2018年6月14日16時過ぎ・・・昨年までと同様、仕事中だった。

帰宅して手洗い、うがいを済ませ、まな板の鯉の心境で司法試験試験委員会のホームページを確認した。

「あっ!!」、「あれ!?」、「あるか・・・!?」、「ある・・・よ!!」・・・もちろんホッとしたし、素直にうれしいが、短答式試験前後の心身の状況を考えると、どうしても奇跡という感じは否めない。

新年度のスタートを振り返るに、過去3年間、職業人としてはもとより、一個人としても、断じて情状酌量の余地はないその支離滅裂、キテレツの具合から、散々悩ませられ、尻を拭い、残業を余儀なくされ、心身共に疲弊させられてきた、ぽんこつセンター長がこの4月についに左遷された。

小生の"覚悟"を決めた決死の訴えの数々がやっと上層部の大山、大岩を動かし、決断させたようだ。

でっ、その限りでは、万々歳のはずだったのだが
、ある意味お約束というか、手放しでは喜べるはずもなく、新たな問題と向き合うことになる。

新任のセンター長は先代とは真逆の絵に描いたような管理主義的な人物・・・しかも、上級幹部の甥っ子での怖いものなし。何かと細かいし、いちいちうるさいし、とにかく上から目線で、気に入らないと、顔を赤らめて叱りつけるものだから、さっそく、他のメンバーは拒絶感を覚えて、当出張所の新年度は、良くも悪くもこれまでにない一種独特の緊張感に包まれてのスタートとなった。

当然のことながら、小生の仕事も物心両面にわたりこれまでとは別の次元で増えた。仕事の精度や雑用の質量が高まるのはもちろん、他のメンバーのメンタルケアーも、先代のセンター長の時とは異質な質量で求められることになった。

もっとも、今年は、そうしたこととは別の意味でキツかった・・・というのが、現時点での正直な感想だ。

我々職持ち受験生はただでさえ絶対的、致命的にに少ない勉強時間を冷や汗もの、脂汗ものでやり繰りしているわけだが、その最中の今年1月、2月のこと、追い込み直前のこの一番大事な時期に、不覚にもインフルエンザにかかって重症化し、しかも、人生初のタミフル服用でガチなアレルギー症状諸々も発症したために、1ヶ月半以上もグズグズすることを余儀なくされ、大幅にスケジュールが狂ってしまったのだ。

40度近い高熱に尋常ではない寒気と全身の痛み、脱水症状を起こしそうな勢いの凄まじい鼻水の洪水・・・必死の思いで机に向かおうとする小生を阻んだ。

3週間ほどしても微熱や寒気、鼻水、筋肉痛などが残り、体調はすぐれなかったが、医師から諸事留保付きの許可をもらっての久しぶりの出勤・・・懸案山積みの自分のデスクを目の当たりにして、心からの絶望を感じた。

それでも無の境地でそうこうしているうちに年度が変わり、これまでとは違った意味で面倒いセンター長を迎えての新体制下に入り、気がついたら、2018年司法試験予備試験の短答式試験の前日だった。

ただでさえ疲労と風邪引きでダウン気味のところ、大ボケかまして、目覚ましの試験当日の起床時刻を間違って一時間も早く設定してしまったことで睡眠が中途半端になってしまい、超絶不調の状態で本番を迎えたもんだから、正直なところ、自信はなかった。

特に民事系の商法、民事訴訟法、最後の科目である一般教養などは、不合格を決定付けたような気がしてならなかった。

毎年言い尽くされた感はあるが、ともかく、この"奇跡"をさらなる"奇跡"につなげられるよう、残りの日々を、真摯に努めたいと思う!!
6月15日午後4時、平成29年司法試験予備試験短答式試験結果発表・・・当然のことながら仕事中だった。

今年は、2月の半ば頃からだったか、原因不明の大量の鼻血に度々見舞われ、止血も効かず、貧血を起こして意識が朦朧となることも少なくなかった。

駅の洗面所や新幹線、はたまた路線バスの車中など、わたしの大量の鼻血で汚してしまい、各方面には多大なご迷惑をおかけしてしまった。この場を借りて、ご迷惑をおかけした関係各位には心からお詫び申し上げる。また、心配してお気遣い下さったご親切な方々にお礼申し上げたい。

医師からは、鼻の奥に大きな炎症があり、それが裂けるなどして大量の出血をもたらしているとのことであった。炎症がデリケートな場所にあるため、治療が難しく、危険でさえありうるということで、しばらく安静にして様子を見るように指示され、炎症を抑える噴霧薬と止血のための飲み薬が処方された。

予備試験の勉強のためのテキストや六法まで赤黒く鼻血で染まるなど、これまで経験したことがないような大量の出血にいつしかある種の“覚悟”ができて、部屋の片付けや世話になった人達への“手紙”を残すことまで考えるようになっていたが、医師によれば、原因は、疲労やストレスなどが重なるなどして鼻の奥が激しく炎症したことによるもので、大病ではないとのお墨付きをもらって、半信半疑ながらちょっと安心した。

