長崎伝習所は、幕臣だけではなく、広く、全国の諸藩から、優秀な人が集められました。

 

阿部正弘は徳川幕府だけではなく、日本の将来を視野に入れて、人材を広く登用しました。

 

しかし、過労のため、39歳の若さで亡くなります。

 

そのあと、幕府は、海軍の創設のために、すごい勢いで、船を買いあさります。

 

ペリーが来た14年後には、アメリカ東洋艦隊の7割くらいの数の船を整備しました。

 

阿部正弘の死後、老中には、堀田正睦という人が老中になりました。蘭学に詳しい、開国派の人です。

 

この人を登用したのが、あの井伊直助です。

この時、日本の領事になったのは、ハリスで、彼は幕府に、和親条約から一歩進んで、日米通商条約の締結を迫ってきます。

 

彼の論法は、こうです。

イギリスと、フランスが、日本の侵略を狙っている、それに対抗するために、アメリカから大量に武器を買え。

という事です。

 

このころ隣の清国でアロー号事件というのがあり、清国の人間が、アロー号のイギリス国旗を勝手に引きずりおろしたという事だけで、

イギリスと、フランスの合同軍は、清国に戦争を仕掛け、結局、天津条約という相当清国に不利な不平等な条約を結ばされます。

 

アヘンも売りつけられ、清国の崩壊がここから始まるのですね・・・・

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