何か新しいことを始めるに当たって、

誰かは、「それ、やったほうがいいよ」という。

誰かは、「それ、やめたほうがいいよ」という。

「これ、やったほうがいいかなぁ?」と周りの人に聞いて回っても、

いつまでたっても、答えは出ない。

人の意見を、信じ過ぎてはいけないし、疑い過ぎてもいけない。

自分の意見を、信じ過ぎてはいけないし、疑い過ぎてもいけない。

結局は、自分で結論を出さないといけないし、責任を取らないといけない。

難しいなぁ汗
今日、人間の動きって、理にかなっているなと感じた。

朝、自分の鏡を見て、頷いてみた。

「(うんうん)」

頭を上下に動かす、納得、共感、承認のジェスチャー。

次に、首を横に振ってみた。

「(ううん)」

頭を左右に動かす、拒否、反感、否認のジェスチャー。

前者は、水面方向から90°ラインでの動き。

後者は、水面方向から0°ラインでの動き。

では、「分からない」はどうだろう。

首を傾げる。

「(?)」

頭を斜めのする、不理解のジェスチャー。

水面方向から45°ラインだ。

「なるほど!」と感じた。

それだけです汗
頭で考えるんじゃなくて、心で感じてみたい。

思い出の物を見て、涙を流せるような人になりたい。

ありがたいことを、心から「ありがたい」と感じる人間になりたい。

ありがたいことに、心から「ありがとう」と言える人間になりたい。

心で感じる人になりたい。

心のどこかで、何かがそれを邪魔しているように感じる。

それに勝ちたい。
問題あるところに、必ず目標はあります。

問題意識を感じるということは、その深層意識には目標が眠っています。

僕は一応、物理の研究をやっていますが、

研究の世界では、問題を作る事が最も難しい作業であるとされています。

なぜなら、問題を作るということは、勉強して歴史を学び、感性を研ぎすまして現状を把握し、知恵を持って現状を分析するという、頭脳活動の全てが必要になるからです。

山を登ろうとしなければ、山は問題(障害)にはならないんです。

心の底から聞こえてくる声に耳を傾けてください。

「自分はいったい何に問題意識を感じているか」
幸せな家庭は、家族相互の理解から始まる。

家庭とは、心の最も深い所でのコミュニケーションの場。

会話に限らず、仕草、癖、考え方、理解の仕方というような、非言語的なコミュニケーションが優位になる環境である。

調和すれば、一人一人の力が最も湧いてくる場所。

その調和を維持するには、「力」が必要だ。

「力」と呼んでもいいし、別に何と呼んでも構わない。

それが家族に調和をもたらす。そう思います。