相変わらず右腕のリハビリがうまくない中の長期にわたる鼻血・・・小さい出張所勤務であまり休みもとれず、心身の疲弊は半端なものではなかった。

そんなこんなで、予備試験短答式試験の準備など、テキストの上っ面を斜め読みするような輪を掛けて薄い勉強・・・試験前日には風邪をひいて微熱が出てしまい、気だるい脳裏にはこれまたある種の“覚悟”が巡っていた。

本試験当日、会場の青山学院の教室では、また鼻血が噴き出すのではないかという恐怖との闘いも余儀無くされる中、例年にない難問との格闘の末は、ある意味心地よい“絶望”を感じていた。

6月15日午後4時・・・当然のことながら仕事中であるし、軽く残業してそのまま帰宅した。

大量の鼻血によるダメージからまだ完全に回復しておらず、仕事疲れも重なって気怠い中、小さく凍えるような緊張を感じて心穏やかなはずもなかった・・・が、あった!!

言い尽くして久しい感があるが、やっぱり奇跡!?・・・と言うしかない。

素直に安堵し、素直に感謝した・・・心身の状態は決して芳しいとは言えないが、最善を尽くすのみと素直に思っている。合掌っ!!





右腕のケガは去年の今頃に比べるとずっと良くなって、鉛筆やペンを頻繁に落とすようなことはほとんどなくなった。

だが、なくなったのがそれだけなら良いのだが、勉強時間も大いになくなった・・・昨年4月に就任した、あほでチキンでヘタレそれでも出張所責任者であるK主幹がつかえないのだ。

必ずしも人柄は悪くないのだが、短気でせっかちでいながら、気が小さく、大人気ない不満や禁句を漏らしたりするところがあり、“主幹”の地位にありながら、学識や教養の程度がお粗末らしく、日本語の使い方がおかしいことはいうに及ばず、公文書や報告書の類い一つまともに書けないという始末。

ましてや、物事を泰然自若として冷静に、大局的に観察して、作戦を二の手、三の手まで練り上げて、タイミングを見計らって、効果的に、臨機応変に諸手を打つということが得意中の得意の真逆、つまり苦手中の苦手らしく、都合良くかしこまり、少年のような舌足らずな白々しい“相談”の口上で小生に丸投げするなんざ日常茶飯事だ。

わが職場では、まるで、小生がドラえもん、K主幹がのび太君というキャストで、“のび太君”ことK主幹から泣きの懇願で擦り寄られ、“ドラえもん”こと小生がブツブツ文句を言いながらなけなしの“ポケット”から救いの便利アイテムを取り出しては尻拭い・・・そんな情けないドラマが日々展開されており、一部関係者の間では、“のび太君”と言えばだれを指しているか難なく察しが付くというこれまた情けない舞台設定が普通、常態と化している。

K主幹は、生来の精神的な弱さからか、ストレス性の皮膚炎などを患っているのだが、その日の朝になって体調不良を訴えて、突然休むなんてことも度々あり、早朝、出勤前の身仕度の折に携帯メールを確認すると、「体調が悪いので休みます・・・」旨のメールが届いていることも珍しくない。

そんな中、2016年司法試験予備試験短答式試験に備えなければ・・・というプレッシャーと焦りを胸に秘めて、何とか勉強時間を確保できるようになったと感じたのが本試験の1ヶ月くらい前だっただろうか!?

平日は早起きして、出勤前の一時間半程度、絶対量として足りないことは承知の上で勉強していたのだが、振り返るに、その時々の脳裏とか心理の状態は、絶望と冷静さがガチンコで絶えず動態的に拮抗していたような、ある種のトランス状態だったような気がしている。

だから、本試験当日に合格する自信などまるでなく、むしろ、完膚なきまでの敗戦の記憶と屈辱を心身に刻み付けるぐらいのつもりで本試験会場に臨んだ。

案の定、第1時間目の民事系3科目からして、例年より難しく感じた。特に民法は、非主要3科目以外の科目の勉強時間を確保するために極端なまでに勉強時間を削っていて、記憶の曖昧さから判断がにぶって、短時間でサクッと解答して手薄な科目に時間をかけるという必殺技の切れ味が悪くなり、そんな想定外の戸惑いは、知識の量と正確さが物を言う商法で小さな動揺と化し、圧倒的に手薄だった民訴では納得にも似た絶望を冷静に感じた。

その後のことだから、公法系、刑事系は、消化試合のように淡々とこなしたことしか記憶にない。

極め付けは、やはり最後の教養科目だった・・・“即死”とはこういうことをいうのかと実感させられた、というのが率直な感想だ。試験監督の「鉛筆を置いて下さい・・・」の一言と同時に、0点を確信して、ある種の清々しささえ覚えたぐらいだ。

6月9日、職場で一人残業しながら、淡々と法務省の“予備試験短答式試験の結果"を閲覧した。

小生:「んっ!?」、「あれっ!?」、「おやおや・・・!?」、「自分の受験番号は◯◯◯だったような・・・!?」、「落ち着け落ち着け・・・!!」、「よく見ろよく見ろ・・・!!」・・・(心の声)

