猛烈な冷え込みだ。時刻は5時半。回りはすっかり明るくなっていた。青空が広がっている。夜のうちにすっかり雲はとれたようだ。晴れれば当然冷え込むのは分かっていた、谷間のキャンプ場なのでそれほどの気温の低下は無いだろうとたかを括っていた。ところが予想外に夕べは気温が下がったようだ。それもそのはず、夕方雷を伴ってかなりの強い雨が降り、日没前には止んでしまったのだ。ということは、地面に溜まった水蒸気が空気中へ蒸散されるのだから冷えるに決まっている。
夕べも熟睡した。また30分寝坊した。しかし、目覚めが良いので直ぐに朝飯の支度を開始。四国最後のキャンプの朝だ。インスタントだが焼ソバが旨い。シーチキンも旨い。胃がどんどん食べ物を要求してくる。朝飯を片付けて、直ぐに荷物を纏め始めた。これも体調が万全のお陰、体のキレが違う。朝の儀式もキッチリ済ませ、相方を炊事場から出す。荷物を載せロープで固定し、暖機を始める。もう、何回こんな事を繰り返してきただろうか・・・・タバコ一本分の暖機が、相方にとっては丁度良いらしい。スロットルから手をはなすと、相方は低いながらも安定したアイドリングをする。
8時50分出発。439を再び東へ。今日のメインイベントは、四国の忘れ物その2の「剣山」登山である。だが、今回はいつもの登山とは違う。登山口の「見ノ越」からリフトが出ているのだ。2日前に「石鎚山」を登って、もう満足していたのでここでは軟弱者と何と言われようが、リフトに乗り15分ほど掛けて8合目辺りまで一気に登ちゃうのだ。誰が1合目から徒歩で登るなんて言った?

リフトなんてスキー以来である。しかも、登山用のリフトは10年程前、夏ツーリングでの蔵王山以来になる。なんだか、余にも楽すぎて登山している気分になりにくい。しかし、リフトがある場所を越えた途端、「剣山」の山頂が見えてきた。初めての山頂である。
過去2年連続してここには来ていたが、いつも天気が悪く一体何処に「剣山」があるのか全く分からないままでいた。それが、今始めて自分の目の前に現れたのだ。「ほんとだ、全然とんがってない」これが、一発目に出た感想だった。あんなに、必死になって走りここまできたが、思いのほか女性的な山容に一体なんで「剣山」なんて名前を付けたんだろうか・・・殆ど起伏の無い緩やかな登山道を歩く、しかしそれなりにきつい。言っても標高1700メートルの高地だ、空気も当然薄いだろうし、今日の太陽はやけに日差しが強く感じる。
30分ほど歩いてあっけなく頂上に到着してしまった。噂で聞いたとおり、「剣山」という名前とは裏腹に山頂の光景はまるで長野県の「霧が峰」のようだ。緩やかな丘陵地帯を熊笹が一面覆っている、何処が山頂なのか分かりにくい。測候所を挟んで向こうがわに続く木道がある。その先に沢山の人の姿があった。どうやらあれが山頂らしい。たどり着いてみると、確かにそこに一等三角地点の指標があった。間違いなく頂上である。だが、本当に殺風景な所だ。「石鎚山」には群生していた「アケボノツツジ」もここには生えていない。ただ、来いみどりと白茶けた熊笹の平原がデーッと広がっているだけだ。これでも日本百名山によく選ばれたものだと思う。

自分のほかにも頂上には数十人の登山客がいた。やけに賑やかだ。そうか、今日は土曜日なのか。
さして疲れてもいないので、30分ほど小休止して下山。勿論途中からはリフトで降りた。この山、今まで中々正体を見せてくれなかったが、実際は茨城県の筑波山とレベル的には同じ様だ。
リフトを降りる。これで四国で積み残した荷物は全て手元に戻った。1日の延長も無く。天気に恵まれた四国の山中紀行は見事なまでの理想的な形で幕を下ろした。もう、ここにも来る事は無い。さらば、「剣山」!
439に戻り、途中のドライブインで昼。神山町に向かう。「風呂だ風呂だ風呂だ!!!!」まる3日ぶりの風呂である。髪の毛もシブシブになっている、少し痒い、足やわきの下や背中も汗と脂肪でベタベタしている。ああ、はやくサッパリしたい・・・・しかし、ここはヨサク。急ごうと思っても先へ進めないのだ。40分ほど走って、ようやく神山町の温泉センターに到着。ここも久しぶりの訪問である。新しい施設だからだろうか、以前来た時と全く変わっていなかった。ただ、以前はもっと綺麗だった筈。
知らないうちにヨサクから438に変わった国道を一気に東へ走る。コーナーとコーナーの間隔が少しずつ長くなっていく。コーナーのアールが少しずつ緩くなってきている。2車線道路になっているところも多くなってきた。いよいよ四国山地も終わりに近づいてきたのだ。やがて、完全な2車線道路。信号も増えてきた、沿道の民家がグッと増えてきた。車の量も多くなってきた、文明の匂いがしてきた。
徳島市、到着。四国の横断はこうして完了した。一滴の雨にも降られずに。YHの予約をとってはあるが、時間に余裕があったのでフェリー乗り場を下見に行く事にした。今夜のYHの直ぐ近所に港があり、そこからフェリーが出ているとガイドブックには書いてあった。ところが、ターミナルビルらしき所に来て見ると様子がおかしい。ビルの周囲をバリケードのような物で囲み、建物の窓にはカーテンが引かれひっそりとしている。「定休日なんて無かった筈だ・・・」ツーリング出発前にWEBで調べておいたデータを確認する。すると、正面玄関のところに大きなたて看板が立っているのを発見、近づいてよく見ると、なんとフェリーの発着場所が変わったのだという。今いる場所の小松島港ではなく、お隣の徳島港に移ったのだ・・・・今発見しておいてよかった。これで明日慌てなくて済む。徳島港に移動する、距離にして5キロ強であろうか、たしかに船がそこに居て乗用車を次から次へと飲み込んでいる所に突き当たった。
見ると乗用車やバイクでの乗船客は、あの桜島フェリーのような料金所でお金を支払うだけで乗船できるようだ。近くにいた作業員の人に聞いてみると乗船名簿の記入もしないのだという。15分で対岸に到着する「桜島フェリー」はともかく、片道2時間の船で名簿を書かなくて良いというのも、不思議だ。万が一の事があったらどうやって身元の確認をするのだ?まぁいい、兎に角船の発着場所が変わった事が分かっただけでも下見に行った甲斐があったってもんだ。明日は朝一に宿を出発し、そのまま船に乗る。そして2時間後には久方ぶりの本州、紀伊半島だ!
で、今夜泊まるYHなのだが、これがまた強烈な所だった。
万が一宿に泊まる事になった時の事を考えてYHのガイドブックは持ってきていた。そこで、徳島港から至近距離にある徳島YHに電話をしたのだが、生憎満室。仕方なく、すぐ隣の町にある小松島千歳YHに電話をしそこはすんなり取れた。
一安心と思って、ガイドブックを良く見ると最高で5星のランキングがここでは1つしか星が無い。いやな予感がした。この土日で直ぐ隣の徳島YHは満室で、ここは予約が取れたのは何だか変だ。そして、夕方YHに到着し建物を見たらその予感は見事に的中した。ボロイのである。オンボロの一軒家なのだ。

