夜中、3時半頃だっただろうか。
風呂に入らず、歯磨きもせず、電気も付けっぱなしで寝てしまっていたことに気が付いた。
試合の前日にこういうこと、普段なら絶対にしない。自分に少し腹が立った。同時に、昨晩先輩OBからの応援電話を寝ぼけた背中が勝手に受け取ってしまっていたことに気が付き、申し訳ない気持ちになった。
虫歯になるのは嫌なので、歯磨きだけした。再び眠りにつく前に聞いた時計のカチカチという音は少し冷たく、14年間を思い返すバックミュージックとしてはあまりに無機質だった。
明日俺は引退するんだ。
10月23日(日)第44回東京都大学サッカーリーグ戦第9節 vs大東文化大学。今季の最終戦であり、事実上の引退試合であるこの一戦は、昇格が掛かった大一番。しかし、前日の不手際から身体は重い。そういや2ヶ月も満足に走ってないんだったな。電車の中では自己啓発本に耽りながら、アップのメニューを考える。ルーティーン。今までの8試合と変わらない、いや、いつも以上に「日常」だ。
キックオフが刻々と近づく。
アップ前、全員を集合させて、今週やってきたことを簡潔に整理した。こだわりを持ってやろう。ミスを恐れずに、思いきってやろう。試合に出る奴へのメッセージであり、自分へのメッセージだ。
大一番へ向かうメンタルは平常心がベストだ。今後の人生でもずっと俺はそうするだろう。サッカーを通じて自分に合ったやり方を見つける術を少し身に付けたような気がする。
ふと、俺の立場は何なんだろうと思う時がある。最後までこのモヤモヤは消えなかった。いや、消えなかったからこそ、ここまで頑張れたのだろう。
時刻は15時前だった。
試合は0-1で敗北し、他会場の劇的な結果により、自力での昇格は無くなった。僕達は敗戦で引退を迎える事となった。
涙は、出なかった。
感傷に浸るのはまだ早い。
どこかでそう思っていた。
人生はまだまだこれからだ、と。
でも、やっぱり悔しかった。
俺が出ていれば
この膝さえ、、
8/25
リーグ戦初戦の2日前、練習中に左膝の半月板を負傷した。
6年前に手術をした箇所の再発だった。
今季は絶望、再手術をしない事には回復の見込みはないと告げられた。
何も考えられなかった。
今まで俺がやってきたことは何だったのか。
4年間、いや14年間の全て
培ってきたものをプレーで体現することはもう出来ないのだろうか。
これは夢か。
現実だった。
病院の待合室で、人目をはばからず泣いた。
あきらめたくなかった。
悔しいと思ったらまた、強くなれるんだと思う。(中村俊輔)
絶望してる時間は俺にはないんだ。
そう思った。
復帰に2ヶ月を要する手術を延期し、ヒアルロン酸注射と痛み止めの薬で復帰を目指した。
最後の奇跡を信じて。
10/23
奇跡は叶わなかった。
でも、今は泣いていない。
頑張った先についてくる「結果」を後輩には、提示できなかった。努力が足りなかったんだと思う。至らなかった部分があったのだと思う。副将として仲間同士を繋ぎ切れなかったんだろうか。無力さがこみあげ、虚無感に襲われた。
小中高の引退試合は、その先に別のカテゴリーが待っている。その時に味わった悔しさは「サッカー」で取り返す事が出来る。
ただ今回は、自分の無力さを取り返す世界は、サッカーにはない。だから、、、だから今日、、
そこまで考えて思考を止めた。
この悔しさを取り返すチャンスがある後輩達には、来年、再来年と上を目指してほしい。頑張れ後輩。ありきたりな言葉だが、心からの声だ。
俺から後輩に何か伝える事は出来たのだろうか。後輩は俺から何を感じ取ったのだろうか。
副将と言う立場で、厳しく接さなければならない事もあったこの一年。嫌われてもいい。でも、「努力しろ」のサッカーではなく、自発的に「努力したい」と一人一人に思ってもらえるようなチームを作りたい。ずっとそう思っていた。
試合に出てない人が心から応援したくなるような
そんなチームを目指していた。
一年生にはたくさん怒ってしまった。目の上のたんこぶになってしまう事も多かったと思う。
でも理不尽に怒ったことは一度も無いと、自分では思っている。
必ず理由や効果を説明したし、何より、「俺がこうしたいと思ったから言っている」ということを心から訴えた。
一番伝えたかったのは「決まり事を守る事の大切さ」ではない
「自分がどうしたいのか」だ
