足跡。
よく、自分のルーツを辿りたいって
思ってたんですけど
最近その思いが日に日に強くなってきまして。。
なので、何年ぶりかの
お墓参りに行ってきましたよ~
何年も何年も行けなくて、
ずーっと心に引っ掛かってたんです。
小学三年生の夏休み
親戚の家に 家族でしばらく遊びに行って
山や川でたくさん遊びました
野菜や果物がおいしくて
頬張ってたくさん食べました
二学期が始まる時に、
わたしはひとりで
津山の小学校に転校しました
その当時から自然が大好きだったわたしは「こんなに楽しいところに住めるなんて!」と、家族や友達と離れる寂しさよりも、嬉しさばかりを強く感じたことを覚えています。
私がうまれる前に亡くなった
祖母の妹のおばちゃんと、おじちゃんに
すごく可愛がってもらって
厳しく しつけてもらいました。
一年間だけという約束もあり、
毎日が楽しくて楽しくて
大阪にはなんの未練も感じませんでした。
笑
あの時と同じように
大阪からバスでゆられること
三時間、
津山駅のバス停で降りると
見慣れた景色に
ふと、切なさを感じました。

冬休みと春休みの間だけは大阪の家に帰り、
父に見送られて乗った津山へ戻るバスの中で
ひとりで泣いていたことが微かに思い出されました。
強がっていたけど、思い返せば返すほど
寂しかったんやなぁと しみじみ…
でも、一年が経ち津山から大阪に帰るときにはその何倍も 心臓が破れそうなほど泣きました。
家に帰ってもずっと落ち込んでいたほど
津山を離れ、おじちゃんとおばちゃんに会えなくなったことが悲しかったです。
だからこのバス乗り場には
昔の切ない思い出が詰まってるんだなぁと実感しました。
でも、そんな気分も 迎えに来てくれたおばちゃんの顔を見たらどこかへ吹き飛びました
そのまま祖母のお墓参りに連れていってもらって、そのあとは
私が高校生の時に亡くなってしまった
おじちゃんのお墓参りへ。
あの時お世話になったお礼と今の仕事の事、
ずっと会いに来てなくてごめんなさい
話したい事がたくさん
こみ上げてきました
本当に、やっと来れて嬉しかったです。

おばちゃんと一緒に慣れ親しんだ道を歩くと、あの時の記憶がどんどん蘇ってきました。

どこも全然変わってない
目に写るもの全部が懐かしくて、
子供みたいにずーっとわくわくしてました
一緒に居る間じゅう、おばちゃんとたくさん話をしました。懐かしい話。今までの話。これからの話。亡くなった祖母の話。
そして40年前に母が建てた家で
古いアルバムを引っ張りだしてもらって
初めて祖父の顔を見ました
祖母の顔も、昔に一枚の写真で見た記憶しかなかったけど そのアルバムの中では たくさん見ることが出来ました
凛としていて 母とそっくりでした
重くて持って帰れないので
全部スマホで撮って保存しました
本当に、便利な世の中やね って
一緒に行った母も喜んでいました

親戚のお兄さんが
津山だけじゃなく色々と
観光にも連れていってくれました

山の中にある駅「美作河井」
一両編成の機車が走ります



山とか森ってなんか
元気が出ますよね。わくわくする。

ノートがあったから
記念に書いてきました。
母と親戚のおじさんが連れていってくれた
蒜山高原も 良いところやったなぁ~


ジャージー牛のミルクがめっちゃ美味しくて、成分無調整の牛乳がこんなにも美味しいって初めて知りました。

初めて馬さんとご対面
前にインスタと連動させていた動画は
このときのものでした
もう一度載せますけど、
また観れなかったらごめんなさい…
パソコンだと観れるのかな??

少しドキドキしたけど、じっくり時間をかけたら意思疏通が出来そうな気がしました。
馬ってなんかすごく賢そう…
でも、

↑ この顔、衝撃。笑
数日間とにかくたくさん楽しみました。
久しぶりに会った親戚の人たちは
みんな温かくて 懐かしくて
突然の転校にしてもそうだし
小さいときから
ずっとひとりで強がってきたけど
別れ際におばちゃんが「 トキなら大丈夫じゃけん 絶対 夢を叶えられるけん 頑張りんちゃいよ」って言ってくれて、
ひとりじゃないんやって
応援してくれる人が側にいるんやって
優しさが嬉しくて 温かくて
胸がいっぱいになって
涙がこぼれてどうしようもなかったです。
おなかの底から力をもらいました
津山に帰れてよかったです
自分のルーツが わかってきました。
これからも大切にしていこうと思います
足跡をたどるのって勇気がいるけど、
力も貰えるはずだから
絶対に、知っておいて損は無いと思います。
だから みなさんも是非 (^^)
津山、また行きます。
Ciao
劇団PU-PU-JUICE 第23回公演【ツムグ】
出演決定
2015年12月18日(金)~27日(日)