雌阿寒岳登山は霧の中

北海道(オンネトー)滞留

5時起床、テントの外を見る。相変わらずの曇り空、ここのところこんな空模様がずっと続いている、気温もかなり低い、息も白い。間違いなく蝦夷梅雨に入ったのだろう。朝飯をすませ、夕べは登山の準備を全くしていなかったので、食器を炊事場に持っていって水に浸してから荷物をまとめ、テントを出る。キャンプ場駐車場の片隅から登山口が始まっているので、登山はそこからスタートする。入り口入って暫くの所に登山者名簿があるので必要事項を記入、時刻は6時半くらい、しかし既に2人ばかり登っている人が居るようだ。

オンネトールートの前半は明るい森林の中を少しづつ登って行く様になっている。昨日はまる1日雨が降りつづけたので、さぞかし湿気が多いのだろうと思っていたが、気温が低いのと少々風が出ているお陰で鬱陶しいというほどではない。しかし、体が温まってくると途端に汗が出てきたので着ていた雨合羽の上を脱いでデイバッグにしまった。たとえ通気性が良いとされるゴアテックスの雨合羽でも汗をかいたら雨が振っていない限り脱いだ方がずっと楽だからだ。今回は腕時計を自宅に忘れてきてしまったので、携帯電話が唯一の時刻を知る手ががりとなっている。ペース配分もいつものように勾配の緩い所では1時間ごとに休憩、登りがきついところでは30分ごとに休憩をとるようにしている。こんかいは携帯電話をいちいちバッグから取り出して見るのは邪魔臭いので、休憩時間ごとにアラームが鳴る様にセットし、アラームがなった時点で適当な場所を見つけて水の補給をすることにした。

平日ともあってか、今までだったらお盆の季節に登山をしているので何処の山でも休憩をすると、熊避けの鈴の音が聞こえてくるのだが、今日は全く聞こえない。自分の前後に殆ど人がいないということか。天気の悪さもあってか森の中は小鳥のさえずりも少なく、しんとしていてしょうしょう不気味ではある。5合目から早くも這い松が目に付くようになってきた、遠くで「ゴー」という滝のような何かの音がする。雌阿寒岳は活火山だから恐らく噴煙を噴出している音だろうか。視界が開けるのが早い、やはりこれだから北海道の山はいい。ただ、視界が早く開けたのでどうしても頂上はどこだと気にしてしまう。ところが、曇り空なのと風が出ているせいか山の殆どが雲に隠れていて何処が頂上で何処が尾根なのかも確認する事は出来ない。「まぁ、ピーカンの時にしか登りたくないって言う山でもないから・・・」と自分に言い聞かせて、歩を進める。7合目からはガイドブックの地図では「お花畑」とあったが、咲いているのはリンドウのような花と小さな名前の知らない高山植物がチョボチョボと咲いているだけ、時期が早すぎたのだろうか、それとも遅かったのか?自宅出発を早くしたのはこう言うところでの高山植物が一斉に花を咲かせている所を見たかったからだったのだが、どうも寂しい限り。しかし、登っていて思ったが標高が高い山の割りには、登りが相当に楽だという事。景色が早い段階から開けてくれたのもあるのだろうが、あまり足がパンパンにならないのだ。そうこういっているうちに8号目にさしかかる。這い松帯が終わり足元はガレ場になる。でもここのルートは比較的ポピュラーなのだろか、足元さえちゃんと注意していればルートの地盤はしっかりとしているしルートを示す赤いペンキや看板もちゃんと整備されていて見落とす事は先ず無い。ここらへんで、右手には雌阿寒岳の寄生火山である阿寒富士がある筈なのだが、それを伺わせる富士山のような稜線が半分ほど見える位で、頂上はやはり雲の中だ。



登山を開始して丁度3時間。山頂に到着。勿論霧の中だ。先客も数人居る。気温の低さと快適な登山ルートのお陰でヘロヘロにならずに登りは終わった。こんな楽な登山もちょっと久しぶりかもしれない。霧のせいで顔の区別も殆どつかない中、先客に挨拶をして適当な場所で早い昼とした。しかし、歩みをやめて座り込むと急に寒さがきつくなった。すぐにしまってあった雨合羽を着込む。汗だくにならないうちにカッパは脱いでしまったので、来た時の不快感はない。視界は持ってきた弁当を食べている間も、あまり変化は無い。時々霧が薄くはなるが、周りの山容が確かめられるほどではない。だから、山頂に登っても何処に火口があるのか良く分からないのだ。唯一それが有ると言う事を教えてくれる手がかりは、立ち入り禁止のトラロープが張ってあると言う事だけ。背後では先ほどからずっと聞こえている噴火口の重苦しい音が鳴り続けている。勿論霧で全くその様子が見えないので、その音からして相当大規模で、しかも近くにあるのかもしれないと期待はしていた。その内自分の近くにいた登山者の一人が声を掛けてきた。
「真っ白ですねぇ・・・・・」

