○八月十九日

トムラウシ停滞

 前日は、慣れないロングのゲート走行(ZIで)で其れなりに疲れていたのだろうか、シュラフにもぐり込んでからの記憶が殆ど残っていない。
 目が覚め、思わず反射的にシュラフから飛び出しテントから顔を出しだのは、トイレに行きたかったからでも目覚ましが嗚った訳でもない。夕べにわか雨を降らせた雲はとっくに消え去り、夏の太陽がテントをジリジリと照らし、テントの中は午前中にも拘らず蒸し風呂状態。その暑さにたまらず、テントを説出したのである。
 今日は停滞の日なので、ゆっくりと朝飯を片づける。夕べの鉄板オヤジとTWは朝早く出発してしまったようで、既に姿はなかった。炊事場で鍋を洗っているときにふと、炊事場横の柱に夕べ引っ掛けておいた「アクアペルH」が、無くなっているのに気がついた。
防水機能のある化学繊維の袋で、ツーリング先では、いつもこれに必要なものを詰め込んで風呂場に赴いていた。サイズも手頃で重宝していたのだが・・・。
しかしこの袋の部分を折り曲げ、端と端をシートベルトのようにロックできる仕掛けになっていて、風に飛ばされないように柱の近くを通っていた電気コードに通しておいたので、飛んで無くなってしまうほどの強風は夕べは吹いていない。吹いていれば一緒に千しあった洗濯物も無くなっていたはずだ。「とられた・・・」としか考えられない。
 犯人は、狐でも狸でも鳥でも熊なんてもってのほか、勿論人間である。

 まぁ今更騒いでもしょうがないし実際キャンプ場には自分のほかには誰もいないので人に間いて廻るのも不可能だし、潔くあきらめる事にした。
 さて、今日ここに停滞した目的は一つ。北海道で最も人里から離れた所にある露風呂、と言えば「ヌプントムラウシ温泉」そこに浸かりに行くのだ。
 そこまでのアプローチは、ここから曙橋までのダートを10キロ戻り、左に折れて直ぐ始まるダートを十五キロ程走らなければならない。当然こんな状況だったらオフバイクのほうが楽でよいのだが、今年で七年目の付き合いとなる我が相方こと「ZI」は、荷物さえ下ろしてしまえば、そのアップハンドルを活かして、相当なペースでダートを走ることもできる。その為には、荷物をキャンプ場に置いていって、戻ってくるだけの時間は必要となる。オフ車乗りだけにいい思いはさせたくない、そんな負けん気が今回のこのツーリングの中に、「ダートを走ってまでして温泉に行く」というメニューが加えさせたのである。
 ツーリングマップルには、ヌプンまでのダートロードは急坂・急力-ブ有り、と記されていたが実際に走ってみるとそれほどでもない。やはり、北海道だからだろうか。内地に見受けられるような、河原を走っているような劣悪な状態ではなかった。むしろ、時折現れるストレートでは、六十キロ近くまで出せる程に走りやすかった。

