。








































































5月が終わりましたね、

早6月、
今年もあと1ヶ月で半分が終わってしまいます。

お久しぶりです、MineoTCMです。





巷では、この話題ももうそろそろそれなりの落ち着きを
見せ始めている印象がありますが、
先月は、ど頭の5月4日にD.L a.k.a BOBO JAMESこと、
デヴ・ラージ氏が亡くなられまして。

本当に驚きましたね。

これも色んなところで語られている通り、
一時期、氏が体調を崩して、
かなり具合が良くない状態が続いた時期があったことは、
一般的にもかなり広く知られていたことだったので、
一時期は本当に多くの人が氏の体調のことを心配していて、
でも最近のここ数年は、
これも飽くまで、
僕のようなただの一ファンが外から見ている分にはって話ですが、
そんな一時期の本当に具合悪そうな時期に比べれば、
大分体調も良さそうで、
近頃では、雑誌等のメディアにも割と頻繁に登場されてたり、
MIX CDなんかの作品のリリースも結構されていたりと、
活動/仕事等々、割と順調そうだったので、
本当に、まさかこんな突然のタイミングで………と、
関係者/ファンに関わらず、氏を知る多くの人が、
ただただ呆然としてしまうカンジだったんじゃないかと思います。
とにかく僕はそんなカンジでした。


つい最近も、↓warp magazineに、
【MADSTORE UNDERCOVER】の企画で
氏とOKAMOTO'S・オカモトレイジの対談が載ってて、
こーゆう近々の仕事を普通にこなしていたのを見ても、
本当に、本人も含め、誰もが予想だにしない、
急な出来事だったんだろうな、と思います。







そんな、あまりに衝撃的なニュースが飛び込んできてから、
もう丸一ヶ月が経ちましたが、
ただのファンでしかない自分ですら、
未だに、俄かに信じられないと言うか、
「本当に、もうデヴ・ラージはこの世にいないのか…」と、
寂しい気持ちに押し潰されそうになってしまったりしているぐらいなので、
本当に、この世界にとって氏の存在は、
とてつもなく大きなものだったんだな、と、痛感している所存です。



本当に、デヴ・ラージは、
想像もできないぐらい多くの人に影響を与え、
想像もできないぐらい多くの人からリスペクトされてる人物だと思いますが、
僕も、完全に漏れなくその内の一人でして。



僕はこのブログでも幾度となく、
自身の、ECDから受けた影響等について触れているので、
僕が音楽をやる上で影響を受けたアーティストの話等になる度に、
そこにECDの名前が挙がってくることは、
このブログをよく見て下さってる方なんかにとっては
割とよくご存知のことなのではないかなと思います。

ただ、このブログをよく見て下さってる方々の中でも、
特にここ数年で僕の出るイベント等に足を運んで下さるようになった方には、
僕について、そーゆうイメージはあまりないかもしれないんですが、
BUDDHA BRAND、特にデヴ・ラージに至っては、
本当に僕の中でも、その影響は限りなく「大」で、
ECDを筆頭に、
僕が音楽をやる上で影響を受けたアーティストとしては、
デヴ・ラージも、確実に、3本の指に入ってくるんですね。








↑この、5月9日放送のタマフル冒頭での追悼メッセージの中でも
宇多丸師匠が多少触れている通り、
デヴ・ラージと言えば、やっぱりそのトータル・プロデュース能力がズバ抜けて特徴的で。



ECDの某曲でも、

“リリック 当然 BY MYSELF
 トラック 断然 BY MYSELF
 マネージメントも BY MYSELF
 CD納品 BY MYSELF
 ジャケット MIX マスタリング以外は
 なにからなにまで BY MYSELF”

って歌詞があったりしましたが、
本当にデヴ・ラージも、
ラップもすればトラック・メイキングもするし、
もちろんDJもやれば、
↑上の歌詞を見る限り、石田さんはジャケットは自分ではやらないみたいですが、
デヴ・ラージは、自身が絡んでる作品のアートワーク・デザインは、
ほぼ自分で手掛けていて、
本当に自分の作品に関しては何から何まで自分の感性でやっちゃうんですよね。
そこが本当に、何とも言えずカッコよくて魅力的で。


