自宅~美山YH

〇四月二九日

曇り 

肌寒く、吹いてくる風が一ヵ月程季節を逆戻りさせたように感じる中、自宅を早朝の四時に出発した。
二年振りのゴールデンウィークツーリングである。
首都高都心環状線箱崎を通ろうとしたら、朝早くから事故っている間抜けのために迂回をする羽目に。何年か前のあの事故火災二連発がふと頭をよぎった。都心を抜けた辺りから雨が降りだし、その雨は中央道の甲府辺りまで続いた。気温は体感で恐らく一桁台迄下がっていただろうか、とにかく寒いったらない。高速道最高地点の八ヶ岳付近を通過するときは、とにかく一刻でも早く標高の低いところに下りたい一心で一気に駆け抜けた。
甲府から先の天候は少しずつ回復し、岡谷を過ぎてからは冬晴れを思わせるようなみごとな晴天となった。ここから先の天気は地形のせいなのだろうか、いつも安定している。
もう、常連の感覚で立ち寄る小黒川PAで一服。しかし鼻水が止まらない。相方が長年患っている左ウインカーの調子が早くも悪い。高速道路でウインカーが使えないのはあまり問題にはならないが、この後京都の街中を走る際に支障をきたすのは間違いない。
駐車場の片隅に工具を広げてネジを締めてみたり、ステーのボルトを緩めてみたりして取り敢えず復活はした。しかし様子をみながらの走行となる。またまた、いつも立ち寄る屏風岩PAにて昼飯となる。ここの施設はかなり大がかりな改装工事をしたようで、建物といい駐車スペースといい、やたら精麗になっていた。まあどうでもいいことだけど、暑いときにいい日陰を作ってくれていたケヤキの大木が無くなっていたのに施工者のセンスのなさを感じずには居られなかった。

所変わって、ここは京都市内。大渋滞。運悪く慎重に走りすぎて道をロストしてしまったらしい。だが碁盤の目に通された道を適当に走り、一つの大きな建物の前に出た。門柱に書かれた文字は「京都府庁」とある。現在位置はお蔭ですぐに判明し、R1に復帰、そこからR162へと入った。ここから先は何となく道の感じを覚えていたため、地図をほとんど見ることなく一気に美山市にたどり着くことができた。
午後3時30分美山YHに到着。
「いやー久しぶりやなあ・・・相変わらずおっきな荷物で」と、二年振りの訪問にも係わらず覚えていてくれた(社交辞令か?)Pの足利氏に迎えられ、チェックインの手続きをする。宿で必要な荷物とそうでないものを分けて、相方を納屋に入れる。(この納屋は本当に広くて良い、ここに寝泊まりしてもいい位だ)
自分が宿の一番乗りということで、そそくさと荷物を運び込みバババッと服を脱いで風呂に入った。温泉ではないが冷えきった体にこれは効く、思わず顔がにやけてくる。
同室には、Pの配慮だろうか。自分のほかに三人のライダーがやって来た。
それぞれのマシンはVTR・KLX・BMWK1100LT、となかなかバラェティに富んでいる。なかでもBMW氏は九州から一日で走ってきたとの事で、その走行距離は軽く700㌔を越えていたそうだ。走行距離だけ見れば一番の長距離である、まあLTだから成せる技なのだろうが、ただのロードバイクの相方と600㌔以上走ってきた我々の方が恐らくハードな高速移動だったのは間違いない。
夕食後はPの案内で、普段見ることのできないこの集落独特の入母屋作りの建物の屋根裏部屋に入ることとなった。
天井に折り畳み式で収納されている梯子を登ると、ひんやりとした空気が辺りを支配した空間が現れた。高さにして2メートルから3メートルはあるだろうか、本物の茅葺き屋根であることがここに入って初めて確認することができた。この宿の茅葺きはフェイクではなく本物だったのだ。当のPも日の当たる東側は十年に一回、そうではない北側は2~3年おきに葺き替えているらしい。

鳥取 境港マリーナCA

〇四月三〇日 

午前八時半、YHを出発する。以前に訪れた時は大雨の中だったが、今回は吐く息が白い中の出発となった。ほかの単車乗り達はどうするかというと、VTR氏はここから100㌔先のYHに移動、KLX氏・BMW氏は連泊してここら近辺をブラブラするとのことらしい。
R9をひたすら西進。今日は目的地までの距離もあり、途中の寄り道も考えているので以前に立ち寄った湯村・岩美温泉は素通りした。鳥取砂丘もパス。今回初めて鳥取市内で晴天に恵まれ、砂丘を散策するには絶好の日和だったのだが、今日の幕営地はその余裕が無いほどの遠い所にあるので、また後の機会にとっておくことにしよう。
快晴に恵まれ、快適に淡々とR9を走る。車の量は多いが、流れがよいので無理な追い越しをする必要がない。単独走行になっても適度なコーナーと信号のせいで飛ばすようなこともない。理想的な下道の移動スタイルである。
午後1時40分頃、鳥取県倉吉市内に到着。ここで自分は昼飯を兼ねて会いたい人がいた。3年前にここに来たときに仲良くなった定食屋のおかみさんである(第一二回ロングツーリングレポート参照)。当時からかなりの時間がたっているのでお店の場所も良く覚えていない。その時に貰ったマッチに「消防署向かい」、としか記されていないので、ここは手っとり早く駅前の交番に消防署の場所を教えてもらい、そこに向かうことにした。
街中の詳しい地図をもらい教わったとおりに行くとあったあった、見覚えのある消防署が。その通りの向かいにはラジオを買うために寄った電気屋があり、その隣には見憤れない床屋があった。しかし肝心の定食屋「春ちゃん」があったところは空き家になっている。
「うそだろ・・・」自分が以前に訪れたときはお店が開店したぱかりで(それでも改装しないままの開店だったので店内は綺麗ではなかった)、おかみさんも張り切っていた筈だった。またも思い出の場所が無くなってしまったのか。事実を確認するために並びの床屋に聞いてみる、すると思いがけない答えが返ってきた。