「やっぱり奇跡・・・!?」・・・そうだとしか言いようがないというのが偽らざる心境だった。

相も変わらず職持ち“ドラえもん”受験生としてのハンディは恨めしく、手ごわく、シンドイし、情けなかったりもするが、一刻も早く、この“奇跡”を過去の良き想い出と化すアイテムを取り出そうと、なけなしも擦り切れて、つぎはぎだらけの“ポケット”を恐る恐る手探りしているといったところだ。お粗末。



右手首と右腕のケガが思うように完治しない・・・あの背中に冷や汗が吹き出す陰険な痛みに四六時中悩まされることはなくなったし、ごっついギブスともさよならしたので、ムレてはうんだり、かいたりして血だらけになることもなくなったのだが、右手の握力がほとんどゼロに近い感じで、食事でハシを使うこともままならず、デスクでペンを扱う時などは、書類の提出期限に間に合わなかったら・・・と不安どころか恐怖を覚えることさえある。

パソコンのキー操作だって、秘技“スロー電卓打ち”で「カチャカチャ・・・」なんとか凌いでいるという具合で、あまりに惨めな状況に「パソコンと初めて向き合った頃が懐かしい・・・」などと悔し紛れに現実逃避することを覚えた。

そんな調子だから、毎月ブログの更新をしようとパソコンに向き合うのだが、右手の握力が直ぐにバテるかのようになくなってしまうものだからどれも完成に至らず、ずっと下書きのまんま保存されていて、完治する頃にはどれだけ溜め込んでしまうかと思い巡らせては凹んでいる今日この頃だ。

そんなこんなで、5月17日、平成27年度 司法試験予備試験 短答式試験を迎えたが、毎日蓄積された疲労や若干の緊張も相俟って、鉛筆をしっかり握ることができず、マークするのが精一杯・・・今年度から最初の時限になった民事系3科目からいきなりため息モノだった。

今年度から最後の時限になった一般教養の頃には、もはや答案用紙や問題用紙に自分の名前すら書けないのではないかと不安になるほど握力は失われていたが、試験開始の合図があって暫らくして、トドメを刺されたような気がした・・・「解答に自信が持てる問題が一問も・・・!?」

昨年度の論文式試験の“刑事実務”で人生初の白紙答案を覚悟したが、右腕が腫れて脈打つのを感じながらの帰り道、「今年度は短答式試験でいきなり、人生初の0点をやっちまったかも・・・」とのマイナスならぬゼロ思考が脳裏をめぐるたび、背中が号泣したかのように冷や汗が吹き出し、握力を使い果たした右腕に激しく脈打つ心臓を感じた。

というわけで、結果はあきらめていた・・・4月以来、人事異動などで職場環境が大きく変化し、新しい上司の諸々の世話焼きや代行などから残業時間が増えて心身の疲労が蓄積するばかり、相変わらず勉強時間を確保するのは本当に難しかったからなおさらだ。

だが、6月11日、文書作成がめちゃめちゃ苦手な新しい上司に代わって、翌日が提出期限の報告書を「カチャカチャ・・・」スロー電卓打ちして作成し終えて時計を見ると22時・・・どうせダメだと思えば焦って帰宅する理由もなく、自転車でのんびり走って30分強でわが家に到着した。

いつもどおり、手洗い、うがい、鼻うがいを済ませて自分の部屋で私服に着替えて一息・・・法務省のHPを開いた。

「あっ・・・!!」、「あった!!」、「マジか・・・!?」・・・信じられない想いとホッとした気持ちからか、その日一日仕事で握力を使い果たした右腕に大きく脈打つ心臓を感じた。

司法試験の神様のささやかなご褒美か・・・握力は一向に戻らず、まともな答案を書くことはおろか、文字を書くことの不安も拭えないが、何もかも“ゼロ”ならば失うモノもゼロぐらいに開き直って、とにかく素直に感謝して、試験当日まで残された時間を大切に使って本番に臨みたい!!


 一昨年11月頃だったろうか・・・寝台特急『北斗星』に乗って函館に行った帰り、同じく寝台特急の『あけぼの』に乗り換えるために青森駅で途中下車し、『あけぼの』の出発時刻まで時間を潰そうと、以前から興味があった駅前のちょっと例えが難しい一風変わった建造物、その名も“ねぶたの家 ワ・ラッセ”に足を踏み入れた。


 生真面目に言うと青森市文化観光交流施設というやつで、青森ねぶた祭りの歴史や文化を映像や展示で紹介するミュージアムといえば伝わるだろう。関連グッズなどのお土産コーナーもお約束だ。


 そのワ・ラッセ・・・暇潰しでお気楽に入ったはずだったが、全館に響き渡るお囃子やどれもド迫力な展示物、ビデオ映像などに一瞬にして体中の血液が激しくほとばしるの感じるや、これまで経験したことのない勇壮にして幻想的な青森ねぶた祭りの魅力の虜にされてしまった。


 館内には、前年度に受賞した立派なねぶた山車の実物が数台展示してあるほか、歴代の受賞作品として山車の写真が誇らしげに飾ってあり、学芸員張りのスタッフが来館者の質問に答えたり、案内してくれる。


