三瓶山 北ノ原CA

〇五月三日 

昨日一杯持ち堪えてくれた天気も今日まで。ラジオの天気予報では夕方から雨だという。
やはり春先の天気はなかなか安定してくれないものだ。島前西ノ島別府港にて稲本氏とお別れ、なんだか元気のないボルティ氏(彼は去年北海道に渡った時、沢の水をガブガブと飲み、その水でご飯炊きしていたそうだ、夕べ我々からエキノコックスの事を知らされるた途端、彼の顔から血の気が引いたのを自分は見逃さなかった)と境港まで行動を共にした。
途中、フェリーの中でボルティ氏を誘った宴会メンバーと会い、隠岐島が数年前までトライアルの全国大会が行われていた事を教えてもらったりした。

時間的にも丁度よかったので、以前に夕食を食べに立ち寄った「長右衛門」の暖簾をくぐると超満員状態。空いている席に取り敢えず座ったがオーダーもまともに聞いてられない状態。カウンターの中を女将さんが走り回りながら「ごめん!二十分位待ってもらわなあかんけど!」「いいよ」と自分。しかし、1~2分ほどで焼き鳥定食が自分の前に来た。まだ、なにも頼んでいないのにだ。
すると「前のお客さんのキャンセル分だけどいい?これサービス♪、内緒やで」ときた。これまた渡りに舟である、女将さんが機転を利かせてくれたのだ、感謝感謝!もちろん即OK。すぐに頂くことにした(周りの客の視線が少々気にはなったが)。煙草も吸わず、すぐにおあいそと女将さんにお礼を言って店を後にする。さて、旅に出て久方ぶりの移動日である。R9に入って再び西進である。しかし、渋滞が酷い!大きな町に入るたびにすり抜けもまともに出来ないようなギッチリ渋滞にはまってしまう。その原因は高速道路が近くを通っていないという事と、町を迂回するバイパスの整備が全然なされていないという事だ(特に玉造温泉から出雲市までは発狂しそうなくらいだった)。ここで大幅な時間をロス、体力もかなり消耗してしまった。
やっとの思いで市街地を脱出し大田市内のスーパーにて食料買い出しをすませ、相方の元に戻ると足元に何か落ちている。拾い上げてみるとグローブだった。しかもそんなに使っていない緒麗なタィチのオフロードグローブだ、周りを見渡してもバイクの姿はない。持ち主は素手で出発したのだろうか?取り敢えず、ここからバイクが集まりそうな場所といえば三瓶山しか思いつかないので、そのまま自分が預かってキャンプ場でオフ車のライダーがいたら聞いて確かめてみる事にした。

二年振り二回目の三瓶山北ノ原キャンプ場はまたも厚い雲に覆われていた。現在時刻は午後五時、キャンプ場に到着したときは体カ的にかなりしんどかったので、管理事務所の人に「荷物下ろしのときだけサイトの近くに単車を持ち込ませてほしい」と頼んだが、ダメの一言。しかたなく前回と同じようにSプロのキャリアーに荷物を満載し、ズルズルとサイトまで引っ張って行った。そして、雨天の事を考えて場所を選びアタフタとテントを立て、メシの下準備をして再び相方の元に。前回入りそびれた三瓶温泉「志学薬師の湯」に行くためだ。その温泉は山の反対側にあるためにこれまた偉く遠い。
フロに入るために片道十キロ近くも山道を走らなければならない。しかし、たどり着いたその場所はなかなか渋くて良い、営業終了間近とあってゆっくりとは入っていられなかったのが残念だが(今回はそんな事が続いているような気がする)、鉄錆色に濁ったお湯はいかにも効能が有りそうで自分の好みであった。来年こそは時間にゆとりを持ってジックリと浸かってみたい。
風呂から上がり外に出るとポツポツと来ている、ヤバイ!!今手元には雨ガッパがない。
湯冷めしたくないがここからキャンプ場までダッシュして帰るしかない、手に持ったコーラを一気に空け漆黒の三瓶山周回道路をゲップを吐きながら一目散にキャンプ場に取って返した。

結局、その晩から雨は本降りとなり夕食を片づけた時点で明日の三瓶山登山は断念することにした。隠岐島からのスケジュールの狂いでアタフタした日が続いたので、体も少々疲れ気味・・・明日は旅の休日としよう。前回、夜通し大騒ぎしていた青年の家(一昨年のG/Wツーリングレポート参照)の方にも偵察にいってみたが、修学旅行らしきバスの姿もなく静まり返っていたのでそうそうにテントに引き返し、サッサと寝てしまった。
停滞
〇五月四日 