応対したのは、背中が曲がって地面に鼻が付きそうなババア。部屋に通して貰う・・・・やっぱり和室だった。しかも部屋のテーブルを見るとうっすらと埃をかぶっているではないか。ということはこの部屋には暫くの間誰も泊まらなかったと言う事だ。
畳の上には死んだ蛾の死骸が転がっている、とてつもなく嫌な予感しかしなかった。
6時までまだ時間があると言うのに、「夕食が出来たから食べに来て」と言われた。食堂に入る・・・・ボロイ。この家が建ってから全く内装の工事をしていないようだ。錆びだらけのコーラビン自動販売機。勿論中身は無く使われていない。出された夕食も、いかにも年寄りが好んで食べるような物ばかり、薄味で体には良さそうだが今の若い人には絶対に口に合わないだろう。それに、やたら色んなおかずに沢山入っているグリンピース。こんなに喰えるか。唯一それなりに食べられたのは、カツオのタタキとお味噌汁ぐらい。早々に箸を置き、今では珍しくなった食器洗いをする。その食器洗剤のボトルがやたら汚い、そして心なしか泡立ちも悪い。もう古くなって駄目になってるんじゃねぇのか?
そして、極めつけ。「ご馳走サさまー」とやたら大音量でなっているテレビが於いてある厨房に向かって怒鳴る。返事が無い。誰もいないのか?と覗き込んでみると、缶ビール片手にまた別のオヤジが股引&ランニングでテレビを見ている。年の感じからしてバアチャンの息子のようだ。「こいつ、聞こえてねぇのかよ」と思い、風呂場からバアチャンの声が聞こえたのでそちらに行くと、なんと
お客が入るはずの風呂に見た事のないミイラみたいなジジイが風呂に浸かっていて、ババアに体を洗って貰っているではないか!!!
「よかった、神山温泉行っといて・・・」仕方なく部屋から歯ブラシを持って、浴室の出口にある洗面台で歯を磨き始めた。すると、
浴室のドアが開いてあのジイサンがヨロヨロと全裸のまま出てきたではないか!!
何だ!!と思ってその場で無視するように歯を磨いていると、後からバアチャンが出てきて慌ててジイサンにタオルを巻きつけた。そして、赤ん坊がよく歩く練習の時に使うようなおもちゃ(自分が輪の中に入って歩く奴)、のような物に捕まって、ヨロヨロと台所に消えていった。「えらい所に来ちまったな・・・まぁいいや今晩だけだし、こっちには二度と来ないし」と思い、鏡の前に置いてあるカビの生えた歯ブラシや、毛髪だらけの石鹸を目の前にしながら口をゆすぎ速攻で部屋に引き揚げた。
泊まってはいけないYH。これで3箇所目だ。
1・近江八幡YH
2・桃岩荘YH
3・小松島千歳YH
部屋の布団も最初ッから敷く気が起きない。何故なら、普通のYHだったら新しいシーツと枕カバーを渡してくれるのに、ここはなにも渡さない。つまりは、使いまわしの布団にそのまま寝ろと言う事なのだ。冗談ではない。実際、押入れを空けてみるとまぁ見事にペッタンコのせんべい布団が、このなかに、一体何匹のダニが潜んでいるか想像しただけでも虫唾が走る。まだ、自分の寝袋の方が全然清潔だ。なんせ晴れた日にはちゃんと虫干ししているのだから。ということで、今夜は自分のいる部屋には他にお客さんが来なさそうなので、座布団でも敷いて、寝てしまおうと思う。しかし、これで朝夕2食付きで4500円は絶対に高すぎる。ボッタクリもいい所だ。バアチャンの人当たりの良さにはまぁ許せる所があるが、息子あたりの人間が一念発起してこのオンボロ館を改装しない限り、YHの登録は取り消してただの民宿にしたほうが良いのではないだろうか?
ああ、明日の朝が待ち遠しい。
そして、この後キャンプオフ会で何度もリクエストを受けてはお話しているあの身の毛もよだつ「小松島YH、死の煙事件」が発生するのだった。
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