「ああ、加藤さんね(おかみさんの名前)。あの人達は店移りはったで。この通りの先のおっきなパチンコ屋の二階にいてるはずやで」

以前の場所から400~500メートル程走ったところにそのお店のあるパチンコ屋を見つけた。道路沿いに立っている看板の前のテナントの名前の上にプラ板で「春ちゃん」とあった。
雀荘やらパブやら怪しい店が入っている建物の中にその定食屋はあった。薄暗い裏口ら階段を登ると、看板も出していない店、というかゲーム喫茶のようなこれまた怪しい店を発見。煙草を煙突のようにふかしながら競馬新聞を読んでいるオッサン、テーブルゲームの上に乱雑に積まれたマンガ雑誌・・・・ここはホントに店なのだろうか。手前のゲームマシンを挟んでお喋りをしている二人組の女の人に「あの、ここご飯食べられます?」と切り出してみた。「はい、出来ますけど・・・あっお客さん以前来てくれはった人でしょ!」かったるそうに振り向いたその人は、自分の風体を見るなり思い出してくれたようだ。そう、その人が住所交換までしたバイク乗りで元ワンゲル部の加藤さんだったのだ。

「いやー、めっちゃ感激やわー!なあなあみんな!!!、この人な以前の店に来てくれてん。ツーリングの途中で千葉から走って来てんねんでー!」
と一気にまくしたてた。
「すぐ思い出してくれました?」
「すぐわかったわー。だって昔のままやねんもん!」
 
そういえば、ここ数年自分のツーリングスタイルは殆ど変化がない。RSタイチのブレイズスペック、カドヤのレザーパンツ、マウントダックスのウェストバッグ、そして巨大な荷物をのせた相方。「ここの近くを通ったら必ず寄ろうと思ってたんですよ」と話したらえらく感激してくれた。まあそうでしょう、700キロの彼方からバイクでしかも自走で来たとなれば。
日替わりランチの白身魚のフライを頬張りながら、加藤さんに店舗移転の理由を聞いてみた。
 
「家賃が高すぎやってん、あんまりお客さんも来えへんし、こりゃあかん思て一年前に引っ越ししたんよ」
「いまは、どうなんです?」
「あかん、今度は忙しすぎて山にも全然いかれへん」
「それまた大した変化ですね」
「うん、近くにな、おっきな建設現場があってそこにお弁当仕込んでんのよ。何十食て。毎日」
 
お店で働いている人は2~3人程度しかいない。相当の激務らしい、今は連休に入っているので数人分の用意で済むらしいが、この工事が終わらないかぎり一日平均3~4時間の睡眠しかとられない日々が続くのだという。
暫く楽しくお話をし、またの訪問を約束して出発。
旅に出るようになって、バイク乗りの人と話をするのは珍しいことではないが、直接の関係がない人達と話ができ知り合いになれるというのは、非常に貴重な事だと自分は考えている。だから、来年は日程とルートの関係上、倉吉訪問は難しいかもしれないが、手紙を出すなどして関係が一時的にならないようにしていきたい。
西日に照らされ、美しく浮かび上がった大山を見ながらR9を走る。「ああ来てよかった・・・」と患う瞬間。夏場の海水浴客でごった返す皆生の町に入り、公衆浴場にて一っ風呂浴びる「ああ、旅ってええなあ」と感じる瞬間。目指す境港はもうすぐ、横に長い鳥取県も終わりようやく島根県に入る(島根も横に長い)。
日没間近のC/Aに幕営を完了し、本日のタ食は町に出て済ませることにする。
作家水木しげる氏のキャラクターが点在する道路をウロウロと走って手頃な定食屋を探すが、時間が遅いせいなのか(六時頃)連休中だからなのか、営業している店が見つからない。商店街も殆どがシャッターを下ろしはじめている。
「こりゃコンビニ弁当か~?」といやな予感を感じつつ街中をもう一回りしてみたら、明々と電気をつけている焼鳥屋を発見。店に入ってみると威勢のいい女将さんとかわいいバイトのおネーチャンがいた。「ご飯食べられる?」と聞くと「できるよっ、焼き魚もあるよっ」との事。今夜の夕飯はここに決めた。店の屋号は「長右衛門(平成29年現在閉店)」、自分のほかに常連さんらしい二人のオッサンと世間話で盛り上がる。腹も一杯になり、落ちついたところで店を後にする。

町のなかはとても静か、連休中はこんな感じなのだろうか。フラリと港の方に出てみる。潮の強烈な香りが鼻を突く、この雰囲気はまるで千葉の銚子の町そっくりだ。どうりで違和感がないわけだ。
満腹から来る眠気を堪えながらC/Aに戻ってくると、テントには雨が降ったかのように夜露が付いていた。ふと見上げるともうすぐ満月になろうかとしている月が。誘われるようにして、ビール片手に直ぐ目の前の砂浜に出る。
「・・・・」幻想的な光景が広がっていた。月光に照らされて砂浜は白州のように輝き、漆黒の海は怪しげにギラギラとその光りを乱反射させている。そして、東の空の彼方にはあの「大山」が巨大なシルエットを浮かべている。
ヘッドライトなしでも充分に歩くことができる砂浜を暫く散策したのち、テントに戻る。
体がだいぷ冷えているようだ。ビールの酔いが醒めないうちに眠れるだろうか、と考えているうちに思考能カの主電源のスイッチが下りた。