 わたしは、作者の生業や生活、公的支援などについて興味をもち、そのあたりをスタッフに尋ねたところ、「何度も受賞した経験のあるようなベテランの何代目何某級の作者はともかく、多くの作者は決して恵まれた環境にはない・・・」というような説明で、どこか予想しつつも驚きを禁じ得なかった。


 「来年の8月・・・かならずまた青森にねぶた祭りを見に来ます!!」・・・丁寧に案内してくれたスタッフにそう言い残してワ・ラッセを後にした。


 

 そして、昨年の8月、青森ねぶた祭り最終日フィナーレに青森を訪れ、お囃子に導かれる山車の駅前周辺の運行、受賞作品とお囃子隊を乗せた船舶による青森港の夜間運航、そして、フィナーレを飾る青森港の贅沢な打ち上げ花火・・・“あの日”ワ・ラッセでデ・ジャブーした以上の勇壮にして幻想的な光景に例えようもなく心地良く飲み込まれ、自分は青森県人ではないかと疑う中毒レベルの勢いで心底魅了された。



 それから丸一年たった今年8月、1月に『あけぼの』で知り合った司法書士の友人S君と臨時列車となった『あけぼの』で途中の秋田まで行き、秋田で臨時特急583系『青森ねぶた祭り』号(※写真参照)に乗り換えて青森へ・・・の乗り鉄ならではの贅沢な行程で、まず、青森ねぶた祭りの初日、お囃子に導かれる山車の駅前周辺の夜間運行(※写真参照)を二人でビール片手に満喫した。


 ちなみに、この『青森ねぶた祭り』号の車両583系は、高度経済成長期の昭和40年代に、世界初の昼夜兼用に開発された581系電車型特急列車の後継車両として量産化され、関東から東北、北陸などを中心に活躍したが、その後の新幹線のいっそうの高速化や利便性向上などを背景事情として、順次引退し、廃車されて、現在では、JR東日本秋田車両センターに所属する6両1編成だけが唯一残っている。


 その精悍な雄姿は、時代と世代を超えて、大人から子供まで魅了されて止まないが、不定期に臨時列車として運行されては廃車のうわさが実しやかに囁かれ、その度にファンは一喜一憂し、ひとたび運行の情報が流れればキップはあっという間に完売する・・・といった具合である。


 わたしもS君もその583系が大好きで、二人でいろいろ作戦を練ってキップを入手したのだったが、今回は、意外と運行情報が周知されていなかったようで、思いの外楽に入手でき、583系の鉄路も大いに満喫した・・・

                                                         (つづく・・・)

































 

























































平成26年度司法試験予備試験 論文式試験の全日程が終了した・・・昨年11月に負った右腕の手首と肘の怪我も癒えぬまま、仕事の激務と容赦ない猛暑も相俟って疲弊した。


むろん、戦果が芳しいはずもないが、切り替えのためにサクッと感想など・・・



まず、全体的には、いまさら・・・ではあるけれど、どの科目も、満遍なく、そして、丁寧に、基礎的な事項を反復することが肝要であり、とくに、勉強時間が絶対的に少ないわれわれ職持ち受験生はそれに尽きると確信した。


科目別についてだが、まず、憲法は、正直なところ、営業の自由と財産権についての応用問題ということくらいは分かったけれど、初日の最初の科目ということもあり、ちょっと気負ってしまったのか、悪魔の囁きに翻弄されて、結局、良く分からないまま強制終了。


つぎに、行政法は、問題の趣旨はそれなりに了解し、いろいろ書いてみたかったが、憲法でもたもた時間を食ってしまい、単語・短文調の論述(!?)に終始し、子供の作文の方がマシな出来栄え。


民法は、正直なところ、問題の趣旨は請負契約における瑕疵担保責任の基本中の基本を応用ちっくに問うということかな・・・という頼りない理解だけれど、短答式試験の勉強で蓄えた知識を頼りに頑張ったつもりだ。損害賠償請求の可否について、反対の考え方を踏まえた形での解答が求められており、多くの受験生を悩ませたようだが、あまり難しい議論を知らない自分的には、信頼利益と履行利益の問題としてシンプルに割り切ったことで気持ちは楽だった。


商法は、もたもたしている間に時間がなくなってしまい、問2は、初めて答練を受けてやっとこ書けたような初級レベルの出来を修正する余裕がなく、不本意ながら、民訴0点阻止のために強制終了。


その民訴だが、一問一答式の問いに戸惑い、時間不足の動揺と葛藤しつつ、条文を頼りに検討するも、テクニカルタームを書き漏らすなど、小学生の模擬裁判以下の出来栄え。


刑法は、とにかく書くことが多くて、結論に向けての論点の取捨選択に発狂しそうになりつつ健闘したが、最後の最後で罪数処理を一件失念。過剰防衛として処理した受験生も少なくないようだが、小生的には、犯意が主であることを理由に防衛の意思で切った。ただ、相当性にも触れて、問題文の事情を出来る限り吟味していることをアピールした。


刑訴も、書こうと思えばあれこれ書けそうな問題だったが、自白法則を中心に据えて、違法排除説から絡めやすい、あるいはあてはめやすいか・・・という観点から、偽計による取り調べや黙秘権不告知、秘密録音などの事実を検討した。おそらく、相対的には低いレベルだとは思うが、黙秘権告知の趣旨から違法の実質を論述した点は、自分的に満足している。


