悲しいニュース
二人の幼いこどもが、ママって叫びながらひっそりと息を引き取った悲しい現実。
毎日、新聞の一面に出て、ニュースにも取り上げられて。
こどもたちのことを思うと、悲しすぎるし、つらすぎるし、涙が出てくる。
多分、同じ年のこどもがいることで、より現実的にその状況を想像できてしまうからかな。
母親がしてしまったことは、取り返しがつかないこと。
許されないこと。
今日のニュースでレポーターが、『ホストクラブに明け暮れるなんて最低だ。こどもがこどもを産んだ。こどもは親を選べない。』って言ってた。
………。
なんかひっかかった。
確かにしたことは最低。
でも、実際育児をしてみてわかったこと。
本当自分の時間てなかなか持てない。
一人こどもがいるだけでこう思うから、二人いるとなると、本当に自分の時間なんてなかったと思う。
一人ぼっちで…
仕事もしなきゃならない。
やりたくない仕事だったかもしれない。
母親を擁護するつもりはないけど。
多分同じ環境で、必死に頑張ってる人もいると思う。
それでも、あのレポーターみたいに思えないのは、
母親のブログには、こどもに対する愛があふれてて、
私となんの変わりもなかったから。
こどもだった自分がちょっとずつ、『親』になっていくって感じることも、
同じだったから。
共感できることがいっぱいあったから。
どこにでもいる、優しい母親だったから。
育児をする中で、正直、虐待してしまう親の気持ちが分かる時がある。
でも、そうならないでいられたのは、
大変さを解り合えるともだちがいたこと。
話を聞いて、一緒に育児ができる、家族がいたこと。
ありきたりだけど、これが全て。
自分の気持ちを打ち明けられることって、こんなに大事なんだって本当気づかされた。
虐待になってしまう可能性なんて、本当に些細なことの積み重ねな気がする。
それが積み重なるか、一個ずつ吐き出してクリアできるかの違い。
『こどもは親を選べない』
わたしもそう思ってた。
でも、妊娠して、出産するなかで出会った人に
『違うよ。こどもはあなたを選んできたんだよ』
って教えてもらった。
それも何人もの人に。
わたしは、それを信じたい。
虐待を受けるこどものいない世の中になってほしい。
だから、その間違いの前に、親を救える世の中になってほしい。
毎日、新聞の一面に出て、ニュースにも取り上げられて。
こどもたちのことを思うと、悲しすぎるし、つらすぎるし、涙が出てくる。
多分、同じ年のこどもがいることで、より現実的にその状況を想像できてしまうからかな。
母親がしてしまったことは、取り返しがつかないこと。
許されないこと。
今日のニュースでレポーターが、『ホストクラブに明け暮れるなんて最低だ。こどもがこどもを産んだ。こどもは親を選べない。』って言ってた。
………。
なんかひっかかった。
確かにしたことは最低。
でも、実際育児をしてみてわかったこと。
本当自分の時間てなかなか持てない。
一人こどもがいるだけでこう思うから、二人いるとなると、本当に自分の時間なんてなかったと思う。
一人ぼっちで…
仕事もしなきゃならない。
やりたくない仕事だったかもしれない。
母親を擁護するつもりはないけど。
多分同じ環境で、必死に頑張ってる人もいると思う。
それでも、あのレポーターみたいに思えないのは、
母親のブログには、こどもに対する愛があふれてて、
私となんの変わりもなかったから。
こどもだった自分がちょっとずつ、『親』になっていくって感じることも、
同じだったから。
共感できることがいっぱいあったから。
どこにでもいる、優しい母親だったから。
育児をする中で、正直、虐待してしまう親の気持ちが分かる時がある。
でも、そうならないでいられたのは、
大変さを解り合えるともだちがいたこと。
話を聞いて、一緒に育児ができる、家族がいたこと。
ありきたりだけど、これが全て。
自分の気持ちを打ち明けられることって、こんなに大事なんだって本当気づかされた。
虐待になってしまう可能性なんて、本当に些細なことの積み重ねな気がする。
それが積み重なるか、一個ずつ吐き出してクリアできるかの違い。
『こどもは親を選べない』
わたしもそう思ってた。
でも、妊娠して、出産するなかで出会った人に
『違うよ。こどもはあなたを選んできたんだよ』
って教えてもらった。
それも何人もの人に。
わたしは、それを信じたい。
虐待を受けるこどものいない世の中になってほしい。
だから、その間違いの前に、親を救える世の中になってほしい。





