す 既に他の地域では終了しているけれど、
やっと…
大阪に来てくれました。
7日まで阪急うめだ店の9階で
開催されていた
『NHK杯フィギュア 第40回大会記念
銀盤の軌跡展』に行って来ました。
最終日とあって沢山の人で賑わっていました。
1960、70年代から現在までのNHK杯の
歴史が沢山の映像やパネルで追える様に
なっていました。
オルゴールの音色が響き、沢山の選手の
煌びやかな衣装やメダル、トロフィーの
展示を見ながら歩いていると 現実を忘れ、
心の中が華やいで来ました。
私が見ていた頃は欧米の選手が活躍してて
転んで尻餅をついたけれど、笑顔がとても
可愛いジャネットリンさんが
話題になっていました
それから日本人選手も台頭して来て、
男子は五十嵐文男さんや、女子の
渡部絵美さん等が知られる様に
なりましたね。
あとフィギュアから丁度 遠ざかって
いた頃、大ちゃんのジャンプコーチを
している本田武史さんが日本男子で
初めて4回転を跳んだんですね
それから何と言っても伊藤みどりさんが
3Aを跳び
世界中で名前が知られる事と
なりました。
…実はホントに申し訳ないのですが、私は
伊藤みどり伊藤みどりと世間が騒ぐ中、
あまり伊藤みどりさんに
興味はなかったんです

というか 当時 日本人選手は欧米の
選手に比べ、背が低く 手足も短くて、
体型のバランスが あまり良くないなぁ
(綺麗じゃないなぁ)と思っていたので
(スミマセン
)…みどりさんは、
)…みどりさんは、身長も低く 腰回りが大きいなぁと
思っていたので…
あまり好みではなかったのです
私は完全に
芸術目線で見ていたんですね
技術は本当に凄いのに…
みどりさん ごめんなさい
体型は日本人は、欧米の選手には
敵いませんでしたもん
それでも みどりさんは
バンバン ジャンプを跳び、世界で
初めて3Aを世界で成功させた、
女子の稀代のジャンパーとして
知られました。
その みどりさんに憧れて
浅田真央ちゃんが出て来たのですから、
素晴らしい事ですね
でもやっぱり、
美しさは欧米には敵わないなぁ
と感じていたんです
他に解説で知られる八木沼純子さんや
村主章枝さん達をテレビでよく見る様に
なりました。
それからフィギュア以外にも、色々
興味が出て来て、遠ざかったり
また見たり…と
フィギュアは完全にテレビで見るもの
でした
…大ちゃんが現れるまで
私が大好きな、心を震わせる 美しい
スケートを滑る最初の日本人、が
まさか男子シングルから出て来るとは
思いもしませんでした。そして彼が、
直接 リンクにまで足を運ばせようとは
そして みどりさんの後、彗星の如く
(…という感じですよね~)
浅田真央ちゃんが現れました。
15歳で3Aを跳んでいたので
トリノ五輪出場を期待されていたけど
年齢制限で出場が敵わなくて…
期待されていただけに残念でした
どうして出られないんだ⁈
という声が多かった。
それくらい真央ちゃんは凄かったんですね。
そして安藤美姫ちゃんや鈴木明子さん等、
女子は黄金時代でしたね~
その頃は荒川静香さんがトリノに出て
何と金メダル獲得🥇
イナバウアー、流行りましたよね~
周りの皆んなが背中をそり返して
イナバウアー、と遊んでいた気がする(笑)
…でも実は、あの
背中を大きくそり返すのは
荒川さん独特なんですよね~
身体が柔らかいから…
本当は
イナバウアーは、足を前後に開いて、
つま先を180度開いて真横に滑る
技のことをいうのです
(豆知識w)
そしてそして、その頃 我らが大ちゃんは、
男子の試合時の観客が、女子の時よりも
圧倒的に少ない事を悔しく思い、
いつか男子も観客をいっぱいにしたい
と闘志を燃やしていたんですね


(大ちゃん…
)
) 同じ関西大学の後輩に ライバル
でもある織田信成君が居たので
よく比較されていましたが、
試合以外の時は仲良しでしたよね
織田君はコーチでもあるお母さんから
「どうして大ちゃんの様に出来ないの⁈ 」
と いつも怒られていたと、何かのTVで
見た様な?
でも同じ競技のライバルが同じ大学だと
やり難い事も多々あったでしょうね
それでも仲良かったお二人は偉いなぁ
を巡り、色々辛い事もありましたけど
大ちゃんは
「ライバルと同じコーチでは出来ない」
と 自らニコライから離れる事を決断
しました。 バンクーバー前…
辛かったと思うのに偉いなぁ
その頃は まだ大ちゃんの事はあまり
知らなくて、この件でニュースになって
いて、そうなんだ、大変だなぁ、と
ボンヤリ思いながら ニュースを見て
いたのを憶えています。
同時にこの子 カッコいいなぁ
と思ったのも(笑)
その事もきっと心の中にあって、
練習中に怪我をしてしまったのだなぁ(泣)
それ以前にも 試合の採点が
間違っていて、順位が入れ替わったり
と、織田君とは色々ありましたねぇ
何だか書いてて懐かしい…
そして大ちゃんは代表になり
トリノ五輪へ… トリノの時も
十分実力はあったと思うけど、まだまだ
やる気が足りなかったのでしょうね
ミスが出て崩れてしまい…(泣)
結果8位入賞。惜しいなぁ…
その時 金メダルを獲得した荒川さんに
触発されて、メダルを取るのと取らない
のでは世間の反応が こんなに違うんだ
と奮起したと後に話していました
ニコライとタッグを組み、
ニコライにメンタル面を鍛えて貰い?
(笑) 段々頭角を現して行くんですよね~。
有名な「白鳥の湖 ~Hip Hop ver.~ 」
カッコよかったなぁ~
( 後から知った私…泣
)
高橋大輔と言えば Hip Hop、という方
結構居ますよね。ニコライは流石だな。
「 オペラ座の怪人 」
「 ロクサーヌのタンゴ 」等々…
まだ私は全然知らなかったんだな~
ホントにアホだわ

ようやくバンクーバー五輪の
『eye』『道』で大ちゃんが
心の中に落ちて来たのです
…いや~ 衝撃でした。
それからは もうもう…
バンクーバー五輪で銅メダル🥉を獲得
してからは、凱旋フィーバー
「 やめられない止まらない
かっぱえびせん状態」

…いやはや(笑)
大ちゃんが一度目の引退(笑)
する迄に機会はあったはずなのに
試合には まだ足を運んでなかった
んです
…馬鹿バカ~

ソチ五輪前年の11月に、
また足を怪我してしまった大ちゃん。
その前の、この8Kで放映されてた
NHK杯が本当に良かっただけに
凄く悔しかった
全日本直前で、
充分な練習も出来ないまま
怪我を押して出場したため 5位。
この時 怪我を治すために全日本を
休ませて貰えたらと
何度思った事か…
それが可能だったら、
きっと大ちゃんはソチで金メダルの
射程距離に居たと確信しています。
でも大ちゃんは
全日本出場が代表選考の条件だと
認識していたので怪我を押して
出場しました。
最近 何処かの誰かは
休ませて頂いてましたが
どうして ここ1、2年間だけ それが
通用するのかが本当に解らない
この時、大ちゃんは
世界ランキング3位(町田君が6位)で
表彰台に拘らず、選考対象
だったそうですよ?
台乗りしなかった事で選考の事で
色々言われましたけれど…
(Twitterから画像お借りしました🙇♀️)
















…そんな事ないんですよ。










