震災から1年。
ちょっとだけ本音をポロリしてみようと思う。
俺は現在は宮城、実家は宮古。
ともに被災地と呼ばれる地域に住んでいる。
でも、地震が起きたって、津波が来たって、
俺自身が被害を受けた訳でもなんでも無かった。
食料だって朝早く起きてスーパーが開店するのを待てば
数時間でモノが買える状態だ。
ガソリンも灯油も並べば必要最低限手に入る。
電気は早めに復旧した家庭に避難して、
ガスは無くとも、水道も割と早めに復旧した。
そして、事態が事態なだけに仕事は休みになり、
生活の事だけを考えればいい訳だから
さほど苦には感じなかった。
しばらく夜は電気の無い生活が続いたが、
それはそれで、そこまでの不自由は感じなかった。
関東や関西から見たら、こんな俺の生活にも
同情の眼は向けてくれるのだろうけれど、
俺にとっては本当に大した事ない問題だと思ってた。
まぁ、当たり前の生活かと言われれば答えはNo。
だけど、だからと言って辛いか?
と、言われればそこまで辛いとは思わなかった。
いや、正確に言えば思えなかった。なのかもしれない。
津波によって、家屋が破壊されれ、
街全体が壊滅した地域が身近にあったからだと思う。
そういう人たちに比べれば俺なんて全然ましだ。
もっと苦労している人たちが居るのだから
その人の為に何か出来る事はないか??
そういう思いばかりが先行していた。
ただ、それと同時に被災地域に住む一部の人間に憤りを感じる事もあった。
時間がたつと、生活は元通りになって、
同じ被災地域と言われながらも明らかに格差が出て来た。
街は確実に復興しているよ!!と、言う者。
まだまだ何にも復興なんかしていない!!と、言う者。
大切な誰かを失って時間そのものが止まってしまっている人。
1km内陸に入るだけで、1km非難エリアから出るだけで、
たったそれだけの距離でも天国と地獄の線引きがされている。
20代で職を失う事と、40代で職を失う事では全く違う。
震災当初から思ってた。
お前が被災者面すんな!!って人間がいっぱいいた。
確かに大変かも知れないけれど、もっと大変な人いっぱいいるだろ!?
当たり前の生活が出来ない、ただそれだけで被災者面してる人間が嫌だった。
ガソリンが手に入らなくて本当に困ってると言う人間も、
よくよく話を聞いてみれば家から車で20分の職場へ行く手段が無いからだとか。
ガソリンが無いから買い物にも行けないとか訳分かんないこと言ってたり。
自分の家が近いのに余震が怖いからと言って会社に避難して来て、
1人あたり1枚以下の毛布をひとりで3枚使うようなやつが居たり。
スーパーに並んでも食料手に入らないからと言って、
会社の保存食を大量に持ち帰る人。
困っている事はないか?と聞くと、もらえるものは何でも欲しいよ!
とか、いうやつとか。
あんな事が起きたんだもん。
本当につらい思いをしてた人も多かったのは事実。
自分は被害が無くても津波に寄って破壊された地域に身内を残していて、
一刻も早く駆けつけてあげたくて車にガソリンを入れている人もいただろう。
住む家が流されたから無いから車で温まるしかないって人も居ただろう。
大量の食糧を避難所で苦労している方々に届けたかった人も居ただろう。
正直ね、俺も含め震災の翌日からスーパーに並ぶ事が出来た人間。
こんな人達は被災者面しちゃ絶対に駄目だと思うんだよ。
あの日住む家も無くなって避難所暮らしをしてた方々に比べたら
食料確保がままならなかったとか、ガソリンが手に入らなかったとか
仕事に行けなかったとか、風呂に入れなかったとか…
被災地域に住んでいはいるけれど、あの状況では大きな問題ではなかったよね。
確かに困っていたかも知れないけれど、近くにもっと大変な人たちがいるのに、
自分さえよければ…的な発想を持っている人間を多く見た気がした。
本当に大変な想いをしているのは誰なのか。
そしてその人たちが求めているのはなんのか。
これからの支援というものはそういう見極めも大事だと感じている。
募金を集めて渡そうと思った同級生の中に、
受け取りを拒否した女性が居た。
気持ちは凄く嬉しいけれど、私は受け取れない。
もっと困っている人に渡して欲しい。と。
その子は鍬ヶ崎の他にももう一軒、家があったらしい。
鍬ヶ先の家は全壊だがもう一軒は床上浸水。
私の実家はまだ住めるからもっと困っている人に使って。と。
与えられたら甘えるのは仕方のない事。
それを断るのはどういう理由があっても、
なかなか出来る事ではないと思った。
みんながみんなこのように現実を見つめる事が出来て、
その通りに行動する事が出来るならば、
もっともっと復興は加速するんじゃないのかな…と思った。
本当に必要な所に多額の資金を注げるようになるんじゃないかなと。
支援・援助とかいっても与えられてばかりでは駄目なんじゃないかな。
やっぱり大事なのは自ら立ち上がり一歩を踏み出す事じゃないかな。
一年経過した今、どこかで気持ちを切り替える必要もあるんじゃないかな。
3.11
PM2:46
テレビを見ながら黙祷をした。
沈黙の中、1年を振り返った。
色んな事を一気に思い出した。
何故だか一気に涙が溢れて来た。
何の涙だったのか、自分でも分かんないけど、
2度とこんな思いをしたくないとだけ思った。
ちょっとだけ本音をポロリしてみようと思う。
俺は現在は宮城、実家は宮古。
ともに被災地と呼ばれる地域に住んでいる。
でも、地震が起きたって、津波が来たって、
俺自身が被害を受けた訳でもなんでも無かった。
食料だって朝早く起きてスーパーが開店するのを待てば
数時間でモノが買える状態だ。
ガソリンも灯油も並べば必要最低限手に入る。
電気は早めに復旧した家庭に避難して、
ガスは無くとも、水道も割と早めに復旧した。
そして、事態が事態なだけに仕事は休みになり、
生活の事だけを考えればいい訳だから
さほど苦には感じなかった。
しばらく夜は電気の無い生活が続いたが、
それはそれで、そこまでの不自由は感じなかった。
関東や関西から見たら、こんな俺の生活にも
同情の眼は向けてくれるのだろうけれど、
俺にとっては本当に大した事ない問題だと思ってた。
まぁ、当たり前の生活かと言われれば答えはNo。
だけど、だからと言って辛いか?