さて、民事実務だが、『問題研究』でもお馴染の基本事項の応用で、手に負えないという問題ではなかったものの、ボリューム大で、やはりヘビーだったと思う。見たこともない“準備書面”をでっち上げたり、不正確な論述も散見されるが、健闘したと思う・・・刑事実務を犠牲にして。


その刑事実務だが、民事実務の最後の倫理問題を殴り書きして残り時間約40分・・・受験生人生初の脳裏に浮かぶ“白紙”の二文字。よりによって、出たら困ると思いつつ、そんなまさかと前日に読み飛ばしていた、とくに職持ち受験生には日頃縁遠い超実務的な証拠関連手続・・・とても問題文の事例を丁寧に読み進めるゆとりなどあろうはずもなく、一夏分の汗を拭いつつ、設問と条文の字面を追い、事例を虫食い読みしてはでっち上げたの感。まともに実務的な勉強をしていないことがバレバレの拙い論述に超基礎的な条文の誤り付きで思い出したくもないが、とりあえず0点は免れたか・・・と祈るような思いだ。


最後に一般教養だが、いわば“エリート”の存在論について、先人の社会学的考察の具体的検討と現代日本社会における実践的検討を求める問題ということだろう。受験生(ごく一部かも知れないが・・・)にエリートとしてあるべき姿を考えさせるよすがを与え、その自覚を促そうという意図が見え隠れし、“親の心子知らず”、”子の心親知らず”のいささか滑稽なロマンチズムを感じたのは小生だけだろうか!?



それにしても、受験生人生初の白紙答案を覚悟した刑事実務の約40分・・・その絶望と冷静の狭間で、否応なしに後悔と猛省を強いられ、今後の勉強の方向性と取り組み方を矯正されるに十分過ぎるショックとスリルを味わった。以来、いまだ癒えない怪我の治療方法を見直そうと、セカンドオピニオンを模索するようになり、その意味でも、ショック療法になるかも知れない。



相変わらずの慢性的勉強不足に加えて、昨年11月の末頃に右手首の骨折(ひび)と右腕の筋の損傷で、ときどき冷汗が出るような嫌な痛みに襲われ、握力がほとんどない状態であるため、食事やはみがき、トイレの用足しさえも一苦労という始末で、ギブスと貼付薬のダブルかぶれにも悩まされ、ボロボロになった皮膚のいたる所から膿みと血が吹き出るという追い打ち・・・受験自体危ぶまれた平成26年度司法試験予備試験短答式試験だった。


鉛筆を握ろうとしても力が入らず、冷汗が吹き出てはあのいやな痛みに襲われて、解答欄にたった一筋のマークをすることもままならないという悪循環に見舞われる中、試験終了の合図とともに見直した解答用紙は、もがき、格闘した仔細を知らない試験監督員に注意されるのではないかと思うぐらいひどく汚れていた。


そんなこんなで当然ながら、過去3カ年のような“奇跡”など起こるはずもなく、司法試験の神様は、飽きず懲りない相変わらずの不肖者のオレ様に試験モノ史上最悪の試練とバツをお与えに・・・と、来年の本試験に向けて、自分の受験番号のない現実を目の当たりにして半強制的にでも気持ちをリセットしようと、法務省のHPを確認した次第。



今年度の合格点は昨年度と同じ170点・・・Oh,my God!?今度こそ正真正銘100%・・・試験モノ史上最高の“奇跡”としか言いようがない!!


司法試験の神様がお怒りに任せてわたしに放った“バツ”の矢を無造作にかわして「命拾いした~・・」というのが偽らざる正直な心境だ。



だがもちろん、そう安心してばかりもいられない。相変わらず右手の自由が利かず、ただでさえ蒸し暑い昨今、わが右腕は再度、ギブスで頑丈に固定され、仰々しくも包帯でぐるぐる巻きに・・・


史上最悪の試練と“バツ”ゲームはまだまだ続く(痒)



職場環境の急変と業務負担の激増、そして、右肘&右手首の負傷・・・どれもこれも、あれもそれもやっぱりそれは突然だった・・・



昨年2月に突然、新規事業の立ち上げを命じられ、4月に何とかギリギリセーフで5人体制の出張所を立ち上げ、50歳台後半のアキバ系ド変態にして、最近耳毛に悩む元課長のT主幹、要介護者的人材の超ベテランにして、お姉キャラがキモ過ぎるK職員、そして、気持ちも身体も弱く、直ぐにお腹痛を起こす後輩のS君らさえないメンツの尻拭いにも奔走し(平成25年度記事 『それは突然・・・2013(その一~その四)、『絶体絶命!!』参照)、半泣き、ボロボロ状態になりながらも、何とか初年度をこなして、今年度は少しは涼しい顔で仕事も勉強もやれるとホッと胸をなで下ろしていた矢先、当出張所は、昨年度1年間の思いがけない好実績が仇となり、人員削減の標的となって4人体制に・・・


昨年2月以来、コンビを組んでいた後輩S君・・・目を掛けて、あれこれ指導教育を惜しまず、辛抱強く叱咤激励し、ときに幹部連中の悪口や愚痴を人目もはばからず言い合うなど、あめムチの使い分けで尻を叩いたのも今は昔、一見昇進のようなその実、観察と再教育のようでもある不可解な名目で本庁に呼び戻され、人員の補充はなしというわけ!!


