中東で悲劇が起きた模様で(中途半端な書き方をしたのは政府はまだ公式に確認したと発表してないからです)
ご家族様の心痛いかばかりかと胸が張り裂ける想いです。希望的観測であり甘いと言われてもお悔やみは言うべきではないとの考えからです。
この件に関してのSNSの反応を見ると何時から日本人は人の傷口に塩塗りたくる真似を平気でするようになったのだろうと悲しみと怒りのないまぜになった嫌な気分になった。
ほんの4年前に未曾有の大震災が東日本を襲いそれでも手を取り合って生きようと誓いあい助け合った日本人が今度の件ではやれ自己責任だ、母と名字が違うとかあるTwitterユーザーは私の役目はこの母を誹謗することと言ってみたりある有名人はブログで大迷惑だとか自決しろとか平気で言う。
これらの輩はおそらく某国民をやたら民度が低いとか言ってるんでしょう、確かに国旗を燃やしたり首相の紙人形を踏んづけたり日本車ひっくり返したり(同胞が乗ってるのに)あげくにサッカーの大会で日本の震災をお祝いしますの横断幕とか日本の象徴に対して土下座を強要するような発言を平気でしたりとか同じように嫌な想いして特にあの(二度は言いたくない)横断幕には日本国民全員といって良い位怒りと悲しみを感じたと思う。
だからこそ今回の件で悲しみに打ち拉がれてるご家族の方々への誹謗中傷、自己責任論の強要が信じられない。こんな発言をしてしたり顔してる人達も正直某国の民度云々言えない位、いやそれ以上に民度低いよ。
一緒に泣けとは言わないがご家族の心情を察して例えそれぞれの考え方が正しいと信じていても少し自重するのが誇りある日本人の姿だと思うのです。
ネット上だから特定されないだろうみたいな考えで言いたい放題はおそらく世界がこの状況を知ったら日本人に幻滅するよ。まあ朝鮮学校の前で小学生相手に怯えさせてる輩のことも世界に知れてしまってるから今更感もあるけど・・・
ここまでが思ったことその1
その2はこの事件何かおかしい!
まず一人目の方はPMCを作ろうとしてた程なのになんの情報も無く行ったのだろうか?
そして紛争地に取材と称して行くのに何故AKを持って行ったのか?
わざと勘違いされる為に持って行ったのか?敵意の象徴を持ってれば結果は火を見るよりも明らかだと思う。
もう一つおかしいと思うのはISILに参加しようとして足止めくらった大学生の事件の時、何故ジャーナリストの常岡さんを執拗に調べ携帯電話やパソコンを押収したのか、おそらく日本で一番ISILと話が出来る日本人なのに常岡さんに実質上連絡が取れない状態にしてしまったこと。
それでも要請があればなんとかしたいと公に発表してるのに無視したこと。
そして今日最も恐ろしい一言をもと国営放送の特派員の手島某が言ってた。
「これは日本の9・11だ」と!
これは自衛隊を派遣する口実とも取れる発言だと思う。
今まで自衛隊はその持てる能力を困ってる人達、打ち拉がれてる人達に上を向きましょうとの想いで謙虚に黙々と誇りを持って日の丸を堂々と付けて海外で手を差し伸べてきました、そして世界中から信頼を勝ち得てきました。勿論日本でも阪神のときは緊急車両が通り過ぎる絶望感に打ち拉がれた人達のところに徒歩で装備品持って馳せ参じてその自己完結力で夜警に見回り寒いからと被災者に風呂と温かいご飯を提供してた。
東日本大震災でもその自己完結力を存分に発揮して温かい食事を提供し最初は足湯に留めてたのをやはりご長寿さんは肩まで湯に浸かりたいのかと実のところ命令違反だけどえ~い!どっぷり入って頂こうと風呂を解放しそれでも被災者は大変な想いしてるんだからと自分達は冷たい缶飯をトラックの荷台で腹に詰め込んでまた捜索に出動する。西の方の部隊が災害派遣されるとき隊員達は自分の荷物の空きスペースに粉ミルクや離乳食を詰め込んで上官に咎められても「自分が飲むのであります」と嘘をついてまで持ち込んだ、勿論上官は「それならしょうがないな」と黙認、将官に報告を上げても何も言わなかった。
そしてブルーインパルスが松島に帰還を果たしたときに仮設住宅の上をファンブレークで通過した映像を見たときは涙が止まらなかった。仮設住宅から出て上を見て手を振る住民の姿にも涙が止まらなかった。
わしはこのような強く優しい漢達に銃爪を引かせたくない!過去に日本と自衛隊が築いてきたものを失いたくない。
なにより情報収集能力が著しく低い日本では自衛隊の能力を発揮出来ない。
つまり悲しみが無駄に増えるということだ。
それでも派兵にむけて法整備をするというのか?
正直なところ前の日本なら話し合えたと思うしライオンヘアーの首相の頃からおかしくなったがアメリカのことを本当に友達だと思うなら大統領がGOを出す前に諫めることも出来たと思う。
お互いの国民は戦争の悲しみを知ってるんだから分かり合えると思う。
そして日本に住む敬虔なイスラム教徒の方々、二人のために祈ってくれてありがとうございます。あなた達の御心決して忘れません。
今回の件でそんなことを思いました。
お祝いメッセージ頂きありがとうございます。

いい歳こいてもとても嬉しいものです。

が、今年は始まりからこの何も無いけど何も起きないと思っていた我が街にもドカ雪(北国の方からみりゃチャンチャラおかしいでしょうが)が降り市民体育館の屋根がぶん抜けたりして地球は怒ってるなあなどと思ってるととんでもない雨が降ったりと地球を汚し続ける日本に強烈な一撃(一撃どころじゃないか)くらい続けてる状態ですがその一撃が今度はわしのお袋にガツンときた!