ECDからの影響も大きいんですが、
ラップもして、トラック・メイキングもして、
DJもするし、自分のイベントのフライヤーとかも自分で…って言う、
僕の“できることは極力自分でやりたい”精神は、
デヴ・ラージからの影響の方が大きいかもしれません。


札幌に出てきて、クラブ周りで遊び始めた頃、
「自分もラップやDJやトラック・メイキング諸々全部をやってる」って、
先輩達に話したりすると、
決まって、
「どれか1つに専念した方がいい」ってアドバイスされたのをよく覚えてます。
で、その度に、
「でもデヴ・ラージとかは全部自分でやってるからなぁー…」って、
自分の中で納得できずに、先輩の助言を全く素直に聞き入れず、
全部一人でやり続けたんですが、
今考えれば、本当にその先輩達の言う通りで、
どれか1つに専念しとけばよかったかもな、とも思いますね。笑
デヴ・ラージにはその天才的な才能があるからそれでやれるワケで、
自分はデヴ・ラージじゃないですからね。笑
若いってことは愚かですね。笑
全くそーゆう真実に気付いてませんでした、その頃は。

ただ、もちろん、全部やりたいって思ってやってきて今に至って、
それはそれで全然後悔はしてませんが。



で、以下、ここで少し、
僕がいかにデヴ・ラージにかぶれていたか、を、
ご紹介しようかと思います。笑

なかなか細かくて伝わりにくい部分ではあるんですが。


例えば、↓2012年2月のインタラクションのフライヤー、




これは何を隠そう、↓これ。



↑ブッダの12inch、“HI JACK(のっとり)”のジャケですね。
このジャケのアートワークが、本当にカッコよくて大好きで。

大好き過ぎて、パロディとして、
自分らのイベントのフライヤーを同じマーブリング仕様で作ったんですね。

そーゆう思い入れもあって、
個人的にこのフライヤーはかなり好きなので、
ブッダのジャケではなくこのフライヤー/ポスターの方を、
↓自画自賛スタイルで飾ってます。笑





あとは、
例えば↓これ、BUDDHA BRAND『黒船』の歌詞カード。



これは、歌詞やクレジットの文字が、
ちゃんとした活字じゃなくて、
おそらくデヴ・ラージ自身が書いた思われる、
タギングみたいな手書きの文字で全部載っているんですが、



これが当時中学生だった自分は、
本っ…当にもう、堪らなくカッコよく思えて。
今だったら、まずは、
「読みにくいわ!」とか「見づれーよ!」とか思っちゃうのかもしれませんが。笑

でもそもそも、この頃の日本語ラップのCDは、
“アーティストの意向により~”的な理由で、
歌詞カードがついてこない/リリックが載ってないってのはザラだったので、
リリックが載ってるだけで嬉しかったし、
しかもこーゆう、ちょっとデザイン的に凝ってるってのは、
その当時の自分にとってはポイント高かったんでしょうね、やっぱり。



で、この歌詞カードのスタイルにヤラれた自分は、
札幌に出てきてクラブ周りで遊び始めた頃、
イベントやパーティーに出たくても、
クラブ周りに特に知り合いも友達もいないし、
コネクションが全然なかったので、
自分を知ってもらうために、
とりあえず在り合わせの機材で配布用のデモCDを作るんですけど、
それにつけた歌詞カードが、↓これで。



マジで、まんま『黒船』の歌詞カードの真似で。笑



↑リリック/クレジットも、全部手書きのタグ文字で。
自分のは、デヴ・ラージのみたいに上手くカッコよくも書けてないし、
ただ汚い文字で読みにくいだけって言う。笑







で、ここまでは本当に自己満の領域で、
本当にただのデヴ・ラージかぶれって話なんですけど、
こーゆう自己満の領域ではないところで、
多少しっかりデヴ・ラージ・フリークぶりをアピールできたのが、
↓こちら。