とにかく後輩には自分の意志を持ってほしかった。
協力というのは、
有無を言わずに上の言うことに従うことではない。
それではロボットと同じである。
目標を持ち、自分のビジョンを持ち、それに向かうプロセスを自分なりに明確にしてほしい。
上からの指示や提示された練習メニュー、戦術に対して
自分の意志から「こうじゃないんですか」「良いと思いますよ。なぜなら…」と言えるようになって初めて、協力していると言える。
俺はそう考えていた。
サッカーに正解は無いのだから。
受け身になるなよ。
取りに行け。
最後勝ち切れなかった俺たちに足りなかったのは、そういうところだと思う。
やらされてるサッカー。
こだわりを「持たされている」サッカー。
まだまだやりたかった。
気持ちうんぬん以上に
サッカー的な技術が、思考力が。
俺も含めてチーム全員に足りなかった。
負けたということは、そういうことだ。
もっと、うまくなりたかったな。
夜が明けてきた。
試合後、夜通しの騒ぎを終えて、自宅に戻ると、もう早朝6時を回っていた。
どっかりとベットに腰を下ろし、皆の言葉を、表情を回想する。
長くて短い4年間が終わろうとしていた。
ふと、机に散らばっていた数冊のノートが視界に入ってきた。
高校3年生の時から続けているサッカーノート。
「Football et vie note」
サッカーと人生のノート
サッカーは人生の縮図だ。
17歳の僕はそう思ってノートを書き始めた。
思ったことを書き続けること5年間。ノートは8冊になった。
中からの視点。
外からの視点。
過去の自分の正直な思い
正直な言葉
そこには本当の自分がいた。
怪我をしてから
チームの為を思い
自分が押しつぶされてしまわないように
他人事のように
あえて考えないようにしていた
本当の自分。
負けず嫌いの自分。
涙が、涙が止まらなかった。
人間は泣いたら悔しさを忘れてしまう生物と言われている。
悔しさは次のステージへのモチベーションだ。
歯を食いしばろう。
頑張ってるかどうかは、自分で決めるものではない。
この悔しさを胸に
俺はまた歩き始めよう。
人生はまだ始まったばかりだ。
仲間たちよ、ありがとう。
iPhoneからの投稿
風呂に入らず、歯磨きもせず、電気も付けっぱなしで寝てしまっていたことに気が付いた。
試合の前日にこういうこと、普段なら絶対にしない。自分に少し腹が立った。同時に、昨晩先輩OBからの応援電話を寝ぼけた背中が勝手に受け取ってしまっていたことに気が付き、申し訳ない気持ちになった。
虫歯になるのは嫌なので、歯磨きだけした。再び眠りにつく前に聞いた時計のカチカチという音は少し冷たく、14年間を思い返すバックミュージックとしてはあまりに無機質だった。
明日俺は引退するんだ。
10月23日(日)第44回東京都大学サッカーリーグ戦第9節 vs大東文化大学。今季の最終戦であり、事実上の引退試合であるこの一戦は、昇格が掛かった大一番。しかし、前日の不手際から身体は重い。そういや2ヶ月も満足に走ってないんだったな。電車の中では自己啓発本に耽りながら、アップのメニューを考える。ルーティーン。今までの8試合と変わらない、いや、いつも以上に「日常」だ。
キックオフが刻々と近づく。
アップ前、全員を集合させて、今週やってきたことを簡潔に整理した。こだわりを持ってやろう。ミスを恐れずに、思いきってやろう。試合に出る奴へのメッセージであり、自分へのメッセージだ。
大一番へ向かうメンタルは平常心がベストだ。今後の人生でもずっと俺はそうするだろう。サッカーを通じて自分に合ったやり方を見つける術を少し身に付けたような気がする。
ふと、俺の立場は何なんだろうと思う時がある。最後までこのモヤモヤは消えなかった。いや、消えなかったからこそ、ここまで頑張れたのだろう。
時刻は15時前だった。
試合は0-1で敗北し、他会場の劇的な結果により、自力での昇格は無くなった。僕達は敗戦で引退を迎える事となった。
涙は、出なかった。
感傷に浸るのはまだ早い。
どこかでそう思っていた。
人生はまだまだこれからだ、と。
でも、やっぱり悔しかった。
俺が出ていれば
この膝さえ、、
8/25
リーグ戦初戦の2日前、練習中に左膝の半月板を負傷した。
6年前に手術をした箇所の再発だった。
今季は絶望、再手術をしない事には回復の見込みはないと告げられた。
