楓の濃く眩しい新緑を背景にして、
開花と淡い新葉が同時の、井戸神社の一景。
かなしみの中で、
自然を「偉大」と表現する方、
「素敵な大自然」と表現する方。
私は「きれい」という表現しかできなくて、
きっと、ようやく選んだ言葉でさえも、
こころを正しく表しきるには、不完全で未完成。
ほんとうの宝は
日々の暮らしの中にひそむ
四季のめぐりの自然にまぎれている
と、谷川俊太郎氏は綴っている
皆、それぞれの、
悲しみを経たこころに
ひそみ、まぎれている、
それぞれの宝と、それぞれの言葉に
生かされて、みつけだし、
気付かされていく
命との向き合い、それぞれの感謝。
大きすぎる悲しみは、
感覚を麻痺させてしまうけど、
かなしみは、
生きること、生かされることの
感覚器官のように思う。