その通りではある。
「でも、時間が早いから自分はこのままちょっと粘ってみるつもりですよ」

と言ったら、その人もかれこれ30分前からここにいて霧が晴れるのを待っているのだと言う。確かに、視界は無い。だが、時々霧が薄くなるのだろうかほんのりと温かさを感じる時があるのだ。期待はしていいかもしれない。それに、登りが楽だったから下りも楽な筈、頂上でかなりの間粘っても下山するには相当の余裕があるはずだ。声を掛けてきたのは、東京から来たと言うK氏。彼はかなりの山屋でこの雌阿寒岳以前にも何箇所か登ってきたらしい。そして、この後は知床に行って羅臼岳に登るのだと言う。しかも、明日登るつもりだと言っている。え?ちょっと待って。ここから知床までは180キロ以上の距離がある、いまから下山して走っても(彼は自前の車で来ていた)夕方遅くの到着になるはず。そして、その翌日には登山するって?たしか羅臼岳は羅臼側からだと5時間以上掛かる筈。反対のウトロ側からも上りでは4時間位かかると聞いている。本気で登るつもりなのだろうか。しかも彼はここで霧が晴れるまでギリギリまで粘ると言っている。自分は麓に降りればすぐキャンプ場だからどうにでもなるが、つくづくタフな人だと思った。

K氏ともう一人の登山者の人と色々と寒さに震えながら、お話をしている間に昼になったからだろう、続々と後続の登山客が山頂に到着。しかし相変わらずの視界の悪さでがっかりしてか、軽く食事を取り記念写真をとった後は直ぐに下山していってしまう。特に、雌阿寒温泉から登ってきたと思われる30人ほどの団体さんは、下で待つバスの時間の関係でだろうか、頂上に居る間は騒々しくてたまらなかったが、ものの10数分ほどで潮が引いたように居なくなってしまった。その直後である、まず回りの気温がぐっと上昇したのを感じた瞬間、いきなり正面の視界に青空が見えたのである。「晴れた!」と叫んでカメラを取り出す。青空が見えている方角は雲が流れてくる方向である、ということは山頂の視界が晴れれば背後の噴火口が見える筈・・・そう思ったのだ。予想は的中した。まるで白い巨大なカーテンを引いたように、茶色の巨大な噴火口が姿を現してくれたのだ。頂上に残っていた数人の登山客が一斉に散り散りになり、それぞれに写真をとったり、トラロープを乗り越えて崖のギリギリまで体を乗り出して、下を覗き込もうとしている。やはり、この山の噴火口の大きさは只者ではなかった。流石にその規模は阿蘇山には譲るものの吸い込まれるような切り立った崖は凄い迫力である。そして、ずっと気にしていた噴煙音の正体も写真に納める事に成功。
しかし、あんなに大きな音で聞こえているにも拘らず、その場所は噴火口のまったく反対側にあり、それもかなり遠い。直線距離にして1~2キロくらいはあるだろうか。あんな遠くの噴煙音がこんなに大きく聞こえると言う事は、傍に寄ったらそうとう大きな物であるに違いない。確かにこの山は生きている。正面に見える噴煙口以外からも、数箇所から噴煙というか水蒸気がもうもうと立ち登っている。過去に登った十勝岳と同じくらい活動は活発なようだ。去年はまる一年近く活動が活発だったので、登山は勿論の事オンネトーのキャンプ場も閉鎖されていた。だが、キャンプ場から登ってそんなに離れていない場所で(地図上では)、これだけの規模の火山活動があるのだから、確かに閉鎖されてもおかしくは無いだろう。ここで初めて納得した。さて、目的の物は見たし後は下りるだけである。K氏ともう一人の雌阿寒温泉から登ってきたと言う人は、この後もっと霧が晴れそうな気がすると言うのでもう少し粘ると言っている。
2人を残して自分は下山開始。しかし、途中で靴紐を下山用に結びなおすのを思い出し、立ち止まって紐を結んでいたら熊避けの鈴の音と共に2人が下りてきた。「見えましたか!」
と聞くと、2人は顔を見合わせて、首を振る。「なんか、兄さんが下りて行った後急に霧が今まで以上に濃くなってきたので、もう止める事にしたんです」との事。なんだ、それじゃまるで自分のせいで霧が濃くなったように受け止められるではないか、そんな事は無いのだが。と言うことで3人でワイワイと話しながら下山を再開。上りでは半分も見えなかった阿寒富士が、下りの時は三分の二程まで見えた。しかし、あの富士山のような見事な山容は下りながらしきりに気にしていたがついに見る事は出来なかった。