何も考えられなかった。
今まで俺がやってきたことは何だったのか。
4年間、いや14年間の全て
培ってきたものをプレーで体現することはもう出来ないのだろうか。
これは夢か。
現実だった。
病院の待合室で、人目をはばからず泣いた。
あきらめたくなかった。
悔しいと思ったらまた、強くなれるんだと思う。(中村俊輔)
絶望してる時間は俺にはないんだ。
そう思った。
復帰に2ヶ月を要する手術を延期し、ヒアルロン酸注射と痛み止めの薬で復帰を目指した。
最後の奇跡を信じて。
10/23
奇跡は叶わなかった。
でも、今は泣いていない。
頑張った先についてくる「結果」を後輩には、提示できなかった。努力が足りなかったんだと思う。至らなかった部分があったのだと思う。副将として仲間同士を繋ぎ切れなかったんだろうか。無力さがこみあげ、虚無感に襲われた。
小中高の引退試合は、その先に別のカテゴリーが待っている。その時に味わった悔しさは「サッカー」で取り返す事が出来る。
ただ今回は、自分の無力さを取り返す世界は、サッカーにはない。だから、、、だから今日、、
そこまで考えて思考を止めた。
この悔しさを取り返すチャンスがある後輩達には、来年、再来年と上を目指してほしい。頑張れ後輩。ありきたりな言葉だが、心からの声だ。
俺から後輩に何か伝える事は出来たのだろうか。後輩は俺から何を感じ取ったのだろうか。
副将と言う立場で、厳しく接さなければならない事もあったこの一年。嫌われてもいい。でも、「努力しろ」のサッカーではなく、自発的に「努力したい」と一人一人に思ってもらえるようなチームを作りたい。ずっとそう思っていた。
試合に出てない人が心から応援したくなるような
そんなチームを目指していた。
一年生にはたくさん怒ってしまった。目の上のたんこぶになってしまう事も多かったと思う。
でも理不尽に怒ったことは一度も無いと、自分では思っている。
必ず理由や効果を説明したし、何より、「俺がこうしたいと思ったから言っている」ということを心から訴えた。
一番伝えたかったのは「決まり事を守る事の大切さ」ではない
「自分がどうしたいのか」だ
とにかく後輩には自分の意志を持ってほしかった。
協力というのは、
有無を言わずに上の言うことに従うことではない。
それではロボットと同じである。
目標を持ち、自分のビジョンを持ち、それに向かうプロセスを自分なりに明確にしてほしい。
上からの指示や提示された練習メニュー、戦術に対して
自分の意志から「こうじゃないんですか」「良いと思いますよ。なぜなら…」と言えるようになって初めて、協力していると言える。
俺はそう考えていた。
サッカーに正解は無いのだから。
受け身になるなよ。
取りに行け。
最後勝ち切れなかった俺たちに足りなかったのは、そういうところだと思う。
やらされてるサッカー。
こだわりを「持たされている」サッカー。
まだまだやりたかった。
気持ちうんぬん以上に
サッカー的な技術が、思考力が。
俺も含めてチーム全員に足りなかった。
負けたということは、そういうことだ。
もっと、うまくなりたかったな。
夜が明けてきた。
試合後、夜通しの騒ぎを終えて、自宅に戻ると、もう早朝6時を回っていた。
どっかりとベットに腰を下ろし、皆の言葉を、表情を回想する。
長くて短い4年間が終わろうとしていた。
ふと、机に散らばっていた数冊のノートが視界に入ってきた。
高校3年生の時から続けているサッカーノート。
「Football et vie note」
サッカーと人生のノート
サッカーは人生の縮図だ。
17歳の僕はそう思ってノートを書き始めた。
思ったことを書き続けること5年間。ノートは8冊になった。
中からの視点。
外からの視点。
過去の自分の正直な思い
正直な言葉
そこには本当の自分がいた。
怪我をしてから
チームの為を思い
自分が押しつぶされてしまわないように
他人事のように
あえて考えないようにしていた
本当の自分。
負けず嫌いの自分。
涙が、涙が止まらなかった。
人間は泣いたら悔しさを忘れてしまう生物と言われている。
悔しさは次のステージへのモチベーションだ。
歯を食いしばろう。
頑張ってるかどうかは、自分で決めるものではない。
この悔しさを胸に
俺はまた歩き始めよう。
人生はまだ始まったばかりだ。
仲間たちよ、ありがとう。
iPhoneからの投稿
