○八月十六日

曇り 午前三時 稚内北防波堤ドーム→利尻島

朝飯をしっかり取り、のんびりテントを畳んでも時間に余裕がある。
 目と鼻の先に停泊している船が自分の乗る船だからだ。
 車両甲板に相方とともに乗り入れると、数入の作業員が寄ってきてロープでの固縛も忘れて相方のあちこちをシゲシゲと眺めはしめた。
「おお、Zだべ。珍しいな」
「でっけぇ荷物積んでんなぁ」
「オイルクーラーが付いてるべ」
「クラッチが油圧に変わってんべよ、オレ雑誌で見た事あるよ」

などとあれやこれや言っている。その中の一人の眼鏡を掛けた作業員が「これ、TMRじゃない?」と尋ねた。
そうだと答えると
「俺、リトラのカタナに秉ってんだけどキャブをそろそろ換えようかなーて考えてたんだよね」
「何に交換するつもりなんです?」
「いやCRかFCRかTMRにしようか迷ってんだよね・・兄さんはどんなところでTMRにしようと思ったの?」
「CRはシーズンが変わるたんびにセッティングを変えてやらなければまともに走ってくれないし、FCRは付けてるバイクが多いから」
「よっしゃほんならTMRにでもしてみっかな」
「どうせなら、ヨシムラといえば今はスズキだからヨシムラチューンしたやつなんか強力なんじゃないすかね」
「んだべな・・・どもありがと!」
 定刻の午前六時半に稚内発鴛泊行きのフェリーは野太い汽笛を鳴らして岸壁を離れた。
天気は再び曇天、やはり今年もおかしい。
と言うよりは自分が初めて渡道して以来毎年おかしいのである。自分が北海道へ通うようになって今年で四年目、しかし真夏の太陽を目の当たりにしたのはその日数だけでも一回のツーリングの日程(約一週間強)にも満たない。
 天候不順も影響しているのだろう、島に渡るバイクの数は少なく自分を含めて約四台。
それとも礼文島の方に人気が偏っているのだろうか。
 所要時間は前日の天売島と同じ一時間四十分。この船も朝一番だというのに客室は満室で落ちつける場所がない。余りの寒さでこのまま寝てしまうと体調をぶっ壊しそうなので仕方なくエントランスホールの隅にある植え込みに腰を下ろしてじっとしていた。
 やがて、船は小雨のパラつく利尻島の表玄関「鴛泊港」に入港した。
 時開か早いとあって、鴛泊の街中の商店街は殆ど閉まっている。利尻に着いたらまずはウニウニと考えていたが出端を挫かれてしまった。取り敢えず気を取り直して島を一周してみる。
 しかし、これまた寂しい所ばかり。鴛泊と沓形という二つのフェリー埠頭がある町以外はその殆どが島一周する沿道に一軒家がポツポツと点在しているにすぎない。ま、北海道の海沿いは殆どがこんな風景なので今更新鮮味はないが、何か山中の集落と追って更に寂しい感じがする。
 島の南端に位置する仙法志御埼には潮溜りを利用したプールかおり、何の下調べもせずに訪れた自分はてっきりそこでウニの養殖でもして、観先客に体験ウニ漁でもさせるのかと思っていた。ところがそこにはその予想を覆すとても面白いものがいた。


 二匹のゴマチャンである。彼等は鮮づけされていて人が近づくと、スーツと寄ってきて手に持った餌をパクリとやる。くれる餌が無くなったのを察知すると白い腹を見せてスーッと離れてゆく、なんともカワイイやつだ。最初は柵に囲まれてその中を泳ぎ回っている姿をみて、哀れに思ったがどうやら楽して餌にありつけるし、プールもよくよく見るとかなり入り組んでいて、底が深い。彼等の体にも傷が付いているようには見えなかったし、愛嬌たっぷりの「腹見せ泳ぎ」をやたら披露する所から察するに、結構この境遇を楽しんでいるようだ。ここにいるのは成人したアザラシだけだが、なんといってもその子供はもっとカワイイ。写真やテレビでよく見るがあんなのが旅先の海岸にいたらもって帰ってしまいたくなるかもしれない(実際はどえらく重たいらしい)


 一時間ほどで鴛泊から十二キロほど離れた沓形という町に到着、不思議とここは暖かく、薄日が差している。地面も濡れていない。そこで利尻島きっての夕日ポイントである「沓形岬」の近くにあるキャンプ場にテントを立てた。
 時間が早いこともあって空いているのと、テントはあっても撤収しているキャンパーばかり。後は洗濯物を干しているキャンパーが居るだけだ。
 良さそうな場所を見つけ荷物を置く、今日から三日間半ここに居すわることになる。
 風呂は歩いて五分の所に保養センターかおり、食料も近くの町にスーパーかおる。長期滞在者がいるのも分かる。
 手際よく風呂・メシ・溜を片付け、明日の天候回復を祈りつつ、体力温存の為に早めにシュラフに潜り込んだ。

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