一方、昨年度1年間もっとも世話を焼いた要介護者的人材の超ベテランK職員が定年退職となり、もちろんそれは事前に知っていたし、後任として若手が配置される旨幹部連中の囁きも聞かれたので、「やっと介護ヘルパー業から解放される・・・」と、内心ニンマリしていたのだが、ふたを開けてみれば・・・のお約束である。


その後任のKZ職員・・・何と何と、K職員より年長さんで、大手百貨店でバイヤーなどをこなし、褒賞的肩叩きだか何だか、関連人材派遣会社を通じて大手都市銀行の警備員を務めたという経歴をもち、本人の誇りでもある。


いつでも、もめずに、涼しい顔で人員整理が行えるよう、上級監督官庁と本庁の幹部連中の意を受けた人事部が、経歴のブランドなどにこだわりつつ、ご都合主義の駒使いが利く人事枠を設けたらしく、その最初の獲物数人のうちの一人がKZ職員だった・・・とは後日談というやつ。


民間経験者であるし、およそ日本では知らぬ者がいないと言い切れる大手百貨店で勤め上げ、家族を養ってきたという実績・・・偉ぶれた感じがなく、穏やかな人柄からしても、業界違い、畑違い、そして、60歳越えのハンディキャップを差し引いても、慣れるごとに何でも卒なくこなせるものと期待していた・・・


が、その期待は無残にも打ち砕かれた。


挙げればキリがないのだが、集中力が短時間で途切れてしまい、およそ要領も悪いため、仕事にムラが多い。そういう人物にありがちだが、それほど重要でもないことに固執したり、もっともらしくアピールすることもあって、それだけならおめでたいだけで済むのだけれど、肝心なことが疎かだったり、かっ飛ばしていたりするものだから危なくて、うっかり気が抜けない。


また、不慣れのために教えたことが整理、消化し切れていないのか、あるいは生来のうっかり性なのか・・・大手企業で経歴を重ねてきた熟練者とは思えないぐらいケアレスミスが多い。公金の取り扱いミスも少なくなく、何とかリカバリーしているが、毎回、背筋が凍りつく思いだ。


パソコンや業務用の多機能電話機など、機械ものにも疎く、世話が焼けることは言うまでもない。


ついでに言えば、デスクワーク中ブツブツと愚痴や独り言が多く、また、低姿勢ではあるが、電話の応対

時、声がめちゃんこ大きく、他の職員の仕事や電話のやり取りなどに支障を及ぼすこともしばしば。


漠然とした印象だが、始めから、やること、なすこと、語ることのすべてがかなりズレていて、どれがというわけでもなく目の当たりにしては、戸惑いを隠せないことが多い。


当初、KZ職員の言動のあれこれは、クマのプーさん的なキャラクターはもともとわたしと相容れないとしても、業界違い、畑違いなどからくる職業人としての“哲学”の違いに由来し、教え諭せば何とか・・・と、好意的に解釈し、大チョンボや大事故にならないよう陰に表にサポートしてきたのだが、およそ2カ月程経過を観察した結果、誠に遺憾ながら、KZ職員には、少なくとも当職場が扱う公的な業務の本質について、“哲学”にしてもセンスにしても皆無であることを悟った。


「自分が採用されるとは夢にも思わなかった・・・」とはいつぞやのKZ職員の言葉・・・すべてを物語り、暗示していたのだと、ある種の後悔とともに思い出し、得心している。いずれにしても、KZ職員本人にとって不幸な再々職であり、ご都合主義でKZ職員を採用した人事部の罪深さは憤りを禁じ得ない。



さてさて、前回の記事にもあるとおり、昨年11月の末頃に右腕を負傷してしまい、半年が過ぎた現在も、医者通いが続き、慣れない親孝行のまねごとなどするのではなかった・・・と、“後悔先に立たず”を実感する毎日だ。


右手首の骨折(ひび)と右腕の筋の損傷で、ときどき冷汗が出るような嫌な痛みに襲われ、握力がほとんどない状態であるため、食事やはみがき、トイレの用足しさえも一苦労という始末で、ギブスと貼付薬のダブルかぶれにも悩まされ、ボロボロになった皮膚のいたる所から膿みと血が吹き出るという追い打ち・・・平成26年度司法試験予備試験短答式試験の受験自体危ぶまれた。


がしかし、「オレ様にだって意地と根性の欠片ぐらい・・・なまじこんなものがあるから痛がるんじゃあー・・!!」と、本試験数日前にギブスも包帯も取り去ってやった。


当然のことながら、右腕は肘から手のひらにかけて言葉で表現するには憚れる状態だったが、「ざまあ見やがれ・・・」と何やらスッキリして、晴れやかな気持ちになり、肝心の勉強はというと史上最低をめまいがしそうなハイスコア―で更新するほどの不足ながら、患部が人目に触れることがないようガーゼをあてがい、長袖シャツで隠して臨んだ5月18日の本試験だった・・・