3時過ぎに登山口に到着して下山終了。ここで、自分はテントに戻り風呂に入る用意をする為、キャンプ場に向かった。もう一方の2人はK氏が乗って来た車に雌阿寒温泉から来た人を乗せて、雌阿寒温泉に帰っていった。オンネトーキャンプ場も他のキャンプ場と同じに非常に烏が多い、夕べはキツネにゴミ袋をまるごと持って行かれた。今日は、本当は嫌なのだがゴミ袋をテントの中に入れておき、勿論備蓄の食糧も中にしっかりと入れておいたので、留守中のテントが荒らされている様子は無かった。汗で濡れそぼった衣類を脱ぎ捨て、身軽な格好になり、雌阿寒温泉に向かった。既に2人は到着しており車を降りて談笑していた。
「まさか、もう上がっちゃったって事は無いでしょうね」と聞いたら。「いや、ここで山の話で盛り上がっちゃいましてね全然待ちぼうけしてないですよ」と言われほっとした。何故、そんな事を聞いたかと言うと、家をでてからというものズ~~~っと単独行動が主体だったので、人を待たせるという感覚がちょっと鈍っていたので、もしかしたら待たせていたかもと思ったからだ。だが、レンタカーで雌阿寒温泉から登ってきた人は阿寒湖半に宿を取ってあると言う事なので、ここでお別れする事に、K氏と自分の2人で温泉に入る事になった。温泉に入ってからも当然盛り上がったのは、自分が今まで登ってきた山、K氏が登ってきた山についての話であった。雌阿寒温泉の露天風呂は湯加減が丁度良いので長湯が出来、一緒に露天に入っていた知らない人をも巻き込んで山の話が続いた。曇り空の為であろう、時刻はまだ5時位だというのに大分回りが暗くなってきた。K氏は先ほどにもあったようにこれからそのまま知床まで走ってウトロあたりの登山口の駐車場に車中泊をして、そのまま羅臼岳に上ると言っている。今から此処を出れば、阿寒を過ぎる辺りでは相当に暗くなり、標津辺りでは真っ暗になっている筈だ。単車に比べて何となく夜の北海道の道を走るには安心ではあるが、それにしても休暇の日数の関係とは言え、1日も休まずに山を登りつづけるとはよほど登山にのめりこんでいるのであろう。まぁ、かくいう自分も雨の日も(長旅ではあまりしなくなった)風の日も単車に乗って色々な所を走り続けている、第3者からみたら、良くやるよと思われてもおかしくは無い。
「なんで、そんなにツーリングばっかするの?」とある人に愚問とも取るべきことを問われた事がある。
山屋が同じ様に「なんでそんなきつい思いをしてまで山に登るの?」と聞かれたら「そこに山があるからさ」なんて今頃はそんなことを言う山屋は居ないと思うが、自分としては「頂上に登った人だけに与えられる極上のご褒美がそこにあるから」と答えるだろう。
今日登った雌阿寒岳の頂上の眺めもほんの一瞬ではあったが、十分ご褒美に値すると自分では思ったからそこで下山を決意したのだ。さて、何故ツーリングばっかするのかと聞かれたらということだが、答えは簡単な事だ。
「自分の感性を磨く恰好の趣味だから」というのがその答えである。・・・・・うん?硬いか?まぁぶっちゃけて言えば、「楽しい」という事だ。勿論辛い事もある、しかしこれも過去のツーリングレポートに何度も書いている事なのだが、雨の日の辛さもその後の晴れの日の楽しさで、チャラになってしまう。それ位、太陽の下でバイクを走らせ風を全身に受けると言う事は単車乗りにとって、極上のご褒美なのだ。さて、本筋に戻る。風呂から上がり、K氏と住所とメアド交換をしてここでお別れする事となった。キャンプ場に戻る。雨は結局今日一日降る様な事は無かったが、空気中の湿気が多いせいか、フライシートがじっとりしている。まったく、いつになったらこの天気に変化が現れるのだろうか。

この投稿の関連画像はこちら。