そう、ヒサヤさんの1stフルアルバム、
『2 Men's Departure』ですね。



少し話は逸れますが、
DJ文化の中には、
“レコードをディグ(dig)する/掘る”と言う要素がありますが、
それはそもそも、殊更ヒップホップに限った話では全くなく、
基本的には、80年代前半のロンドンのクラブDJ達の間で起こった
“レア・グルーヴ”の概念からによる部分が主たる部分で、
クラブでプレイするDJであれば、どのジャンルのDJであれ、
少なからずそう言った部分を意識している人が殆どだと思います。

それでも、昨今のレア・グルーヴ・ムーブメントに於いて、
そこで、そのムーブメントを語る際、
生粋のSOULやJAZZの愛好家やレコードコレクターに加えて、
ヒップホップのDJやトラックメイカーが起用されることが多いのは、
やはり、ヒップホップと言う音楽には、
“サンプリング”と言う手法でトラックを作る過程で、
他の音楽よりも、“レコードをディグ(dig)する/掘る”と言う行為が、
必要不可欠な要素であるからだと思います。

なので、ヒップホップのアーティストに限らず、
ものスゴいレコードコレクターやハード・ディガーは
世の中には数多くいるでしょうし、
ヒップホップ・アーティストの枠組みの中でも、
それぞれの“掘り”の得意分野等の違いまで挙げていけば、
ハード・ディガーとして名を挙げられるDJやアーティストは、
それこそ何人もいると思います。

ただ、やはり、
多くのメディアでレコード特集やレコード店/ディギング特集等を組んだ際に、
日本のヒップホップ界でまず先に声がかかるのが
ほぼこの2人であることからも分かる通り、
日本のヒップホップ・アーティストの中で、
“レコードをディグ(dig)する/掘る”ことに於いての第一人者は、
この2人なんだと思います。





King of Diggin'ことMURO、
そして、デヴ・ラージ、この2人。



僕は、おそらく、
自分も元はソロマイカーであることや、
リリックに共感できる部分が最も多かったこともあり、
MCのアティテュードとして、
まず、ECDから強く影響を受け、
仲間内でつるんでいる時の空気感的な部分で、
スチャダラパーやRHYMESTERに強く共感し、
そして、トラック・メイキングの手法/精神とセンス、
延いてはヒップホップと言う音楽のどこにそのカッコ良さがあるのか、
その、ヒップホップと言う音楽に於けるファッション的要素/精神を、
デヴ・ラージやMURO、そして数々のヒップホップDJから学び、
それら全てが合わさって、今の僕自身の、
ヒップホップ的な部分が形成されているんだと思います。


なので、多くのヒップホップ・ヘッズに漏れず、
僕の中でも、ヒップホップ・アーティストに於いての、
レコード・ハード・ディガー二大巨頭は、
完全に、デヴ・ラージとMUROの御二方なんですね。


なので、そんな流れから、僕がMUROの曲で一番好きな曲は、
必然的にMUROのアルバム『Sweeeet Baaad A*s Encounter』に収録されている、
MURO feat. DEV LARGE/『CHECKMATES』です。

(※↑YouTubeにLIVE動画があるんですが、埋め込みができない設定になってるので、
リンクにしておくので、その動画を見たい方は曲名クリックでYouTubeに飛んで下さい。)


で、おそらくヒサヤさんも、
自らを“Diggin'”のワードを冠する“Diggin' Journalist”と
名乗っているぐらいなので、
確実にその2人への敬愛度はハンパないんだと思いますが、
そのヒサヤさんから「アルバムで一曲ラップしてほしい」って話をもらった時に、
ヒサヤさんのアルバムの曲なので、
テーマは必然的に“dig”に関することになるのは分かってましたし、
自分の中で、
「自分とヒサヤさんがやるんだから、
だったらやっぱりここは、普段から自分が前面押し出したいと思っている、
ECD等から影響を受けたB-BOYイズム的なトピックとかで書くんじゃなくて、
完全にそっちの、“Diggin'”についてのスタイル全開でいった方がいいだろう」って言う、
そんな思いがあって、
実は自分的には、この曲の裏テーマは、
恐れ多くも、
ヒサヤさんと自分を、MUROとデヴ・ラージって言う、
憧れのヒップホップ・ディガー二大巨頭に重ね合わせてみる、
って言う試みだったりしたんですね。

