1. “安全すぎる”という異常

ナックは静かな声でこう呟く。
「安全ってさ、本来“そこそこ”でいいんだよ。完璧になった瞬間、世界は逆に壊れる。」

多くの人が夢見る“安全・安心な社会”。
犯罪は可視化され、危険は事前に排除され、ストレスはアルゴリズムが最適化し、怒りや不満さえアプリが管理してくれる。
そんな世界は一見理想のように見えるが──ナックの目には違って映る。

彼いわく、**「安全すぎる世界は、人間の弱さを許さない地獄」**なのだ。

誰も間違えない。
誰も怒らない。
誰も逸脱しない。
誰も“人間らしい不完全さ”を持ち込めない。

それはもはや社会ではなく、従順さだけを許す巨大な温室である。

2. ナックが見た“整えられた街”の歪んだ美しさ

ナックは深夜の散歩を習慣にしている。
監視カメラが一定間隔で設置され、路上には落書き一つなく、ゴミは毎日自動回収され、危険区域はアプリによって封鎖され、街は明るすぎるほどのLEDに照らされている。

この“整いすぎた風景”を見るたび、彼は吐き気に似た感覚を覚えるという。

「この街はね、人間を守ってるんじゃない。人間から 人間性 を守ってるんだよ。」

すべてが監視され、管理され、最適化され、逸脱が排除されていく。
“良いこと”だけを集めた結果、悪意も情熱も衝動も奪われ、そこに残るのは均一化された“無風の世界”だ。

ナックは言う。
「暴力も、嫉妬も、衝動も、ミスも、全部が“排除対象”になったら、人間は何で人間なんだ?」

3. 安全の裏側に潜む“抑圧の装置”

安全性を上げるという名目で、人々は自分でも気づかないうちに自由を手放す。
アプリが常に行動を監視し、健康状態、精神状態、移動履歴、消費パターンを解析し、最適行動を示す。
その“推奨”に反すれば即座に警告が出る。

ナックはそれを**「優しい暴力」**と呼ぶ。

「誰も強制してない、でも逆らいにくい。これが一番タチが悪い支配なんだよ。」

かつては“法律”が線引きをしていた。
いまは“安全”が線引きをする。
そして安全は、境界線を無限に広げていく。

危険がゼロになるまで。
不安がゼロになるまで。
ミスがゼロになるまで。

つまり、それは終わらない。

4. “可視化”によって失われるもの

ナックの核心はここにある。

「危険を可視化するってことは、人間の影を暴くってことだ。」

人間は影を持っている。
怒り、嫉妬、衝動、怠惰、不安、鬱屈。
それらを排除するために“安全システム”が動き出せば、人間は影を隠す場所を失う。

影のない社会は美しい。
しかし同時に、息苦しい。

ナックは言う。
「可視化ってさ、“透明であれ”って命令なんだ。透明な人間なんて、生きてる価値あるか?」

影を失った社会には、深みがない。
摩擦がない。
葛藤がない。
何もかもが“正しく”なりすぎる。

それは、静かで、美しくて、そして完全に狂っている。

5. ナックの結論──安全のために失われた“自由に壊れる権利”

ナックが恐れているのは、ただの監視社会や統制社会ではない。

**「人間が“壊れる自由”を失うこと」**だ。

ミスする自由。
失敗する自由。
間違う自由。
嫉妬する自由。
怒る自由。
泣き叫ぶ自由。

それらはすべて、人間の“影”であり“余白”だ。
そして安全すぎる世界は、その余白を塗り潰していく。

「安全が行きすぎると、人間って逆に不安になるんだよ。自分が“完璧に適応できてない”って気づくから。」

ナックは、完璧に整えられた街の真ん中で言った。

「地獄って、燃えてる場所じゃない。全部が“普通に正しい”場所のことだよ。」

静かで、穏やかで、整然とした地獄。
ナックが見ているのは、まさにその風景だ。

“安全すぎる世界”は、今日も美しく、そして深く病んでいる。

 

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