が、そんな浅はかで、愚かしい不肖な“オレ様”に、司法試験の神様は、これまた試験モノ史上最悪を更新するような試練とバツをお与えになられた・・・


司法試験関連に限らず、これまでの試験モノ史上最悪の試練は、昨年平成25年度短答式試験中の“下○”だと確信していたのだが(平成25年度記事 『“ジェットコースター”@早稲田大学15号館』参照)、今回は、そのような笑える後日談のレベルではなかった。


試験監督員に促されるままに、解答用紙などに自分の名前と受験番号を書くあたりまではよかった。


ところが、いざ第1限目の一般教養科目の試験が開始されるや、問題を検討した結果を解答欄にマークしようにも、鉛筆をしっかり握ることが出来ず、手のひらに乗せているようにしか保てない。解答欄にたった一筋のマークをすることが出来ないのだ。無理に鉛筆を握ろうとしても力が入らず、冷汗が吹き出てはあのいやな痛みに襲われるという悪循環に見舞われた。


「やばいやばい・・・」と、焦れば焦るほど右手の自由は利かなくなり、試験終了の合図とともに見直した解答用紙は、もがき、格闘した仔細を知らない試験監督員に注意されるのではないかと思うぐらいひどく汚れていた。


そのことによる精神的なストレスと疲労は、そもそもの勉強不足と相俟って、第2限目以降の法律科目の問題検討と解答に大きく影響し、とくに刑事系は惨敗という他ない。さすがに第4限目の刑事系の頃には心身ともに疲れ果て、脳も右腕も機能停止に追い込まれてしまっていたのだ。




仕事関係も健康管理も何もかも、試験モノにおいては、懺悔などでは済まされない致命的なわが身への罪深さだが、今年度本試験戦果のバツの痛みに目を背けることなく、来年度の本試験では、何があっても苦しくても淡々飄々と合格を勝ち取るつもりで、この記事を処方箋代わりにあれこれと治癒に努めたい。


祟ったのは司法試験の神様だけでなく、かかり付けの医者にもこっ酷く叱られてしまい、ただでさえ蒸し暑い昨今にタイムリーな負傷の“バツ”ゲームとばかりに、わが右腕は再度、ギブスで頑丈に固定され、仰々しくも包帯でぐるぐる巻きにされてしまった・・・(痒)






昨年11月の末頃に右腕を負傷してしまい、半年も過ぎようかというのに、医者通いが続く毎日だ。慣れない親孝行のまねごとの家事でちょっと無理をしたのがいけなかった。


右手首の骨折(ひび)と右腕の筋の損傷で、医者によれば重症らしく、なるほど、いまだに冷汗が出るような嫌な痛みが引かず、握力もほとんどない状態で、食事やはみがき、トイレの用足しさえも人苦労という始末だ。


ギブスと貼付薬のダブルかぶれにも悩まされ、痒いだけならまだしも、ボロボロになった皮膚のいたる所から膿みと血が吹き出るものだから、なおさら応える。



先日、早稲田セミナー(TAC)の予備試験短答式公開模擬試験を受験してきた・・・プレ敵前逃亡と嘲笑されても致し方ない勉強不足もあったが、鉛筆を持った右手の動きが解答のペースについていけず、マークシートの塗りつぶしさえも満足に出来ないことを思い知り、さすがに愕然として冷汗が止まらなかった。


ここ数年来、職場環境の激変、激務に翻弄されかかり、職持ち受験生としては泣きっ面を隠せないが、本年度もやっぱりそれは突然・・・ということで、勤務先の出張所の組織改編と人員削減という寒冷前線が停滞していっそう雨模様の泣きっ面に“はち”ならぬひびときたもんだ!?


右腕の握力がないというただ一事のために、日常、周囲から悪ふざけをしているではないかと誤解されるほどにあれこれと物を落とすようになってしまい、冷や冷や、ドキドキ、凹みもする・・・がっ、いやいやなにくそ、試験だけは落としてなるものかーっ!!


(痛てて・・・)

遂にラストラン・・・寝台特急『あけぼの』の半世紀近い定期運行の歴史に幕が下ろされた。写真は、3月14日金曜日上野駅13番線ホーム、最後の発車メロディー「あゝ上野駅」を待つ『あけぼの』だ。

駅員、警備員、そして、警察官総出の厳戒態勢の中、酔っぱらった学生連中か、意味不明のシュプレヒコールor奇声、罵声を上げるなどしたため、鉄道警察隊や軽装の機動隊が出動して騒然となる場面もあったが、出発時、運転士がサービスで今迄聴いたことがないくらい長い時間汽笛を鳴らし響かせると、「おお~っ・・・」と湧き上がるような歓声が上がり、間断なくシャッターが切られ、皆口々に「ありがとう・・・」、「お疲れ様・・・」などと絶叫し、運転士他乗務員さんや車窓の乗客の方々と手を振り合ってラストランを見送った。