そんなところから、
“CLASSIC”の歌詞が出来上がったんですが、
そんな、僕の思い入れもあり、
気付いている人もいるかもしれませんが、
地味に“CLASSIC”には、
しっかりと“CHECKMATES”のリリックからの
歌詞の引用(サンプリング)も組み込まれてたりします。

(※それがどの歌詞でどの部分に組み込まれているのかは、
両方の曲を聴き比べて、探してみて下さい。それがヒップホップの面白さなので。)

これもこうして改めて説明してみないと分からないような、
若干伝わりにくい部分ではあるんですが、
自分の自己満の領域だけではなく、
こうしてしっかりした流通作品の上で、
リリックからの“ライン引用”って言うあからさまな形で、
MUROとデヴ・ラージへの自分の愛を表現して残せたことは、
本当によかったなと、今改めて思ってます。



これは少し余談的かもしれませんが、
だから、デヴ・ラージ氏が亡くなってから今日まで、
多くの人がTwitter等で哀悼の意を表してますが、
やっぱり僕の中ではMUROさんのインスタ↓での言葉が一番きました。



僕みたいなファンからしてみたら、
言葉に宿る説得力の重みが、他の人と比べて全然違うと言うか。

本当に、
僕にとって、MUROとデヴ・ラージ、
この2人はヒーローですね。







例えば、↓これは、
SOUL SCREAMのHAB I SCREAMがデヴ・ラージへの哀悼として、
上げたツイートですが、



↑ここに表示されている、
デヴ・ラージがした元のツイートの文章にあるように、
デヴ・ラージは曲やトラックのサンプリングの元ネタになっている曲に対して、
アーティスト名だったり曲名だったりをハッキリと言ったり表記したりすることを
本当にしないんですよね。

わざと「アレ」って言い方をするって言う。

たとえば、↑上のこんな場面でも、
正直そこを「アレ」ってしたところで、
割とよく知られてるネタだし、
別にそんなに意味はないと思うんですけど、
でも、ここでデヴ・ラージ本人がそれについて
自覚的であったか無自覚的であったかどうかは一先ず置いておくとしても、
それでもここでデヴ・ラージがその部分をシークレット・ワードにしてしまうのは、
それはやっぱり、
サンプリング・ネタって言うのが、
言うなれば、ヒップホップ・トラックメイカーの商売道具だからで、
それがバレてしまうことは、
ヒップホップ・トラックメイカーにとっては完璧死活問題で、
基本的な姿勢として、
ネタに関しての曲名やアーティスト名はあからさまにはしない、って言うのが、
身に染みついてたからなんじゃないかな、と、
僕は勝手に思ってます。



昔、もう10年以上も前ですが、
幸運にも、札幌でデヴ・ラージ氏と同じイベントに出られる機会があって、
まさかの、デヴ・ラージ氏のDJの後に回すのが自分って言う、
奇跡的な瞬間があって、
その時に、デヴ・ラージ氏は、
DJを交代する前の最後の曲に、
超有名曲『人間発電所』のバース部分のネタのレコードを
かけたんですね。

で、その頃の自分なんて、
今よりも更にもっともっと色んな事に無知ですから、
「マジか!これ、ネタか!」って狂喜乱舞して、
ズル賢く「レーベルを盗み見てやれ」と考えまして、
次の盤を、もう片方のターンテーブルにセットしつつ、
そのレコードのレーベルに目をやったんですね。

そしたら、そのレコードのレーベル部分には、
デヴ・ラージ自身が描いたILLMATIC BUDDHA MC'Sのステッカーが貼られてあって、
しっかりと、アーティスト名・盤名/曲名が隠されてて。

