それは、僕を含め多くの方々が受験生時代に対面する疑問でしょう。
数学は暗記科目だ!と宣言する書籍も数多く存在しますが、真相はいかに…。
まずは、こちらの画像をご覧ください。

これは、僕なりの考えを画像としてまとめたものです。
ピラミッドの下に位置する知識は、例えば公式。
数多くの公式が存在しますが、その有用性はとても高いです。
ピラミッドの上に位置する知識は、例えば定石。
「この問題に対してはこうする!」
といったものですね。
覚えたことに対して、ピンポイントに出題されれば瞬殺できるのでとても心強いですね。
デメリットは、使える場がとても狭いという事です。
暗記が最強と豪語する書籍は、これら全てを覚えることを主張しているんですね。
ところがここで疑問が生じます。
ピラミッドの頂点まで覚えたところで、全ての問題に対応できるのだろうか。
これは、難関大を志す皆さんには否と声を大にして言いたい。
例えば、有名な京大の過去問(2006年・後期)
tan1°は有理数か。
という問題に、定石が存在するのでしょうか。
難関大ほど、数々の定石が通用しない、かつ高校数学の本質を問うような問題が出題されるのです。
東大生が、教科書だけ読んでいたと主張するのは、彼らの知識の運用能力が並はずれて高い事に由来している事も分かります。
例えば上記した問題なら、極論ですが加法定理さえ理解していれば解けます。(東大生を引き合いに出して、京大の問題を例に出すのはおかしいと思われる方もいるかもしれませんが、難関大生には共通している事なので…。)
すなわち、ピラミッドの最下部を暗記していれば解けるはずという事です。
しかしこれは、僕がブログの対象にしている偏差値50ほどの方々には難しいのではないでしょうか。
僕にはそのような知識の運用は無理でした。
なので、僕の場合はピラミッドの紫からピンクのあたりまでを覚えました。
正確には最下部のみを「暗記」してそれ以上の個所は数多くの問題を浴びることによって、体に覚えさせたと言った方が正しいかもしれません。
個人的にはこれが最もいい方法だと思います。
「数学を暗記している方々に問う、ではなぜあなたは過去問をやるのか。」
これが、「確かに矛盾だ」と感じていただけた方々には僕の言いたいことが伝わったかもしれません。
今回は、こういう方法がいい!というより個人的見解による暗記数学の否定でした。