『今日未明、宮崎港の海岸で軽自動車が沈んでいるのが見つかりました。車に乗っていたのは、無職の後藤孝之さん(32)飲食店店員、池本真希さん(19)の二人で、死亡が確認されています。二人に外傷は無く、警察では事故と自殺の両方で捜査を進めているとの事です』
神妙な顔をしたアナウンサー。
誰かが、死んだ事に、心を痛めている振りをしている。
仕事をしているだけだ。
男は、テレビから流れてくるニュースに見切りをつけ、携帯を取りだした。
「もっと、自分に誇りを持てる仕事をしてよッ」
やりたい事もなく、何をすればいいかも判らなかった。
総合アミューズメント会社の従業員。
聞こえはいいが、ただの呼び込みだ。
一ヶ月12万の給料は、パチンコと酒代に消え、麻子の給料で生活していた。
口を開けば、仕事の事ばかり文句をつける麻子の事が、煩わしかった。
心の何処かで、麻子に甘えていた。頼っていた。
そんな、自分を呪ったた。それでも、自分を変える事は出来なかった。
麻子の誕生日、たまには、早く帰ろう。
プレゼントをズボンのポケットに隠して、仕事場を飛び出した。
麻子の喜ぶ顔が浮かんだ。
目にした現実は、麻子に腕を掴まれ、自分の部屋から出てくる男。
視界が歪んだ。
考えが、纏まらないまま、男の後をつけた。
意識が飛びそうになった。
気付いたら、手には鉄パイプを握りしめていた。
その時の、手の痺れた感覚が、今でも残っている。
『はい』
携帯から、女の声がした。
「仕事は、終わった」
男は、テレビの音量を消音に切り替えた。
テレビの中で、さっきのアナウンサーが若いアナウンサーの女の肩を触っていた。
女は、隠そうともせずに顔をしかめた。
「お疲れ様でした~」
店の女達は、客の男と慌ただしく帰っていった。
そこそこいい顔をした男と、19才の女。
確かマキという名前の筈だ。
二人も寄り添って出ていった。
男の手は、殆んどマキのケツを揉んでいた。
それでも、マキはバカみたいに笑っていた。
和美が男の横に座り、タバコに火をつけた。
男は、タバコをくわえたまま掲げたグラスの中を、見つめていた。
「タバコ、辞めたんじゃなかったの?」

「今、タバコを辞めないと貴方、間違いなく早死にしますよ」
頭が、ハゲあがり豚の様な顔をした医者が、まるで面白い冗談でも言った様に笑った。
だけど、冗談じゃない事は、自分の身体が良く判っていた。
男が、笑わなかったからなのか、医者はカルテに向きなおり、「とりあえず薬を出しときますよ」
、と無愛想に言った。

「マキって女、最近入ったのか?」
「気にいらない?」和美は、声を出さずに笑った。
別に、どうでも良かった。
女など、どれでも一緒だ。たいした違いはない。
「仕事だからな」
「そうよ、マキちゃんは仕事してるだけ」
和美は、今度は声を出して笑った。
そうだ、仕事をしているだけだ。
カウンターに出来た、水滴の円。
時間がたつごとに、崩れていく。

グラスを掲げると、氷が揺れてガランと音をたてた。
その音に一瞬心が落ち着いた。カウンターに、水滴がグラスの底を作っている。
カウンターの中を、女が忙しなく動き回っていた。
グラスに口をつける。
喉を通るアルコールが、ほんのり熱くどくどくの芋の香りが鼻を抜けた。
8畳程の店内、男の他には6人の客がいた。
それに、店の女が4人。
男は、タバコをくわえた。
カウンターの中程に突っ立っている女は気付きもせずに、ソコソコ顔のいい客との話に夢中だ。
「まだ19だよ~」
客との会話の中でまるで勝ち誇るように声を張り上げた。
「ちょ~、若ぇ~じゃん」
口を曲げて笑う客の言葉に、また女は甲高い声を出して笑った。
滑稽だった。
女から『若い』という、ラベルを剥がしたら何が残るだろう。
男は、小さく笑った。
カウンターの奥で、忙しなく動き回っていた女が、口にくわえたタバコに火をつけた。