DJが自分のネタを守る行為としては、
まァ割とよく知られた手法ですけど、
当然デヴ・ラージ氏ほどの人が、
そこに対してそんな抜かりもあるハズもなく。
当時の未熟な自分はそこら辺を予測することすらできず…。
今考えれば本当に恥ずかしい限りのエピソードですが。笑

でも、「やっぱり、
そーゆうズルいこと考えるのは自分だけじゃないんだな、
きっと、そんなことは日常茶飯事で、
だから、そうやってしっかり対策してるんだなぁー」と、
そーゆう、自分の商売道具でもある“ネタを守る”ってことを、
身を以て学んだ瞬間でもありました。



そうやってご本人との接触で身を以て体験した幸運な出来事もあって、
トラック・メイキングの手法・方法論やセンスのみならず、
そうした、ヒップホップと言う音楽に於ける精神的な部分でも、
本当に、デヴ・ラージやMUROと言った
堀り師のヒップホップ・アーティストからは、
めちゃくちゃ大きな影響を受けました。

だから、
僕も、自分がトラックを作った際に使ったネタに関しては、
同じグループの仲間内以外にはそう簡単に口外しませんし、
逆に、
僕は、例えばゴングさんみたいな、
同じグループをやっているような人だったり関係が近い人には
たまに、その人が作ったトラックの元ネタについて訊ねたりしますが、
そうじゃない同業者・DJ・トラックメイカーには、
そう簡単に、その人が作ったトラックの元ネタについて訊いたりはしません。
それはやっぱり、基本的には、
「そこは自分で探す」って言うのがルール/マナーだと思っているからです。

だから、節操無くそーゆうことを、
軽々しく訊ねたりする行為は、僕は基本的に好きじゃありません。
今はインターネットの力とかもあって、
そこで自分が口を噤んだところで何の意味もないかもしれませんが、
それでも、やっぱりそこは、
じゃ逆に、ネットで調べるぐらいの労力は惜しまずやろうよ、ってのが
僕の言い分です。

よく僕らは、
ライブ等では、自分達の曲の元ネタについて、
曲間のMC等で触れたりすることがあるんですが、
それは、ライブなんかは、
一応、生モノで、その時限りのものですし、
その場へ足を運んで下さった方達に対する付加価値として、
僕らのライブを見た時に、
「あ、この曲のネタってあの曲だったのか!」みたいな、
そーゆう発見があると面白いかな、とか、
そう言ったヒップホップ的観点から考えて、
敢えてやってたりするものです。

なので、逆に、こーゆうブログだったり、
なにか録音物であったり、
文字でも音声でも、
何らかの形で“記録”として後々まで残ってしまうような物や場面では、
僕は自分のトラックの元ネタについて語ることは基本的に避けてます。







そんなワケで、
またかなり長くなってきてますが、
僕が音楽をやる上で最も影響力が大きかった“HIP HOP”と言う音楽、
更にその中で僕に大きな影響を与えたアーティストと言う意味で、
デヴ・ラージ氏からは、
かなり独自の解釈になってしまっている部分もあるかもしれませんが、
方法論やセンス、そしてその精神性と、
本当に多くのことで影響を受けました。

↑上の写真は、
2006年にD.L名義でのソロアルバムをリリースした頃の『BLAST』ですが、
この中でのインタビューや、
この時期の他のメディアでのインタビュー等にも、
「レーベル的には困るのかもしれないけど、
正直、自分としては、このアルバムは、
みんなが買ってくれたり、たくさん売れたりしなくても構わないから、
買ってくれた一人の人間が周りの人10人ぐらいに、
ダビングして聴かせてほしい」的なことを言ってたり、
“ヒップホップは常に前進すべきだ”的な意見に対しても、
「俺は全然ないね」って言い切っていたり、
そーゆう細かい部分1つ1つ取ってみても、
本当に共感できる部分ばっかりでした。