出発間際、誰からともなく『あけぼの』コールが起きた瞬間、万感の想いがこみ上げるとともに、頭の先から足の先まで、鳥肌が立つというわけでも総毛立つというわけでもなく、何やら心地良い静電気のベールにでも包まれるかのような不思議な温もりを覚えた。




一昨年9月下旬、JR北海道管内のかの江差線貨物列車脱線事故による『北斗星』運休という“運命のいたずら”に導かれるように、『あけぼの』で遅咲きのブルートレインデビューを果たして1年半・・・『北斗星』などのようにビュッフェ(食堂)や車内販売サービス、シャワールームやロビーなどの施設こそないが、素朴でやさしい静寂と温もりに包まれた“ゆりかご”の魅力に一目惚れし、以来、特別の想い入れをもって寄り添ってきた。

それだけに、『あけぼの』定期運行の廃止は、言葉では尽くしようのないさみしさと心の拠り所を引き裂かれるような傷みを禁じ得ない。


でもでも・・・『あけぼの』の“ゆりかご”に揺られる道すがら、秋田から青森に続く美しい景色に癒され、JR職員の方々や乗り合わせた乗客の方々などとの忘れ得ぬ出会いに和み、数々の楽しい想い出に満たされたことは確かであり、何物にも換えがたい無形の財産となったし、土産話にも事欠かない。

下記は、決して忘れ得ぬ一昨年9月の『あけぼの』との馴れ初めに関する記事(『いざ函館へ・・・(その2)』2012年9月23日付け)だ。実を言うと、「(つづく・・・)」などとしておきながら、スル―したままだった。以降、『あけぼの』に寄り添ったその時々、所々で撮り貯めた想い出の写真もたくさんあり、機会ある毎に、土産話と併せてアーカイブ的にアップしていけたらと思っている。

                               

                                記


9月13日木曜日18時頃・・・旅人は、JR上野駅13番線ホームが見通せる、中央改札口前スペースにたたずみ、静かに“その時”が訪れるのを待っていた。


いざ函館へ・・・あと1時間もすれば、寝台特急『北斗星』札幌行きの車中のひととなる。とりあえず、一番肝心のキップと多少の現金の用意は問題なし。車中での至福のディナーとなろう駅弁もGETし、ちいとばかしトランス状態だったかも・・・(恥)


13日も熱中症が心配されるような夏日まっ盛り・・・旅人は、汗だくになりながら、買い貯めた本類で一杯の重いリュックをその背に負い、着替えや清涼飲料水などをたくさん詰め込んではち切れそうなキャリーバッグをその手に引いていたが、旅人の表情は、御光でも射しているかのごとく晴れやかだったに違いない。



がしかし・・・



構内アナウンス:「ピンポンポンポ~ン・・・寝台特急『北斗星』をご利用のお客様にお知らせ致します。」


旅人:「んっ・・・!?」



構内アナウンス:「19時03分発 寝台特急『北斗星』札幌行きは、江差線脱線事故の影響により、運転を取り止めております。ご迷惑をお掛けし、申し訳ございません。」


旅人:「えっ・・・!?」(ともかく13番線ホームに向かって爆走・・・)


すると・・・江差線脱線事故の影響により津軽海峡線の復旧の見込みが立たない現況、そして、北海道方面への列車での旅行の中止要請が書かれた告知板が、13番線ホームの車止め正面付近にいつの間にか置かれていた。


旅人:「これは、ゆめや妄想では・・・!?」

    

    「えっと、、、今朝8時頃起床して、朝食に卵ぶっかけご飯、トイレで踏ん張って、洗濯、準備・・・」


    「きゃははは、、、夏休第1日目はこの瞬間のためにってか!?」


    「うそじゃ~~~・・・」


    「脱線した貨物列車の運転手、、、いま直ぐ来~い・・・線路の枕木にしちゃるどぉ~~~っ!!」

   

    

どんなに嘆き悲しみ、発狂しても、『北斗星』が13番線ホームにその雄姿を見せるはずもない。旅人の思考は数分間停止した・・・が、



旅人:「見てろよ、、、絶対に行っちゃるどぉー・・!!」


    「ホテルのキャンセル料・・・ふざけろって!!」


    「各駅停車の普通列車を乗り継いででも函館まで行っちゃるどぉー・・!!」


    「飛行機なんぞ絶滅危惧種じゃ~~~・・・ガオガオ~っ!!」



その瞬間・・・


旅人:「オッオ~・・」(※アニメや娯楽番組などで、登場人物がひらめいたときなどに使用されるカッコウやハトの鳴き声のような効果音)


    「そういえば・・・『北斗星』の後発に○森行きの寝台特急『あ○○○』があったはず!?」


    「『○・け・○・○』、『○・○・ぼ・○』、『○・○・○・の』・・・(×∞)」


    「空席ヨロピク~~~・・・ガオガオ~っ!!」


旅人は、ときに重いリュックとはち切れそうなキャリーバッグに翻弄されながら、猪突猛進のごとく、ガラス張りの扉を突き破らんばかりに、“みどりの窓口”へ突進して行った・・・


(つづく・・・)


やばいやばい・・・勉強せにゃー・・っ!!