と、言われればそこまで辛いとは思わなかった。
いや、正確に言えば思えなかった。なのかもしれない。
津波によって、家屋が破壊されれ、
街全体が壊滅した地域が身近にあったからだと思う。
そういう人たちに比べれば俺なんて全然ましだ。
もっと苦労している人たちが居るのだから
その人の為に何か出来る事はないか??
そういう思いばかりが先行していた。
ただ、それと同時に被災地域に住む一部の人間に憤りを感じる事もあった。
時間がたつと、生活は元通りになって、
同じ被災地域と言われながらも明らかに格差が出て来た。
街は確実に復興しているよ!!と、言う者。
まだまだ何にも復興なんかしていない!!と、言う者。
大切な誰かを失って時間そのものが止まってしまっている人。
1km内陸に入るだけで、1km非難エリアから出るだけで、
たったそれだけの距離でも天国と地獄の線引きがされている。
20代で職を失う事と、40代で職を失う事では全く違う。
震災当初から思ってた。
お前が被災者面すんな!!って人間がいっぱいいた。
確かに大変かも知れないけれど、もっと大変な人いっぱいいるだろ!?
当たり前の生活が出来ない、ただそれだけで被災者面してる人間が嫌だった。
ガソリンが手に入らなくて本当に困ってると言う人間も、
よくよく話を聞いてみれば家から車で20分の職場へ行く手段が無いからだとか。
ガソリンが無いから買い物にも行けないとか訳分かんないこと言ってたり。
自分の家が近いのに余震が怖いからと言って会社に避難して来て、
1人あたり1枚以下の毛布をひとりで3枚使うようなやつが居たり。
スーパーに並んでも食料手に入らないからと言って、
会社の保存食を大量に持ち帰る人。
困っている事はないか?と聞くと、もらえるものは何でも欲しいよ!
とか、いうやつとか。
あんな事が起きたんだもん。
本当につらい思いをしてた人も多かったのは事実。
自分は被害が無くても津波に寄って破壊された地域に身内を残していて、
一刻も早く駆けつけてあげたくて車にガソリンを入れている人もいただろう。
住む家が流されたから無いから車で温まるしかないって人も居ただろう。
大量の食糧を避難所で苦労している方々に届けたかった人も居ただろう。
正直ね、俺も含め震災の翌日からスーパーに並ぶ事が出来た人間。
こんな人達は被災者面しちゃ絶対に駄目だと思うんだよ。
あの日住む家も無くなって避難所暮らしをしてた方々に比べたら
食料確保がままならなかったとか、ガソリンが手に入らなかったとか
仕事に行けなかったとか、風呂に入れなかったとか…
被災地域に住んでいはいるけれど、あの状況では大きな問題ではなかったよね。
確かに困っていたかも知れないけれど、近くにもっと大変な人たちがいるのに、
自分さえよければ…的な発想を持っている人間を多く見た気がした。
本当に大変な想いをしているのは誰なのか。
そしてその人たちが求めているのはなんのか。
これからの支援というものはそういう見極めも大事だと感じている。
募金を集めて渡そうと思った同級生の中に、
受け取りを拒否した女性が居た。
気持ちは凄く嬉しいけれど、私は受け取れない。
もっと困っている人に渡して欲しい。と。
その子は鍬ヶ崎の他にももう一軒、家があったらしい。
鍬ヶ先の家は全壊だがもう一軒は床上浸水。
私の実家はまだ住めるからもっと困っている人に使って。と。
与えられたら甘えるのは仕方のない事。
それを断るのはどういう理由があっても、
なかなか出来る事ではないと思った。
みんながみんなこのように現実を見つめる事が出来て、
その通りに行動する事が出来るならば、
もっともっと復興は加速するんじゃないのかな…と思った。
本当に必要な所に多額の資金を注げるようになるんじゃないかなと。
支援・援助とかいっても与えられてばかりでは駄目なんじゃないかな。
やっぱり大事なのは自ら立ち上がり一歩を踏み出す事じゃないかな。
一年経過した今、どこかで気持ちを切り替える必要もあるんじゃないかな。
3.11
PM2:46
テレビを見ながら黙祷をした。
沈黙の中、1年を振り返った。
色んな事を一気に思い出した。
何故だか一気に涙が溢れて来た。
何の涙だったのか、自分でも分かんないけど、
2度とこんな思いをしたくないとだけ思った。