思えば、4/29のサンクルでのLIVEの日、
あの日、自分らのライブが散々で、
ライブ後、激落ち込みしてるところに、
元Addictionの森下さんが遊びに来てくれて、
その後、夜中の3時過ぎぐらいまで呑み続けて、
最終的には、
自分がリボアホのライブに客演する形で
初めてサンクルのステージに立たせてもらった、
あの伝説の日(自分の中で。笑)と同じく、
森下さんと別れるまで延々と“人間発電所”のラップをアカペラで歌い続けて、
それでその日の失敗も全て、救われたりしました。

デヴ・ラージ氏の訃報が入ってきたのは、
それから一週間もしないでのことでした。







ここ数年は、自分の身の周りの状況的にも、
まァ自分自身、歳もそれなりの歳になってきたってこともあるでしょうし、
否応なしに人の生死について考える時間が増えてますが、
そんな自分の近況も相俟って、
大好きなアーティストの突然過ぎる死は、
また自分に人生について色々と深く考える大きな機会を与えてくれました。



R.I.P. デヴ・ラージ、
どうか、安らかにお眠り下さい。












冒頭の方で、RHYMESTERは宇多丸師匠の、
ウィークエンド・シャッフルでの追悼メッセージのYouTubeを貼りましたが、
本当は、この機会に、
デヴ・ラージとKダブシャインのビーフなんかよりも、
密かに、でも、より熱くバチバチとライバル心を燃やし合っていた、
BUDDHA BRANDとRHYMESTERについて、
飽くまで僕の世代からの視点、
そして飽くまで、僕のように東京に住んでいるワケではない、
地方に住んでいて、ご本人達と直接接することは愚か、
詳しい情報を得られるメディア等もそう多くなく、
数少ない情報源の中からそう言ったアレコレを
推察するしかない人間の視点からの、勝手な思い込みの話を、
少し書こうかなとも思っていたんですが、
今回も既にかなりの長さになってしまっているので、
それはまたの機会に回したいと思います。

ちなみに少しだけ、
どんなことをどんな風に書きたいかってことで言えば、
僕よりも少し歳は上だと思いますが、
一括りに僕らの世代として、
東京で本人の近くにいながら
D.L氏を感じることができていた人の視点から
書かれた追悼の記事としては、
ダースレイダーさんのブログの記事が非常に含蓄のあるお話で、
かなり興味深く読ませて頂いたんですが、

→DARTHREIDER/ブログ
:『ILLでいる秘訣知ってる、AINT HARD TO TELL!』


つまりはこんなカンジで、
完全に90年代の日本語ラップを享受した世代の、
その中の更に地方組として、
BUDDHA BRANDとRHYMESTERを、
自分はどう見ていたのか、
そんな話です。
もう一度言いますが、飽くまで勝手な思い込みの話です。
いつか書ける時に書きたいと思います。笑









最後。

↓これは、上でも少し触れた、10年以上前に、
ILLMATIC BUDDHA MC'S・3人が、
北海道ツアーでモローにDJしにきた時のポスター。




↑札幌の出演者のクレジットに、
ブッダの御三方に加えて、しっかりと『TCM』の文字。

ちなみに、この“DJ MAKOTO”は、
今の、インタラクションやサブウェイで一緒にやってるマコトくんではなく、
オリジナルJA和FOOZZのメンバー、後のDJ SISE。
それで、この時はSISEと自分以外に出る予定だった
もう一人のDJが急遽出られなくなってしまって、
無理矢理ヒサヤさんに代打をお願いしたんだったと思います。笑

懐かしい。

あの頃は、今のモローゾーンの、
スピーカー裏に当たるところにDJブースがあって、
その下に出演者の控え室があって、
デヴ・ラージは自分の出番を待ってる間、
上から聞こえてくるDJプレイを聴きながら、
「今かかってる曲カッコいいね」とか言いながら、
ずっとその控え室の壁にタグの絵を描いてましたね。
当然、僕もまだ20代前半の若造で、
その時は完全にビビって、ブッダの御三方とロクに会話もできませんでした。笑