早朝から森の中を轟音とともに吹き抜ける強風と時折叩きつけるようにして降る雨の音で起こされた。やはり今日は何もできない。
テントの中でアルコールをチビチビやり、ラジホの音を少し控えめに、遅い朝食と山頂で食べる筈だったパンを昼過ぎに食う。使った食器を洗うのも面倒なので雨ざらしにしておいた。拾い物のグローブの事を思い出したがキャンプ場内は濃霧が立ち込め、どこに誰がテントを立てているのか分からない位、面倒くさいので無期限で自分が預かることにした。シュラフの中で数時間ウツラウツラしていたが、周りのあまりの静けさ(昨日までは大入り満員状態だった)に起き上がってそとを見回してみると、昨日まで立錐の余地もなかったオートキャンプエリアが、もぬけの殻になっている、おそらく今日の天気を見て早々に撤収したのだろう。タ方には天気も峠を越え、キャンプ場内は木立から落ちてくる雫の音だけが聞こえるだけになった。
ラジオの天気予報では明日は晴れるという。

島根 日原町枕瀬森林公園CA

〇五月五日 

こどもの日の朝は千切れて飛んで行く雲の合間から夏を思わせる太陽が覗く朝で始まった。
一昨年の今日は大雨の降るなかをブツブツと文句を言いながらであったが、今年は青空の下でチンタラと相方に荷物をくくり付けていた。
相方に火を入れて煙草にも火を入れる、そこでふと思ったことがあった。
このキャンプ場、幕営する場所によっては車両の進入を一切禁じているので、荷物を運び込むときには自前のキャリーでヒーコラと引っ張って行かなくてはならないのは、一昨年も今年も変わってはいない。当然、撤収にはそれ相当の時間がかかる。しかし、先程管理事務所から見えるところで敷地のなかにバイクを入れてその近くでテントを畳んでいる奴を目撃した。しかも、バイクの走行が一切許されていない敷地のなかを荷物を積んで悠々と走っている奴もいた。
・・・・・・・・?  さてどうしたものか。このザマは一体なんなんだ?こっちは汗だくで、キャリーが無かったら死んでるくらい大変な思いをしているのに。まあ、また来年三度目の三瓶山訪問、そして二度目の登山挑戦を計画しているので、その疑問はその時までの宿題にしておこうと思う。
キャンプ場を後にして三瓶山周遊道路を一周し、来年の再戦を誓って山を下りた。
R9を西進、天気は沿岸に近付くに連れて一気に回復、快晴となった。移動するには打って付け、日頃の行いがなんとやらである。途中、シブシブシブシブの温泉津温泉に寄り道。ここの町の雰囲気は非常に良い!
みた感じはよくある海辺の鄙びた温泉街だが、国道からのアクセスがとても楽なのだが、それを感じさせないくらい静かなのである。街の唯一の目抜き通りはクルマが擦れ違うにはサイドミラーを畳まなければ不可能なほどの狭さ。立ち並ぶ旅館はみな重厚な作りとなっていて派手さは無い。そのほぼ中央にある公衆浴場は明治・大正の時代のまま時の流れが止まっているのではないか、と錯覚を起こさせるような渋さ。どれをとっても自分が好む温泉街の様式を見事に踏襲している。
そして、肝心の温泉の方は先日の志学薬師の温泉と同じ鉄錆色、しかも湯船が三つに区切られていて左から下半身入浴用の浅い湯船、真ん中は普通の湯船だが鉄錆色が一層濃くかなり熱い、そして一番右は源泉を埋めずにそのまま湯船に溜めているヤツ、これには自分は手を付ける事も出来なかった。どれくらい熱いかは「火傷の薬をくれ!」と言いたくなる程。あまりの熱さに自分は一番左の湯船に入りたかったが、地元のオジイどもに占領されて使用不可。湯船から上がって体を冷まそうにも洗い場にもオジイどもが体育座りをして「アッツー」と言いながら動かない。だから頭や体を洗う以外は湯船に入るしかない。
一緒に入っていた地元のオジイどももかなりキツそうだった。(オイオイ頼むからオレの横で天に召されるような真似だけはしてくれるな)
洗い場には鏡や腰掛けはなく、心臓マヒを起こしそうな冷水が出てくる水道の蛇口があるだけ、ハッキリ言って使い勝手は至って悪い。こんなんで口うるさいオジイ達か良く黙ってるもんだ、とも思ったが、こんな状態をも生活の一部にしてしまっている彼らにとっては極々自然なことなのだ。と、気がつくとなんだか許せてしまう気持ちになるのは、入湯料金が良心的なだけでなく、自分自身がオジイどもの感性に近付いてきたという証だろうか。
永い間移動のお世話になったR9を離れ、島根県西端の街、日原街に。そこのキャンプ場はR9から分岐してR187に入ってすぐの山の中にあった。
五月連休も今日でおしまい、殆どの家族連れは昨日今日で撤退していて、多分に漏れずここのキャンプ場もガラガラであった。テントサイトは小高い山の頂上にあり、そこから麓の町を見下ろせる眺望は五本の指に入るほどの良さ。その町の中を時々ローカル線がガタゴトと走っていく。ただひとつキャンプ場の使用料\400が設備の貧弱さと釣り合わないような気がするのは、自分だけだろうか?
テントから顔を出せば春霞に霞む町並みが見える場所に幕営を決め、少々時間は早いが夕食の下準備を始める。そこへ、ポツポツとソロとペアのバイクがやって来た。じぷんの隣にテントを張ったソロのライダーと話をしながら米を研いだ。