林道と言える程の道が、ある所で終わり、そこから先は二手に道が分かれる。右手はニペソツ山に通ずる登山道となり、左手は側を流れる川沿いに出る。ヌプン温泉はその川沿いに湧き出ている。駐車場のような広場にはテントやらタープを広げた、地元の人としか見えない家族連れや、ジジババグループが居た。露天風呂は今いる所から川を渡って向こう側にある。これ迄は靴を脱いで、ジャブジャブと川渡りをしなければたどり着けなかったが、今はだれかが渡してくれた丸太の橋があるので、楽である。中にはここを単車で渡っていく猛者もいるらしいが、露風呂は橋を渡る前から見えている。落水の危険を侵してまで行くほどの距離でもないしかといって単車のままで川渡りをするには、二の足を踏んでしまうような水かさである、ここは素直にテクテクと歩いていく方が、楽である。
 丸太小屋の脱衣所に荷物と衣服を置き、風呂に入る。早い時間とあってか、ほかに誰もいなかったが、湯温は申し分無くちょうど良い。昔は、自分で河原を揚り返してマイ湯船を造り、湧き出てくる熱湯のような温泉を、流れ込んでくる川の水で調整するようになっていたが、今は立派な檜作り(?)の湯船かおり、来てすぐに風呂に浸かることが出来る。
それが嫌なら、今でも河原沿いに温泉は湧いているので自分で工事をする事もできる。
時折飛来するでっかい虻を追い払いながら浸かる据風呂は最高のこ一呂である。これまでにも色々な所の据風呂に入ってきたが、ここは道内を巡るライダーの中でも一際「秘湯度」が高いとの評判で、実際にそこまでのアプローチを考えたら、これは横綱級と言えるだろう。
 暫くの間、出たり浸かったりを繰り返していたら、何人かのソロライダーがやって来た。
全員がオフ車乗りで(普通)、オン車でやって来だのは自分だけ(異常)。それだけに自分と顔を合わせる度に皆「あの、デッカイのできたのはもしかしてお宅さん?」と恐る恐る聞いてきたのだった。
 露風呂のすぐ脇には噴泉塔と呼ばれる間欠泉があり、一定の時間を置いて凄まじい勢いで熱湯をふきだす様子を間近でみることが出来る。気に入ったのが、注意を促すような看板も鬱陶しい能書きが書かれている案内板もない、熱湯は三階の建物の高さほどある岩石のその足元の穴からボコボコと吹き出している。
穴の回りはすり鉢のようになっていて、一歩足を間違えると煮えたぎる源泉の中に足を突っこんでしまいその時点で「ツーリング終了」となってしまう。
しかし、そこには立ち入りを制限するような金網やフェンスもないのですぐ近くまで近寄る事ができる。正に自然のままの状態になっているわけだ。
 以前、間欠泉といえば宮城県の鬼首温泉のを見たことかあるが、いかにもイエローストーンを真似たような感じで、あれはどうみても吹き出し方がわざとらしい。しかもきっかり十五分おきに噴出するところなんざ、裏で誰かが絶対にバルブを開け閉めしているとしか思えない。
 一方のヌプントムラウシの間欠泉は、シーズンが終わって誰もいなくなっても、雪が降って生き物の気配が全く無くなっても、この自然現象をズーッと続けている。何もいない山奥でボコボコとこの温泉は、あたかも生き物のように湧き続けているのだ、その事を考えると、なんだか不思議な気分になってくる。
 
風呂から上がってさっぱりしたところで、昼飯の為に一端山を下りることにした。曙橋に至る林道を引き返している途中で狐に会った。そいつは、林道の真ん中でバッタと遊んでいる真っ最中だった。ブラインドコーナーを立ち上がった所にいたので、危うく転倒しそうになったが、当の本人は全然驚きも、逃げようともしない。どうやらヒト慣れしているようだ。デジカムを取り出して撮影を始めても

「何してんだよ~、なんかおくれよ~」
とても言いたげな顔つきで、自分の回りをウロウロと歩き回る。こんなキツネには何度か道遇したのだが、困ったもんである。こんな時に言葉が通じてくれれば・・・とどんなに思ったことか。
 トムラウシ山の麓の町、鹿追町に目ぼしい食堂がなかったので、隣の新得町にまで足を延ばして何とか遅めの昼飯をとった。天気は曇り、トムラウシ近辺は青空が見え汗が出てくるほどの暑さだったが、ここは少し肌寒いくらいだった。体が完全に冷えきってしま立肋にキャンプ場に戻ることにしよう。夜になったら寝る前に、もう一度国民宿舎の温泉に浸かればよい。温泉に事欠かない北海道は本当に旅がしやすい。
 今夜は今年最後のキャンプの夜である。煩い家族連れやアホ学生グループの騒音に苛まれる心配もない、静かに締めくくることができる。でも、なんとなく寂しさを感じずにはいられないのは、トムラウシに戻る道の雰囲気のせいだろうか・・・・・。なんとなく感じられる秋の気配が、身に沁みる。

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