デヴ・ラージ氏とCQさんとは、
その後何度か、モローだったり倶知安Be.にDJで来られた際に、
改めて色々お話しさせてはもらいましたが。

でも、自分の名前が、
ブッダの御三方と同じところにクレジットされてるのなんて、
これが最初で最後。

このポスター、宝物です。
大切にします。


ちなみに、↑この時、どうして自分なんかが、
こんな贅沢な機会に恵まれたのかと言うと、
その、一緒の出演者でもあったSISEが、
この時モローゾーンで働いてまして。
SISEとはその後、JA和FOOZZでも一緒になりますし、
インタラクションにも参加してもらって、
色々と長く活動を共にすることになるんですけど、
この時点でも、もう僕とSISEは別のイベントを一緒にやってたので、
その流れでこの有り難さ極まりない機会に恵まれたんですね。

ただ、それはもちろんSISEのおかげもあるんですが、
それはそもそも小西さんがモローゾーンで
こう言った企画を打ってくれたからこそで、
上にも書いた通り、
僕はその後も何度か、
デヴ・ラージ氏やCQさんともお話をさせて頂ける機会に恵まれていますが、
それも全て、小西さんが、
その都度その都度、僕みたいな者にまで、
しっかりデヴ・ラージさん達に僕を紹介して話す機会を作って下さったりしたからで、
気付けば、モローゾーンに出入りするようになって、
10年以上経ちますが、
こうやって、そう言った部分一つ取って振り返ってみても、
本当に、モローゾーン、そして小西さんには心底感謝です。

その意味でも、先月のモローゾーンの周年パーティーは、
久しぶりに自分にも声をかけて頂いたのもあって、
個人的にすごい嬉しくて、
かなり楽しみにしてたんですけど、
ちょっと私情で急遽出られなくなってしまって、
本当に残念極まりました。
関係者の皆様、
ご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした。


なので、先月お祝い出来なかった分、
僕は個人的に、
今月のインタラクションの時にお祝いさせて頂こうかなと思います。





と、言うことで、
来週6/10・水曜日は、
2ヶ月に一度のお楽しみの我々のホーム、
【interaction】です!

上でも少し触れた通り、
気付けば(最初から分かってたけど、笑)今年は、
この【interaction】も10周年の年です…!

平日枠でマイペースぶり極まりなくやり続けてはいますが、
それでも、10月の周年の時だけ大盛り上がりってのも何となく寂しいので、
皆様、是非とも今月、そして8月と、
10周年へ向けて、普段のレギュラー回も、
都合/時間の許す限り、お付き合い願いたいと思います!


最初、フライヤー画像、エル・チキンライスで作りましたが、
気付けば、哀悼の意を込めてこっちで作らなきゃダメじゃねぇーか!と思い直し、
こっちのバージョンも作りました。
↓『人間発電所』の異名をとった往年の名レスラー、
ブルーノ・サンマルチノver.です。
画像の粗さは、そのサンプリングの粗さがヒップホップ!ってことで。笑



【interaction】

2015.6.10.(wed)
open_22:00

system_w/f:¥1000, door:¥1500

Act_
interaction MC's
JOKE MIC
DJ Domm
DJ HILO
DJ 73
DJ MAKOTO
Pino da Microphone
MineoTCM


Place at_
MORROW ZONE
札幌市中央区南7西2EXE PLAZA B1F
Tel.011-532-8044



皆様、何卒よろしくどーぞ!





↓エル・チキンライスver.も一応載せときます。笑




































































『このゲームに参加するには本物の魂がないとダメだ

 寺の坊主が木魚を真剣に叩いてるよう、

 ドラマーがスネアを叩いているように。

 そこに乗っている俺達のラップも、

 坊主が読むお経みたいに真剣で、

 そういうスタイルのライム・フロウだ。

 これができる境地に達したら、

 その教えに火を灯してハイになって、

 夜空に上げるような気持ちになろうぜ、

 そこまでなれるんだったらお前も天までトベる、

 だから発電して発言していこうぜ』


(※『blast』2000年4月号/BUDDHA BRANDインタビュー、
 アルバム全曲解説の『人間発電所』の項、D.L本人によるサビの意味の解説より)