天文台見学

日原天文台

町を挟んで向かい側にポッコリと立つ小山の向こう側に太陽がすっかり沈んだころ、ディナーを済ませた自分は、相方に火を入れて暖機を始めた。この山の稜線沿いに走っている山道を走った先に、夜間のみ一般公開している天文台があるからだ。
ツーリングマップルにも載っている「日原天文台」には、4~5分程で到着。春先とはいっても夜になると結構な冷え込みとなる夜の山中。天文台を設置するだけあって施設の周りには当然灯になるようなものはない。漆黒の闇夜のなかに望遠鏡のあるドームがライトアップされている光景はとても幻想的だ。
夜の闇に包まれた天文台には、自分のほかに車が数台とバイクが一台。こんな町外れの夜の山にも自分以外にも好き者がいるようだ。施設の中は順路が決められていて、まず無人の入場券売り場にてチケットを買い、この天文台で過去に観測された天体の写真や、ビデオが閲覧できるホールを通り抜ける。この時間帯である自分のほかには人一人おらず、時々自動的に流れだすビデオの説明の音声が不気味に建物のなかに響きわたる。しかし、正直言って退屈な内容ばかり、ただの時間稼ぎに過ぎないものだ。自分としては生まれて初めて本物の天体望遠鏡で覗く宇宙の方が気になって仕方がないので、足早に全てを見終わりそのままドームに向かった。
ドームの入り口には何人かの先客の物だろう、靴が揃えて置いてあった。ここから先は灯の全く無い真っ暗やみである、その中を手探りで階段を登るとうっすらと灯されたフットライトに白い大きな望遠鏡を取り囲み、職員の説明を聞いている人達の姿があった。天体観測は周りが暗いことが不可欠なので先客たちの顔は全く分からない、かくいう自分も足元に気をっけないとオットットとなってしまう程だ。
すでに職員の説明は始まっていて、自分は途中からの参加となった。彼は時々ドームの屋根を動かしたり、望遠鏡の角度を変えたりと静かに一点を見つめているだけのイメージとは違い、地球の自転に併せて動きつづける星々を追跡するためけっこう忙しい。
勿論、狙った天体を捕捉したときはそれを我々にも順繰りに見せてくれる。ここの望遠鏡は反射式なので、よくある長い筒はなく鳥寵の化け物のようなものの横から覗くようになる。初めてみる様々な天体はその輪郭から影の部分までハッキリ見えるものから、うすぼんやりとしか見えないようなものまで様々だったが、あの科学雑誌で見るような銀河星雲が目に飛び込んできたときには、思わず「オォ、これは凄い。いや、こりゃ凄いぞ」と覗いたまま眩いてしまったほどだった。
先客に対する説明が一通り終わり、その人達が出ていったあとも自分は一人残って暫くの間、その職員とサシで説明を聞き望遠鏡を覗かせてもらった。充実した時間であった。閉館時間も近付いてきたのでそろそろ失礼しますと伝えると、「何処からいらっしゃったんです?」と聞かれ、今までの行程をざっと話すと
「千葉からですか・・・珍しいですよ。千葉ほどの遠方の方が見えられるのは。こんな遠いところまで足を運んでもらって有り難うございます。また近くにこられたら是非寄ってください」
とお礼までいわれてしまった。おそらく、天体観測所の人にお礼を言われたライダーは全国でも自分だけかもしれない。
ノーヘルで走る夜の山道の空気は澄みきっている、ハイビームに蛾が飛び込んでくる。
相方と自分の頭上にいま見てきた星たちが輝いている、こうして二年振りの山陰ツーリングのメインステージは充足に満ちた時間とともに終わった。