6月21日デイケアから帰ってきたお袋を二階に上げてホッとした隙にお袋がこけた。

慌てて起こして椅子に座らせてどこか痛くないかと色々調べたが大丈夫だという。

それでも晩飯作ろうと思った頃ふと見ると何か堪えてるようなそぶりだったから「どこか痛むんか?」て聞いたら「胸が痛む」ていう。
わしゃ肋骨どうかしたかと思ってかかりつけの病院に電話して連れて行くことにしたんだけど何か歩けない。
それでもどうにか降ろして(今思えばこのとき救急車呼ぶべきだった)医者になんとか連れてった。

でも診察の結果異常無く本人も「痛くない」と言いだす始末。

とりあえず帰ってまたお袋を二階に上げるがどえらくしんどかった(今思うとかわいそうなことした)がなんとか上げた。

しかし月曜日にまた医者に連れて行かなきゃいけない、どうしようかとケアマネに聞いても救急車呼べというばかり(結果的にそれか正解だった)今度無理してわしも階段転げたらどうしよもないと結局救急車呼んで病院に行くことに。

そこで初めて右大腿骨骨折に気付くことに。
わしゃ終わったと思ったね。
年寄りの骨折は気が折れるというから寝たきり覚悟した。

でも手術で骨を固定して翌日には車椅子に移動出来た、こりゃなんとか家に帰れるかなとちと思った。
だからリハビリ始まったときに先生に「しっかり締め上げてやって下さい」とお願いしてたまにリハビリ見学したりしたけど「こりゃ道のりは遠いな~」と現実を突きつけられた。

病院だから当然病人がいるんだけど人間あんなになっても生きるんだなあと思いつつも自分の年齢考えたら自分も近いのかと考えさせられた。
また飯食うところが最初はベッドで食べてたけど途中からデイルームというところで食事するようになったんだけど当然他の患者さんと食事するんだけどこんな言い方良く無いのはわかってるけどパンチ効いた方も多く(繰り返すが病院だから当たり前)せめても晩飯だけでもそばに居てやろうと入院中は毎日晩飯時に顔出して食後に表を軽く散歩したりしてた。8階だから眺めも良いからラウンジに連れてったりした。

それから歳のわりに経過もよく(個人的にだけど)病院を出されることに(救急病院は病状によって入院期間が決まってるんだって、初めて知った)なった。

勿論すぐに家で生活出来る訳ではないのでリハビリ施設かリハビリ専門の病院に転院するんだけどいちいちハードルがあって帰宅を目的とした場合病院だと三ヶ月が一つのタイムリミットになる、この期間中に目的を達成しないとお上がうるさいらしいから点数に余裕がある病院じゃないと受け入れが難しいとのこと。
じゃあ老健しかないやんけ!と思いつつ今まで通ってたデイケアに空きがあるかが問題になったんだけどこれがすんばらしいタイミングで一人分の空きがありこちらの決断次第だということ。
病院だとへたこいたら家から遠いところに転院させられる可能性があったけど老健だと家からチャリで5分位だからそっちに決めた。
でも最初の病院の説明と徐々に食い違いが出てきて最初は1年位は看れるようなこと言ってたんだけどこの間は集中リハビリ期間は3ヶ月なのでそれが終わるタイミングで帰宅してはいかがでしょうと提案された。

お前さ~どれが本当のことなんでい?しかも介護認定更新と重なってるこの時季に認定結果も出てないのに回答しろってそりゃ予定立たねえだろ!てちと怒りをぶつけてみた。
間の悪さは誰のせいでもないけどちと考えてくれよとぼやいたさ。
今は一人だから気楽だけどいずれ帰ってくるんだよな~
しかも認知能力テストの結果が前回より落ちてる・・・
どうしよ俺、なんて考えてたら8月28日(車検が切れる日)にキムケツが「タイヤ車検に通るかな?」だって。
しかも夜(アホか!)
通るわい!と答えてやってじゃあやってくれって話になったんだけど車検場の予約も入れたのに息子の学費が予想以上に出て車検は無理、との報告、まあそりゃしょうがないということでキャンセル料として野郎ラーメンで奢れということで話はついたけど・・・
ケツに会った三日後のちょうど月も変わろうとした真夜中にどえらく体調が悪くなって40℃近い熱が出て体もガッタガタ震え出した。
とりあえずこれ以上熱が上がったら脳みそ沸くと思い保冷剤を脇の下に挟んでとりあえず寝た。
翌日まだ生きてた。で、なんとなく楽になった気がして熱計ったらまだ37℃超えてたけど翌日お袋に着替え持っていかなきゃいけないんで洗濯してたらだんだんボーとしてきてまた熱計ったら38℃超え・・・
こりゃ間違いなくキムケツに会ったことによる臀部熱だ!
洗濯終わってからこりゃどうしようもないからフラフラになりながら医者に行って診察うけたら腹に聴診器当てられて「こりゃ当たったね」だと。
心当たりといえば・・・某コンビニで買った烏龍茶が変な味だった気が。
ちょうどデング熱が流行りだしたときだけどやはりキムケツだった、臀部熱恐るべし。
これで終わりかと思ったらこの間受けた健康診断の結果が届いて血液や尿関係や肺癌の所見は良かったが大腸癌検診の結果が要精検・・・
またあのケツカメやらにゃならんのか?!!!

わしの踏んだり蹴ったりは止まらない